第30話「不発」
修と千祝の師匠である太刀花則武と鞍馬が森の中でのやり取りをしている時、修達は社務所から飛び出して行動を開始していた。
修と千祝は宝物殿に向かい、大久保はヤトノカミの牽制に向かった。
宝物殿に入った修達は、目的の物を探した。目的の物は香島神宮の国宝、神剣「
ヤトノカミを倒す方法として思いついたのが、布津御霊を使うことだ。
布津御霊はその長大な姿から威力はありそうに思える。しかし、長すぎたり、重すぎたり、目釘穴が無かったりと実戦には到底向きそうでないため、前回武器の調達に来た時には無視していたのだ。
しかし、ヤトノカミとの戦いで考えが変わった。戦ったヤトノカミには威力が上のはずの銃弾より刀の方が効果を発揮していた。恐らく「気」とか「神聖な物」とかそういう物が有効なのだ。
そういう視点で見ると布津御霊は神話にも出てくる神の剣であるためうってつけの存在だ。
また、ヤトノカミの巨大な体を切り裂くのには、人間と相対するには長大すぎる刀身がちょうど良い。もしかしたらヤトノカミの様に巨大な怪物を打ち倒すために鍛造されたのかもしれない。
布津御霊は昼間に来た時と同様、宝物館の入り口の正面奥に展示されていた。鍵を使って展示ケースから出し、分離されていた刀身と柄を合体させる。目釘の使わない構造であるため単に差し込むだけで完成した。
「やっぱり実用向けな代物じゃ無いよな。普通に考えれば」
「でも、これに頼るしかないわよ。どう? 何か感じるものはある?」
「そうだな。力が湧き出てくるような感じがあるな。でも夢で感じた時ほどじゃないな。現実はこんなもんなのかもしれないけど」
「ちょっと頼りないけど、昔これで倒したはずだから大丈夫よ」
口にしている通り、布津御霊を手に取った感覚は、夢で振るった時や昼間に見た時の経験からしてみれば拍子抜けするようなものだった。手にしたとたん一気に覚醒するようなことを期待していたのだが、そこまで都合よくはないらしい。
修が布津御霊を使用できるようにしている間、千祝は社務所で拾った刀の柄に、宝物庫に展示されている多数の刀身から合いそうな物を見繕って納めていた。専用の柄であるのか不明だが、一応綺麗に納まった。素振りをした感覚からも実用の範囲と感じ取れた。
「さあ。準備は整った。決着を付けに行くぞ」
各々に得物を手にした修達は、宝物庫を出てヤトノカミが戦っていると思われる音のする方向に駆け出した。銃撃は複数の発射音がし、悲鳴や咆哮が聞こえており、激しい戦いを演じていることはたどり着く前から感じ取れた。
「大久保さん。来たぞ!」
「おお。鬼越君。来たか」
「状況は?」
「要石の封印に行っていた部隊が来てくれて交戦している。しかし、銃撃は牽制程度にしかならないから手詰まりだ。時々切りかかった奴もいるんだが、返り討ちになってしまっている」
「追加情報だが、最初は鬼越先生が戦ってくれたから勝ち目があったんだが、黒いマントの奴に不意打ちを食らって、追いかけていって帰ってきていない」
大久保が状況を伝えていると迷彩服の男、中条が寄ってきた。
「大久保さんも言っていたが、銃器は大型の異形には効果が薄い。かと言って刀で攻撃しようにも実力不足でうまくいかない。多少は傷を負わせた奴もいるが、大きすぎて致命傷に至るには程遠い。奴を倒すには倒れるまで切り続けるか一挙に威力の高い攻撃をするしかなさそうだが……」
中条は一旦言葉を切って修の手にした布津御霊に目をやる。
「心配はなさそうだな」
「そんなところです」
状況把握を終えると、修と千祝はヤトノカミの前に進み出た。まだ、黒い炎の射程に入らない位置を保つ。
「あら? 目が治ってない?」
「そうだな。あれだけ苦労したっていうのに、とんでもない化け物だ」
言葉の通りヤトノカミの両目に刺さっていたはずの刀と薙刀は消えていた。しかも、憎悪を湛えた目は修達を捉えているように見える。
「見てないか?」
「思いっきり見てるわね。そりゃあれだけ酷いことをしているんだから覚えていてもおかしくないでしょ」
「光栄なことだな。しかし、知性があるってことかな。こりゃ厄介だ」
「でも、裏を返せばそこに付け込むこともできるってことね」
「そうだな。引き付けるのは頼む。一気に行くぞ!」
「了解!」
気合を入れた二人は千祝を前にしてヤトノカミに向かって駆け出した。
それを見た大久保が指示を出し、まだ動ける警官が一斉に発砲した。
射撃の掩護を受けた二人は間合いを詰めた。そして、ヤトノカミの手前に着いた時、千祝が横に向かって跳び、巨大な左足に向かって切り付ける。
その攻撃のスピードは目にも止まらぬ速さであり、ヤトノカミも防ぐことは出来なかったが、巨木の様な太さを誇る足が相手であるため、肉を浅く切り裂いたに過ぎなかった。
浅手ではあるものの痛みはあるようで、ヤトノカミは唸り声を上げると千祝の方を見据え、振り払うべく腕を振り上げた。
修はその隙を見逃さなかった。
布津御霊を肩に担いで走り寄ると、千祝が切り付けたのとは反対の足である右足に向かって斬撃を加えた。
布津御霊の二メートルを遥かに超える刀身はヤトノカミの足の太さを超えている。小型のヤトノカミを相手にしたときは硬い鱗であっても短刀で容易く切り裂くことが出来た。
神聖さが更に上の布津御霊ならば大型のヤトノカミの鱗であっても切断することが出来、倒れたところを一気に首を刎ねる。これが修達の考えであった。
単純であり、完全に布津御霊頼りの作戦であるが、子供の頃の修でさえ倒したはずなのでそのくらい可能であるはずであった。
ところが問題が起きた。
切断するはずであった一撃は果たすことが出来ず、一寸ばかり食い込んだだけであった。
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