第29話「旧知」
太刀花則武は、
「生きていたとは知らなかったぞ。鞍馬」
「御覧の通り、生き恥を晒していますよ太刀花さん」
警戒しつつ問いかける則武に対し、鞍馬は気安い感じで答えた。
「お前のいたグループは、五年前の香取神宮の爆発に巻き込まれて、全滅したものと思っていたが?」
「私はその時、救援を案内するために離れていて助かったんですよ。現場にいた者達は皆死にましたがね。避難していた武芸者達の家族も含めてね」
鞍馬の口調は軽いものであったが、その中には底知れぬ憎悪が込められているのを則武は感じた。
「この香島神宮にも、俺を含めた武芸者の家族が避難していたよ。神域の中ではありえないはずのヤトノカミの復活のせいで、子供二人を残して皆やられてしまった。私の家内も含めて」
「私の家族は死んでしまったというのに、うらやましい話です」
「まさか、妬ましいから今回のことを起こしたのではあるまいな?」
「違いますよ。あの二人が生き残ったのは自分たちの力によるもの。褒めこそすれ、妬むのは筋違いというもの」
「では何故?」
「ところで太刀花さん。先ほどのヤトノカミとの戦いは見事なものでしたね。銃器で装備した部隊との連携、五年前の戦いでは見たことがありませんでしたよ」
則武の問いをはぐらかすかの様に、ヤトノカミとの戦いに関する話をふってきた。
「人手不足なものでな。結界内で動ける者、
「なるほど。武芸者ではない者も戦力になる。それは私も認めましょう。武芸の腕も促成栽培ながら良く育っている。それは先ほど思い知りました。それは良いでしょう。しかし、信用という面ではどうでしょう?」
「彼らは任務に従って、勇敢に戦ってくれているぞ」
「そう。『任務』です。我々生まれついての武芸者の様に『宿命』ではない。任務が無ければ決して戦わない。例え、宿命により戦う者がどれだけの血を流していようと手助けなどしない。あの時もそうだった」
「どういうことだ?」
鞍馬の声に熱と憎悪が帯びてきた。それに引き込まれるように則武は聞き返した。
「五年前、既に武芸者でない警官や防衛官を異形との戦いに参加させるという案はあったのですよ。そして、我々武芸者の戦いが劣勢になった時、参戦直前まで行っていたのです。しかし、命令は出されなかった。何故だか分かりますか?」
「……大きな被害が出るからか?」
「違いますよ。大部隊を出せば外つ者の存在が世間に知れるから。そして自分達の地位が揺らぐかもしれないからですよ。上層部はそう考えたようで」
「異形の存在を隠すのは慣例的にそうしてきたが、公表の仕方を工夫すれば問題ないかもしれないだろう? そこまで下らん理由ではなく、もっと別の理由があったのではないか?」
鞍馬の言うことは太刀花則武にも衝撃であった。まさかそんな下らない理由で孤立無援の戦いを強いられ、仲間達が死んでいったとは信じたくなかった。
「いいえ。残念ながら間違いありません。警察や政権の上層部の人間、意思決定に関わる者から直接聞いたのですからね」
「鞍馬……まさかそれは」
鞍馬の自信満々の答えに世間を騒がせた事件が則武の頭をよぎる。
「はい。五年前に警察庁長官や官房長官に直接話を聞かせてもらいました。答えが万死に値すると思ったのでその場で地獄に行ってもらいましたが」
「俺は外つ者にやられたと思っていたぞ」
「で、どう思われますか?」
「どう。とは?」
「今まで協力してきたものに裏切られたことをですよ。我々武芸者はこの国を思えばこそ戦ってこれました。先祖代々、一族郎党皆です。それがこうもあっさりと裏切られて武芸者という在り方そのものが風前の灯火。家族も友も失う。こんなことになる為に戦ってきたのですか? そしてこれからも戦い続ける気なのですか?」
鞍馬の言うことは最もであると、則武にも思えた。五年前の戦いで、則武は妻や親友、共に戦ってきた武芸者の仲間を失った。
子供は助かったが、これは修が偶然にもその血に秘められた力を発揮しただけであり、全てを失ってもおかしくなかったのだ。もちろん則武自身が死ぬこともあり得た。
「確かにお前の言うことにも一理あり、俺がお前の様な立場になっても不思議はなかった。しかし、復讐するというのであれば五年前に我らを見捨てる決断をしたものを切ればよいではないか。ヤトノカミの復活など筋が違うではないか」
「責任は決断した者のみにあるのではありません。その愚かな決断の原因が世間に外つ者の存在を知られるのを防ぐためであるならば、その世間とやらにも責任はあります」
「何と?」
「異形が世間に知られることにより崩壊するような愚かな社会なら、その愚かさの責任を取ってもらおうということですよ」
「愚かさの責任を取らせるだと? もし愚かでなかったとしたらどうするつもりだ。取り返しがつかんぞ」
「だからこそ保険として、鬼越さんのご子息の力が必要なのですよ」
「だからここ最近、修のことをおかしな連中が狙っていたのか」
「ご明察。もっとも今日この場所に来られるとは予想外でしたが、あれを扱うのに十分な力を持っていることが分かったのは収穫です」
「都合が良い位絶妙のタイミングで首を突っ込む。あいつの父親もそんな奴だったよ。警官になる前からな。さて」
遠くを見るような目つきで、どこか懐かし気に話していた則武の口調が変わった。
「俺とやる気か? 五年前から随分と腕を上げたようだが、それはこちらも同じこと。昔から合同稽古でやった時から負けたと思ったことなどないぞ」
「それは重々承知してますよ。太刀花さん。普通に立ち会ったなら十本中三本位の勝ちを拾えるかどうかでしょうね。だから、最初に不意打ちを仕掛けさせてもらった時に一服盛らせてもらいました」
「ほう? 武芸者の誇りはどうした?」
「勝ちにこだわるのも武芸者の誇りの内ということで。そろそろ薬が回ってくる頃ですよ」
「長々と話に付き合ったのはそのためか?」
「そうですよ。……気づいていたのですか? ならば何故薬が回る前に勝負を掛けてこなかったのですか?」
「激しく動くと一気に回りそうだったのと、逃げに徹されたら追いつけると思えなかったからな。こちらも時間稼ぎをさせてもらった。それに……」
「それに?」
「お前の思いを確かめておきたかったからな」
「太刀花さん。あなたは……」
「薬が効いてきたので最後に聞くが。五年前にお前が始末した者達。報道もされた奴ら以外に殺したのはいるか?」
眠そうな表情をしながらも、しっかりとした声で則武は問いかけた。
「いいえ。色々調べましたが、殺すべきと判断できたのはあれだけです。総理大臣も始末しようとしましたが、関わりが無かったので殺しませんでした」
「そうか。それは本当に倒すべき者などほとんどいなかった。つまり、世の中まだまだ捨てたもんじゃないってことじゃないか?」
「そうだとしてどうだというのですか? 理屈で片付けられるものではないのですよ。この思いは」
「だろうな。だが、今の俺の言葉を心の隅に留めておくがいい。それと、修達との戦いでその気持ちが晴れることを祈っているぞ……」
言い終わると則武は、木に背中からもたれかかるようにして崩れ落ちた。その顔は穏やかであり、勝利を確信しているようであった。
「剛毅と言うか呑気な人だ。止めを刺されるとは思わなかったのですか?」
鞍馬は寂しそうに呟いた。しかし、それと同時に小さいながらも喜びもあった。5年前には世の人々を守る武芸者であった誇りを捨ててここまでの悪行を犯した自分を、則武は信じているのだ。
同年代の武芸者の中でもその実力で名高く、憧れの存在であった則武に認めてもらえたというのはうれしいことである。
「まあいいでしょう。誰が何を言おうと関係ない。最後まで自分のやり方を貫くまでだ」
そう言うと鞍馬はヤトノカミの暴れている本殿までの道を引き返した。
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