第28話「大人達の戦い」

 修達が社務所に逃げ込んだ時、大久保の予想通り警察の別働隊が到着していた。


 そして、ヤトノカミに向かって一斉に攻撃を開始した。


 もちろん銃撃はすぐに治ってしまうためほとんど効果が無い。しかし、修達の戦った時との大きな違いはものとの戦いに慣れた太刀花則武がいたことだ。


 銃撃は注意を引く牽制程度の散発的なものにとどめ、無駄撃ちや危険な距離に近づくことを避けていたため、警官の被害を抑えられていた。


 更に銃撃で注意を削がれたヤトノカミの死角から、則武は強力な攻撃を加えていた。そして百戦錬磨の則武は、修達に大きなダメージを与えた黒い炎も完全に見切っており、危なげのない戦いを展開していた。


 千祝の予想した通り、決定的なダメージを与えることは出来ていない。しかし、確実に相手に負傷を強いており、敗北する姿がまるで想像できない。そんな戦いぶりであった。


「五年前に殺された妻たちの無念、晴らさせてもらう」


 誰に聞かせるわけでもないが則武は、戦いながらそう呟いた。その声色には戦いぶりとは違い激しさは無かったが、強い意志が込められたものであった。


「太刀花さん。負傷者回収完了しました。」


「おう。さげとけ。まきこまれる」


 太刀花則武は激しい戦いを繰り広げながら迷彩服の男、則武の弟子であり、防衛官である中条から報告を受ける。動きながらであるため、大きな声での返事はどうしても受け答えが単純なものになってしまう。


「はい。それと意識を取り戻した者からの情報があります」


「なんだ?」


「お嬢さんと鬼越君、それと大久保さんはそいつと戦って負傷し、社務所に逃げ込んだようです」


「そうか」


 そっけない返答であったが太刀花則武は内心ほっとしていた。


 五年前の戦いでは、この香島神宮で妻と仲間達を亡くしたのだ。娘の千祝と親友の息子である修だけは、修の力により助かったが無念は今でも残っている。


 そして、その時則武は別の場所で戦っていたために、家族たちを守ることが出来なかった。


 例えその場に居合わせたところで、どれだけ助けることが出来たものか、知れたものではない。しかし、その時戦って守れなかったという無念から腕を磨き、時折出現する外つ者たちを始末してきたのだ。


 そして、今日五年前の再現のように、あの時の場所で、あの時の敵が、更にはあの時の生き残りである娘達が危険にさらされている。


 まさにあの時の借りを返す機会を、天が与えてくれたようなものだと則武には思えた。


(社務所に逃げこむ余力があるということは、多分命に別状はないだろうな。しかし見事なものだ。ヤトノカミの顔に刻まれた傷を見れば、その戦いぶりが手に取るように分かる。一人一人としては未熟だが二人で連携すれば俺に迫るかもしれん。武道家としては将来が楽しみだな)


 娘達の消息についての報告を受けた則武は、戦いながら二人のことを将来まで含めて考えていた。


 修は武の申し子と謳われた男、鬼越鷹正の血を引いており、五年前にはヤトノカミを実際に撃退した経歴もある。


 五年前のヤトノカミは香島神宮にいた武道家たちの決死の戦いにより、相当消耗していたという違いはあるが、修の成長も著しい。恐らくヤトノカミを倒すことは十分可能だろう。


 しかし、則武は若すぎる二人を戦いに巻き込むことを、良しと考えていなかった。自分自身は武門に生まれた者として小さい頃から外つ者と戦うことを期待されており、実際戦ってきた。昔は数多くいた他の武の血を引く者たちも同じような境遇であり何の疑問も持っていなかった。


 だが、今は外つ者と戦ってきた武芸者は、跡取りも含めて五年前の戦いにより減少している。だからこそ、則武は警察の抜刀隊の復活や防衛隊との協力を強め、武芸者が単独の戦いをせずに済むような態勢をつくってきたのだ。


 そのためには、決着は大人たちだけでつけなくてはならない。


 二人の習熟が著しいことは喜ばしいことではあるのだが、戦いの道に踏み込ませるかどうかは、別の問題なのだ。


 子供たちのことを思いながらも、則武の戦いは続いていた。


 修達の様に急所狙いで頭部を攻撃するために派手に跳躍したりすることはなく、下半身に攻撃を加え続けていた。


 得物は梵字が刻み込まれた七尺(約210センチ)程もある鉄棒である。纏った神聖な気により大きなダメージを与えつつも、刀で切り付けた時の様なヤトノカミの粘液による劣化を防ぐために選択した武器だ。


 これにより敵にダメージを蓄積させ、止めを刺せる態勢になった瞬間に腰の刀を抜き放ち決着をつける。これが則武が外つ者のジェネラル級と戦うときの戦術だ。


 以前は最初から刀で戦っていたが、武芸者の仲間がいなくなってしまったため、一人で戦い続けるために編み出したのだ。


「ぬん!」


 果てが見えないほど数多くの打撃を続けてきた効果が現れた。鉄棒の集中攻撃を受けたヤトノカミの右膝が動かなくなったのだ。


「いまだ!」


 勝機を逃さず畳みかける。則武は抜刀して、ヤトノカミの一抱えもある太さの足の親指を、一気に切断した。


 膝と指が使えなくなったヤトノカミは膝をついた。


 下半身を集中的に攻撃し、上半身が低くなったところで止めを刺すのが則武の戦法だ。


 ヤトノカミは太刀花則武が戦ってきた怪物の中でも大きい方であるため、まだ首等の致命的な部位には届かないが、残る右足を使用不能にすればそれも叶う。


 神聖な気を帯びた刀による攻撃は怪物に大きなダメージを残すが、それでも治りは早いため一気に止めを刺す必要があることを経験上で則武は知っているため、勝負を決める必殺の剣を繰り出すべく意識を集中する。


 その時、予想外の事態が起きた。


「お、お前は」


 背中に鋭い痛みを感じた則武は振り向いた。そして、見知った顔があるのに驚きと不思議な納得する感情が沸き起こった。


「久しぶりですね。太刀花さん」


「鞍馬か……五年前の戦いで死んだと聞いていたが、生きていたのか。皆! 私はこれから襲撃者を倒す! 戻るまで持ちこたえてくれ!」


 則武はそう叫ぶと、黒マントの男、鞍馬を追った。妨害されながらではヤトノカミに勝てないと判断したからだ。

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