第27話「再起」

 修達三人は、足を引きずるようにして必死に社務所までたどり着いた。気休めにしかならないが戸を閉めてから奥の仮眠所に入った。


 敷きっぱなしにしてあった布団に倒れこんだ修と千祝は、黒炎にやられてから初めて自分たちの体の状態を確認する。


「傷は……無いわね」


「そうだな。でも痛みはやばいぐらいだし、体が思う様に動かないのは事実だ」


「これは仮説だけど、さっきの黒い炎は何と言うか、魂みたいなものにダメージを与えるみたいな? そんなものなんじゃないかしら?」


「非現実的な仮説だけど、奴の存在自体が非現実が形になったようなものだからな。そんな認識でいいと思う」


 話していると、心が落ち着いてきて、痛みが少しだけ収まってきた。想像通りさっきの攻撃が魂に影響を与えるというのは本当なのかもしれない。だから、落ち着けば回復すると考えれば理屈にかなっているようにも見える。


「さて、次にどうするか決めなきゃいけないな。大久保さんは、気絶してるな」


「抱えて逃げるのは難しいかも……」


 戦うにしても逃げるにしても、皆で助かる方法が見つからない。三人で逃げるのが精一杯だったため今まで考えていなかったが、黒マントに倒されて倒れたままだった大久保の部下たちや、ヤトノカミが突破してきたという別の部隊は、もう助からないのかもしれない。そう考えると自分たちだけでも全員無事で生き延びようというのは虫のいい考えなのかもしれない。


「ねえ。ばらばらになって逃げるのはどうかしら?」


「ばらばら?」


 何か思いついたらしい千祝が考えを言った。


「そう。大久保さんを抱えたあなたが裏口から、私が表口から逃げる。少し回復したからさっきよりは走れるから何とかなると思う」


「それは、千祝が危険すぎるだろ」


「ううん。私は奴の前を通り過ぎるリスクがあるけど身軽、修ちゃんは大久保さんを抱えて逃げるリスクがあるから同じようなものよ。うまくいけば目を眩ませて脱出出来るわ」


「……」


「後、私は大久保さんを抱えて逃げられるほど腕力が戻ってないからね。だから、修ちゃんには力仕事をさせて迷惑かけるけどお願いね」


 千祝は明るい感じで提案してくる。しかもあたかも苦労がお互い様か、修は損をしているような物言いである。


「じゃ、私は先に行くから修ちゃんも急いで逃げてね」


 修が何か言い返す前に千祝が勝手に話をまとめて表に出ていこうとする。その千祝の姿に修は既視感や嫌な予感がない交ぜになった感情がこみ上げてくるの感じた。


「待て! 待つんだ!」


「ちょと、何するの?離してよ」


 走り去ろうとする千祝を修は思わず抱き留めていた。


「行かないでくれ! それじゃダメなんだ!」


 千祝が出ていこうとした時、何とも言えない不安で胸が一杯になったのだ。特に根拠は無い。千祝の作戦は妥当なものであるため、いつもなら多少の危険があろうが受け入れていたはずだ。しかし、今回は冷静さを保つことは出来なかった。


「二人で一緒に戦い抜くか、逃げるかどちらかだ。今度は離れたりしない。絶対にだ」


 キッパリと言い切る。自分でも何を言っているのかあまり良く分からなくなっていたが、それは修の心からの言葉だった。


「修ちゃん。覚えているの? あの日のこと」


「はっきりとは覚えてはいない。でも思い出した。あの日、千祝のお母さんや一緒にいた大人達が俺達を助けようとして犠牲になったということは」


「私もはっきりとは覚えていないの。でも、お母さん達が倒されて危険になった私と弟を修ちゃんが助けてくれたのは何となく覚えていた」


 二人とも記憶は朧気であったが同じことを覚えていた。五年前にここであの怪物たちに襲われ、千祝の母親達が犠牲になったということを。


「前に倒したことがあるなら、今回も勝機はあるはずだ」


「でも、あの時は勝った後も酷い怪我で長い間動けなくなってしまった」


「五年前とは鍛え方が違う。多分この日のために強くならなきゃって決意が、心のどこかに刻まれていたんだよ」


「そうね。きっと私も今度は助けになる為、一緒に修行してきたんだと思うの」


 それぞれの思いを述べる二人。酷い犠牲と引き替えに生き残ったことを無駄にしないために高めてきた力を今発揮しなくてはと決意を新たにした。そして、後ろから抱きつかれていた千祝は修に向き直り、抱きしめ返していた。


「でもどうやって奴を倒す? 前にどうやって勝ったかは覚えていないの」


「俺もはっきりとは覚えていないんだが、何で俺達がここに来たのか思い出してみな」


「ああ。なるほど、あれね?」


「そう。多分な」


 お互い抱きしめ合う段になっても、色気の無い敵を倒す算段を話していた。


「じゃ、もう一回宝物庫に行ってみるか。千祝も何か得物を持った方が良いしな」


「そうね。捕まらないうちに一気に行くわよ」


「大久保さんは置いていくしかないな。俺たちが準備するまでに怪物に見つからないことを祈ろう」


「あの……」


「よしっ。行くぞ!」


「応!」


「すみません。起きているんですが」


 逃げ込んだ時の疲れや痛みを忘れたように気合を発する修と千祝に弱々しい声がかけられた。いつの間にか目を覚ましていた大久保だ。


「なんだ。大久保さん復活したのか」


「まだ本調子じゃないみたいだから隠れるか逃げるかして下さい。これから私たちはヤトノカミを倒しに行って来ますから」


「そうはいかない。例え完全に動けなくたって警官としての使命があるからね。ところで、私もいるんですがそのままでいいのでしょうか?」


 大久保は抱き合う二人から少し目を逸らしながら言った。


「ん? 何か問題でもあるんですか?」


「言っていることが良く分からないわね。やっぱりまだ本調子じゃないのよ」


 二人は抱き合ったまま、何を言われているのか分からないといった風情で答えた。


「もういいよ。話を戻すが、戦うなら私も協力する。と言っても奴に効果的な攻撃は出来ないだろうがね。ただ、拳銃はまだ持っているから気を逸らすことくらいはできる。その間に何とかしてくれ。算段はあるんだろ?」


「ええ。恐らく黒マントが考えていたヤトノカミへの対抗手段、それを使います」


「では行くぞ!」


 その時、外から激しい銃撃の音が響いてきた。


「大久保さん。これは?」


「多分要石の封印に行っていた部隊が来たのだろう。太刀花先生もついているはずだからそう簡単にやられたりはしないと思うが、さっきの奴の戦いぶりを考えると正直どうなるかわからん」


「そうね。さすがにお父様でも決定打に欠けるはずよ」


「なんにしても俺が決着をつける。その気持ちに変わりはない。行くぞ!」


 三人は決意を新たに部屋を出た。

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