第33話「丸呑み」
手榴弾は見事にヤトノカミの近くで爆発し、砂塵で視界が悪くなった。
「やって……は、いないよな?」
フラグを回避するように微妙に言い回しを変えている中条である。
もちろん大きな効果は無かった。手榴弾は元々破片による殺傷が主な目的の武器である。
例え被害を受けたのが人間であっても、それを消し飛ばすような効果はない。ましてや巨体のヤトノカミにはなおさらである。
ただし、ある程度の効果はあった。
爆発により四散した手榴弾の金属片とまき散らされた砂利がヤトノカミの下半身に食い込み、ズタズタにしている。更に、肉の中に異物が入り込んでいるせいか、動きが鈍くなった。
「これは……もしかして石の方が効果があるのか? こんど石製の爆弾でも提案してみるか」
中条の見たところ、手榴弾の金属片による傷は治りが早いらしく、ヤトノカミの下半身から金属の破片がボトボトと次々に零れ落ちた。
一方、境内に落ちていた石によるものと思われる傷は未だに治らず血を流し続けている。もしかしたら神社の聖域に長らく所在していた為、神聖な気を帯びていたことによるものかもしれない。
「ウラァ!」
爆発により動きの鈍ったヤトノカミの隙を見逃さず、千祝が鉄棒を持って突撃してきた。狙いは未だ残る爆発による傷だ。重い鉄棒を正確に操り傷口に強烈な打撃を加えていく。
「ここだぁ!」
ヤトノカミの足に食い込んだ石によりできた傷、その中でも一際大きなものを見つけ出した千祝は、そこに鉄棒の先端をめり込ませた。鉄棒は本来突き刺さるほどとがってはいないが、石によりできた傷が塞がりきっていないため深く突き刺さった。そして、梃子の原理を利用して鉄棒をかき回し、傷口をさらに大きく抉った。
さすがにこれは効いたのか、ヤトノカミは悲鳴の様な咆哮を発して右膝を着いた。
「こっちも!」
チャンスを見て取った千祝は、無事な方の左足に目を付ける。
先ほど破壊した右足と同様、鉄棒を埋め込むことが出来そうな傷口を見つけ出し、同様の要領で攻撃した。
狙い通りこの攻撃も成功し、狙い通り左足の破壊に成功した。
両足を破壊されたヤトノカミは地面に倒れ伏し、唸りを上げている。
「間合いを取りましょう。どうせこれでも倒しきれないのですから」
千祝は中条に声をかけ、ヤトノカミと距離をとった。未だ健在な腕の届く距離だけでなく、あの黒い炎が届かない距離までだ。
言葉の通り、ここまでやっても止めを刺すことが出来るとは思えなかった。何しろ最初の戦いでは弱点と思われる目に深く刃を突き刺したのにも関わらず、その勢いは衰えることを知らず、短時間で回復しているのだから。
とは言え、足止めとしては十分であると千祝は感じていた。あくまで千祝の戦いは修のための時間稼ぎなのだ。
もし、ヤトノカミが回復するまでに修が間に合わなければ、その時はその時、また時間を稼ぐだけだ。最後には五年前のあの夜の様に必ず修が布津御霊の力を使いこなし、ヤトノカミに止めを刺してくれると千祝は信じ切っている。
「?」
注意深くヤトノカミを警戒していた千祝はヤトノカミの様子がおかしいのに気が付いた。
先ほどまでのヤトノカミは自分に敵対する者に対して、ひたすらに向かって来て攻撃を仕掛けてきた。しかし、今は千祝の方を睨みつけるだけで動こうとしない。腕はまだ無事であるため四足歩行の様な動きで接近して来てもおかしくないはずなのにだ。
千祝の心配は当たっていた。ヤトノカミは体を震わせて力を溜めると地に伏していた上体を起こし、頭を振り下ろす勢いで一気に千祝との間合いを詰めて襲い掛かってきた。その動きはまるで鎌首をもたげた蛇が一気に得物に襲い掛かるかの様であった。
ヤトノカミは手足が生えているとはいえ、その基本は蛇身である。蛇と同じような手足を使わない動きをしたとしても何の不思議もない。そのことに思い至らなかった千祝の失策であった。
予想外の動きに千祝は全く反応できず、悲鳴も無いままヤトノカミの大顎に丸呑みにされてしまった。ついでに中条も尻尾で薙ぎ払われ吹き飛んで動かなくなった。
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