第17話「境内探索」

 修は目覚めると自分が布団の中で横たわっていることに気が付いた。上体を起こしてあたりを見回すとそこは四畳半ほどの和室だった。


 宝物館で布津御霊剣ふつのみたまのつるぎの前で気を失った後、ここに運び込まれたらしい。枕元に水差しとグラスがお盆の上に置かれていた。修は水差しから水を注ぎ一口飲んだ。


「何だったんだろう。さっきのは」


 気を失いはしたが、不思議と不快感は無い。それどころかどちらかというと高揚感や恍惚感すら感じるほどだ。これらの感覚に耐え切れず意識を失ってしまった。そんな印象だった。


 水の残りを一気に飲むと、布団をたたみ部屋の隅に寄せ、水差しとグラスを乗せたお盆を持って部屋からでることにした。


千祝ちいの奴どこに行ったんだろう?」


 千祝を探すために襖を開け廊下に出ると話し声がする部屋に気付いた。部屋の外から声をかけ襖を開けるとなかでは千祝が若い巫女さんと菓子を食べながら談笑していた。


「どうもお世話になりました。もう大丈夫です。千祝、随分たのしそうだな。こういうときは枕元で看病してるのがパターンじゃないかな?」


 修は、巫女さんに礼を、千祝に苦情をいった。


「気持ちよさそうに寝てただけだったから心配ないと思ったのよ。必要だと思った時はこの前お父様に「負けた」時みたいにちゃんと介抱するって」


 あまり「負けた」を強調しないで欲しいが言ってることはもっともだと思ったので修は黙ることにした。それに、五年前に大怪我をしたときには入院中や家での療養中も、看病やリハビリ等で修は千祝にかなり世話になった。


「お元気そうで何よりです。私、この香島神宮で巫女を務めている那須辰子と言います」


「俺は鬼越修。八幡高校の一年生です」


 巫女さんが自己紹介をしてきたので修も同じく自己紹介をする。一瞬流派を言おうとしたが、武道家同士の名乗りではないのだからと思い直し、無難に学校名を名乗った。


 辰子は長い黒髪、整った顔立ちの絵にかいたような巫女だった。


 挨拶が終わると修も座布団に座り、お菓子を食べながら話に加わった。


「お二人ともお若いのに随分と鍛えているようですね。千祝さんが修さんを一人で抱えて運んでしまったときはびっくりしました」


「お若い」とは言っているが辰子の歳は修達の一つ上の高校二年生らしい。辰子の父親がこの神社の神主であるため時間のある時に巫女として手伝っているのだそうだ。


「ハハハ。こいつの馬鹿力は父親の遺伝でしょうね。髪の毛遺伝しなきゃいいんですけどね」


「あんまり遺伝のことは言わないで。則真が髪の毛を気にしてるみたいだから」


 太刀花家の男系の禿は千年以上前から続く宿命みたいなものだから諦めた方がよいと修は思っているが、小学生としてはそこまで割り切れないのだろう。


「そういえば。話に出されたお父さんってあの方ですか?」


 辰子が指をさす方向を見ると部屋の隅に写真が飾ってあった。写真には数々の流派の道着に身を包んだ男達が数十人写っていて、その中には確かに則武の姿があった。ほかの男達も武道家らしく体格はよいがさすがに二メートルを超える長身はよく目立つ。


「本当だ。師匠若いなぁ」


「あれ? 今とそんなにかわらなくない?」


 宗は写真の中の則武が今よりもかなり若いと感じたが、千祝に指摘されて再度写真を注意深く見ると今から五年前の日付が記されているのに気付いた。それほど昔の写真ではないという認識で写真の中の則武を見ると、確かに髪型が変わらないせいか今とほとんど変わらないように見えた。


 何故最初に若く見えたのか写真を見ながら考えてみると、周りの人達の年齢がかなり高そうだということに気が付いた。平均年齢が高い集団に混ざっているため相対的に若く見えたのだ。


「一緒に写ってるの年寄ばっかだな。この人なんかミイラみたいなのに、よくこんなにしゃんと立ってられるもんだ」


「ここに写っている人たちはみんな流派の宗家ばかりらしいですよ」


 辰子の説明に修は納得した。武道の世界は生涯現役のひとも多く「偉い先生」となるとかなりの年輩が多くなる。太刀花流を継いでいたとはいえ三十代の則武など武道の世界ではまだまだ若造でしかない。


「こんなに色々な先生方と知り合いなら紹介してもらって出稽古に行ってみたいもんだな。大田先生のところくらいしか行かないもんな」


 修と千祝は太刀花道場以外の道場には大田道場しか行った事は無い。大田道場に行く理由は簡単で、太刀花流には元々弓術が含まれていたが、それを稽古する場所が太刀花道場には無いからだ。江戸時代に太刀花家が旗本だった時代には屋敷に弓術も稽古できる場所があったらしいが、明治維新以降、千葉に移ってからはさすがにそこまでの土地は確保できず、剣道場だけで精一杯だったようだ。


「その写真に写っている人たち、ほとんど残っていないらしいんです。それだけじゃなくて後継ぎの人たちまで」


「お年寄りばっかり見たいだしな。武道の世界に後継ぎがいないのは時代の流れかねー」


「それがちょっと違うようなんです」


 辰子によると、この写真の武道家の流派の大多数が宗家から後継者まで死亡、行方不明もしくは引退等の理由により武道界からいなくなってしまったそうだ。


「一門そろって、って言うのが気になりますね。原因は分かっているんですか?」


「はっきりしたことは分かりません。でも、いなくなった時期は概ね五年前らしいので、多分あの時期の事件が関係しているのかも」


「あの事件と関係があるのでしょうか? 民間人にも犠牲が出ていたと思いますが、被害が集中していたのは警官とか政治家とかで、武道家が多く亡くなったとは初めて聞きました。千祝は何か知ってるか?」


「いいえ。聞いたことが無いし、報道もされていないはずよ」


 隠蔽されているのか、報道する価値が無いだけなのか、はたまたそんな事実など無いのか、現時点で判断することは出来なかった。


「すみません。噂話の域を出ないことを言って惑わせてしまったようですね。気分を変えて敷地内を見て回ったらいかがですか? 本殿と楼門くらいしかみていないと聞きましたよ。奥殿とか要石とか鹿とか、見どころはまだまだありますから」


 出口のない思索にふける二人に辰子が観光を薦めてきた。この神社は歴史的価値が高いので、望むところである。ただし懸念事項があった。


「一通り見て回ったら、この社務所に泊ったらどうでしょう?日帰りのつもりだったそうですが、倒れて時間が過ぎてしまったから、これから自転車で帰るとなると夜遅くなりますよ」


 懸念事項が勝手に解決した。夜を移動するのは、昨日と同じく襲撃を受ける可能性があるのでためらわれていたのだ。留守番の則真や八重は、修の叔父である鷹次がいれば心配ないはずだ。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。でも、いいんですか? 初対面の私たちを泊めても」


「ええ。困った時はお互い様ですし、武の神を祀るこの神社も、さっき言った通り、武道家が減って訪れる者が少なくなってしまったので、若い武道家が来てくれてうれしいのですよ」


 辰子の厚意に感謝を述べた二人は、敷地内を見て回ることにした。




 神社のあちらこちらを見学して、戻ってきたときにはすでに日が暮れかけていた。少し早いが境内の食堂で夕飯を済ませており、小腹がすいたときのために櫛団子を購入している。


 この神社に来た覚えはないのに、境内の風景は既視感に溢れていた。この場所と自分たちの過去には明らかに重大な接点があるという思いは、さらに強まった。


「あの、要石ってやつ、何か嫌な気配がしたな」


「そうね。何かを封印している感じがしたわね。辰子さんによるとナマズが封印されているっていう伝説があるって。でも、封印だったとしてどう解くの?」


「掘り返すとか?」


「無理よ。昔、水戸光圀が七日七夜掘らせたけど、底が見えなかったって辰子さんが言ってた」


「そうか。普通の手段じゃ無理か……って、水戸黄門、何やばいことやってんだ」


 二人がそんな話をしながら社務所の入り口に差しかかると、丁度辰子が入り口から出てくるところであった。


「あら、お二人さん。今、準備が整ったところですよ。案内します」


 辰子は、出てきた入り口に引き返すと、靴を脱いで奥に向かい二人を手招きした。


 案内された部屋は修が寝かされていた部屋で、中には布団が一つ、枕が二つ、セッティングされていた。


「どうぞ、ごゆっくり」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら辰子はそんなことを言った。さながら、お見合いを設定することに血道をあげる、親戚のおばさんのごとくである。


 もちろん、辰子の冗談であるが、高校一年生の二人には気恥ずかしいもののはずである。しかし、


「あ。どうも」


「厄介ついでにお尋ねしますが、シャワーってありますか?」


 修も千祝も平然としたものであった。しかも、シャワーなどと深読みしてしまいそうな単語まで飛び出てくる。


「え? 何か部屋の配置に問題を感じるとかないんですか?」


 自分でやっているにも関わらず、そんな間抜けなことを辰子は聞いてしまった。


「問題など何もありませんよ?」


「布団が一つなんですけど⁉」


 相変わらずまともな反応はないため、うっかり直球の発言をしてしまった。


「ああ! 確かに俺も千祝も体が大きいから、布団が一つでは面積が足りないかもしれませんが、そこはくっついて寝れば問題はないでしょう」


 もちろん完全にずれた反応しか返ってこなかった。


「いいんですか? えーと、あの、男女が同じ布団で寝ても?」


 同じ布団どころか、同じ部屋で寝ることさえ問題であろう。普通なら。


「問題など一切ありません。私たち幼馴染ですから」


「そうですよ。昔、俺が怪我で動けなくなった時なんか、千祝が付きっ切りで看病してくれましたし、服だって着替えさせてくれてたんですから」


「今もよ。この前、通学前に失神KOされた時だって私が着替えさせたんですから」


「そうなのか。誰がやってくれたのかと思ってたよ。そういえば、あの時は褌からトランクスに変えてなかったっけ?」


 修達の語る言葉は、辰子にとって更に訳の分からない領域に突入していった。修達にセクハラに近いことを仕掛けたものの、辰子はただの高校二年生であり、男女関係にそれほど詳しい訳ではないため、逆に刺激が強すぎるのだ。


 精神の安定を図るため、辰子は暇を告げると、社務所を後にして、他の巫女達の勤務しているお守り等の授与所に向かった。既に授与時間は終了しているおり、金額を確認しているところであった。


「あのー。小さな子供でもない男女が、一つの布団に入って平然としているってどんなのだと思います?」


 授与所の後片付けを手伝いながら、辰子は他の巫女に尋ねた。


「さあ? 熟年の夫婦なんかはそうじゃないかしら? 家族としてお互いが空気の様な存在になっているとか」


「ああ。そういうことは有るかも知れませんね。そうか、夫婦かー」


 辰子は、修達の関係をこの理屈で無理やり納得することにした。何故、二人がそんな関係になっているのかは不明であるが深く考えるのはやめにした。

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