第18話「封印解除」

 修と千祝ちいは、その夜ぐっすりとよく眠っていた。


 八幡市から朝から自転車で走ってきた疲れもあり、シャワーを交代で浴びて浴衣に着替え、夜食の団子を食べると

睡魔が襲ってきたのであった。


 次の日は、五年前にここを訪れていた武芸者について調べ、その後に則武に質問する予定を立てた。色々調べたうえで尋ねれば、則武も答えてくれるだろう。


 なお、布団は二つ敷いている。辰子が去った後、押し入れに布団が余っているのを見つけたからだ。一つの布団で眠ることに対して精神的な支障は感じていないが、2つ使用した方が、広く使えて体が休まるためだ。


 夜が更けて、日が変わって暫くたった頃、二人は同時に布団を払いのけて跳び起きた。


「感じた?」


「ああ。何だこの感じ。明らかにおかしいぞ」


 眠りを妨げるような音が響いていたり、気温になっているわけではない。ただ、なんとなく嫌な感じがするのだ。


 二人は、浴衣を脱ぎ捨てて普段着に素早く着替えた。そして、周囲を警戒しながらなるべく音をたてないように外に出た。


 外に出ると周囲は静まり返っており、やけに赤く見える月が辺りを照らしていた。もうすぐ満月が近いためそれなりに明るい。


「静かすぎないか? 虫や鳥の鳴き声すらしない。町の中にあるけどかなり大きな林の中だぞ、ここ」


「逆に、林の外から聞こえるはずの、町の車の音も全くきこえないわね。まるで、ここだけ外の世界から切り離されているみたい」


「静かに」


 修が人差し指を口元にあてる。耳を澄ませば足音が近づいてくるのが聞こえる。警戒しながらその方向を監視していると、闇の中から辰子が現れた。どこか慌てているように見受けられる。


「どうしたんですか?辰子さん」


「ああっ! 太刀花さん! 鬼越さん! お父様が何者かに連れ去られてしまったんです」


「そうですか。で、警察ではなくここに来たということは、行き先に心当たりでも?」


 修も千祝もどことなく冷静な反応であった。誘拐は許すべからず犯罪であるが、死んでいない以上まだ挽回が可能であろうと考えているのだ。


「ああ、そうなんです。要石がどうとか聞こえてきたから、ここに来たんです。それに、あなた達の力も借りれるかもしれないと思って」


 辰子の言葉を聞いた二人は、すぐさま行動を開始した。要石なら昼間のうちに場所を確認している。


 要石は、本殿などのある地域から外れた林の中にある。林の中と言っても、半ば観光地化された神社の中にあるため、道が通じており、迷う様な場所ではないし、視界が悪くなるほど樹が生い茂っているわけではない。しかし、どういう訳か、記憶にない分かれ道があったり、月明かりがそれなりにあるはずなのに遠くが見通せなかったりと、中々先に進むことが出来なかった。


 それでも、第六感的なものに頼って何とか要石の近くまでたどり着く。


 要石まであと少しというところで、修と千祝が同時に歩みを止めて辰子の方を振り向いて人差し指を立てて静かにするようにジェスチャーをした。三人が息をひそめていると、林の奥から何やら物音がする。もちろん、このまま留まっていてはどうにもならないため、意を決して先に進むことにした。ただし、先ほどよりも慎重にだ。


 先に進むと音がよりはっきりと聞こえてきた。カンカンと何かを打ち付けるような音と、何か猛獣の様な唸り声だ。


 嫌な予感を押し殺して更に歩を進めると、前方で何かが動いているのが見えた。そこで、三人は道から外れ、木で身を隠してこっそりと音のする方を観察した。


(何だこりゃ……)


 目を凝らして闇を見通す修の前には、常識外れの光景が広がっていた。


 先ず、要石は昼間見た時にはそのほとんどが地中に埋まっており、地上に姿を見せているのは小石程度の大きさしかないはずだった。しかし、今姿を地上に現れているのは団地程は有ろうかという巨体であった。しかも、手で掘り返したなら石自体は地表より下にあるはずだがそうではなく、まるで巨石が自ら地上に浮かび上がったかの様に地面に鎮座していた。


 これだけでも異常であるが、これは目の前の異常の中ではまだ軽い方である。地表に浮かび上がった要石には亀裂が入っており、その亀裂には人の身長よりも大きな蛇の怪物の頭が挟まっていた。


 そして、その周囲には、黒いマントの男が一人、うつぶせに倒れている神主が一人、そして、鎧兜を纏った者が一人存在していた。


 黒マントの男は、少し前に買い物中の修達に話しかけてきた人物であるように見えた。顔はそれほどはっきりと見えなかったが、その珍しい風体や、気配からそう判断できた。


 鎧の人物が身にまとうその鎧兜は、一セットで作られているらしく、共に爬虫類のような鱗がモチーフのデザインだ。また、兜は蛇の頭部のような意匠で、更に鎧には尻尾のような物が付属している。


 黒マントの男は、手にしたトンカチの様なもので要石を殴りつけている。カンカンと鳴り響いていた音の正体はこれだったのだ。


 では、唸り声は何かと観察すると、鎧の人物が唸り声を上げているようだ。いくら闘争心が溢れていたとしても、こんな獣の様な声は無いだろうと修は思った。しかし、目を凝らしてよく見てみると、唸り声が響く時、声に合わせて蛇の頭部の様な兜の口に見える部分が大きく動いている。流石にただの鎧兜にしてはおかしい。


 修が何かおかしいと思い始めた時、鎧の尻尾の部分が地面を強かに打った。体を振って動かしたのではない。尻尾が自ら動いているのだ。


 通常ならあり得ない動きである。


 修と千祝は理解した。鎧の人物は、鎧兜を身にまとっているのではなく、蛇の様な頭部も、鱗も、尻尾も本物であり、こいつは異形の怪物なのだ。


「全く。落ち着きの無い奴だ。修羅の外套のおかげで襲うつもりは無いようだが、仲間ではないと分かっているようだね」


 トンカチで要石を叩き、亀裂を拡大させながら黒マントの男が独り言を言った。


「だから、退屈な彼を、君らが相手してくれないかな? 鬼越君、太刀花君」


 突然名前を呼びかけられて修も千祝も戸惑った。気配を殺していたつもりなのに気付かれていたのだ。とは言え、後で戦う可能性があることを考えると、姿を完全に晒してしまうことは躊躇われた。


「出てこないとは、用心深いな。いや、結構。こちらも、そちらの場所を完全に把握している訳ではないんだ。武芸者として今後の戦闘を考えれば正解だろうな」


 何故か褒められてしまった。


「しかしだ。ここに倒れている男がいるだろう? この男はこの神社の神主で、私が今振るっている玄翁の本来の持ち主である特別な血筋なんだ。本当は私には玄翁を使えないんだが、彼の血で玄翁を浸すことで疑似的に力を解放し、要石を破壊出来るって訳だ。この玄翁は、その昔殺傷石にヒビを入れた由緒ある物なのだよ。で、その要石によって、今ここで暴れているこんな化け物達が封印されていた訳だね」


 黒マントの男の言葉で、倒れていた辰子の父親のことを思い出す。元々、この人を助けにここまで来たのだった。


「ただし、逆に封印を解く鍵でもある。昼間に見学したかもしれないが、普段はほんの少し地表に顔を出し、本体は地中深く埋まっている上に、どんなに掘っても掘り出すことの出来ない要石にヒビをいれることで御覧の通り、封印が解けて地表に姿を露わにすることが出来る。まあ、完全に化け物を解放するためには、更にこうやって玄翁を振るって割らないといけないのだがな」


 化け物の封印だとか解放だとか、修達の常識を超えた話であるが、目の前で起きている事象との整合はとれているため、信じる以外に術がない。


「少し話が逸れたな。要は、封印を解くためにこの男は、血を大量に失って危険な状態であると知ってほしかった。ところで、もうそろそろ姿を見せてくれないか、なっ!」


 言い終わるとほとんど同時に、倒れている辰子の父親である神主を掴むと蛇の怪物に向かって放り投げた。そんなに力を入れたようにも見えないのに、神主は勢いよく飛んでいき、蛇の怪物を巻き込んだ。巻き込まれた蛇の怪物は、地面に倒れ伏したものの、特にダメージは受けていないようですぐに立ち上がった。そして、自分が無様な姿を晒す原因となった宮司を睨みつけ、鉤爪を振り上げた。


「千祝! 礫!」


 修は隠れていた木の枝をむしり取り、蛇の怪物に向かって走り出した。一気に間合いを詰め神主と怪物の間に割り込み、素早く相手を分析する。怪物の手は何も持っていないがその爪はナイフほどもあり、かなりの鋭さをもっていると予想された。蛇に似ているだけあって全身は鱗に覆われており生半可な攻撃は通用しそうになかった。


 一瞬で相手の分析を終えたところで、後ろから拳大の石が飛来し怪物の頭部に命中する。怪物が怯んだ隙を突き木の枝を構えて修は突撃した。


 怪物は態勢を崩したまま右鉤爪を突出してくる。突き出された鉤爪を半身になって躱すと、怪物の攻撃の死角となる右側面に回り込み手に持った木の枝の折れた先端を怪物の目に突き入れる。


 かなりエグイ攻撃であるのだが、不思議と躊躇いは感じなかった。


 目に突き入れた枝が怪物の脳にまで達するように力を込めていると、背中に鞭に打たれたかのような衝撃が走った。振り向くと怪物の尻尾がうねっていた。人間相手ならこの位置は死角なのだが蛇の怪物には死角になりえなかったし、目に異物を突き立てられる激痛も怪物には何の妨げにもならなかったのだ。


 自分の迂闊さを呪いながら二撃目を避けるために怪物の腹に蹴りを入れ間合いをとる。直前まで自分のいた場所を尻尾が唸りをあげて空を切るのをしり目に見ながら神主を抱えて千祝と辰子のいる場所まで下がる。


「一旦退くぞ」


 この怪物を倒すには即席の武器では不十分だ。警察を呼べば拳銃で倒せるだろうし、神主の手当てもしなければならない。


「!!!!!!」


 叫び声に驚き怪物の方を見ると怪物は目に突き立った枝を引き抜いていた。引き抜かれた目の跡からは血ではなくどろりとした粘液が代わりに流れていた。そして、粘液の噴出が収まるとそこには潰したはずの目が元通りになっていた。


「言い忘れてたが、そいつは止めをささない限り再生するから気を付けたまえ」


 黒マントの男が言う。


「それに、攻撃を受けるとあっちのヤトノカミの大将が手下を増やそうとするからな」


 その言葉に修達が要石の方を向くと、要石の亀裂で身動ぎする大蛇の怪物の体から鱗が剥がれ落ちたかと思うと、みるみるうちに大きくなり先ほどまで戦っていたのと同じ蛇の怪物が誕生していた。


 そして、要石を殴り続けた成果なのか、心なしか大蛇の怪物の体が少しずつ要石の亀裂から外に出てきているように見える。


 修は神主を抱えて社務所の方へ走り出した。千祝も辰子の手を引いて後に続く。 


 幸い一体目の怪物は回復が終わっていないようだし、2体目も誕生したばかりですぐに活動できないのか追ってはこなかった。


「逃げるか。ヤトノカミの力を理解したいい判断だな。それに加え、危険を顧みずに知らない人間を助けに入る侠気、実に素晴らしいぞ! また、すぐに会おう!」


 黒スーツの男の声が後ろから追いかけてきたが、振り返らず駆け抜けた。

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