第16話「旅立ち」

 ゴールデンウィークの二日目、修と千祝は予定通り香島神宮に出発した。修の夢に出てきた大剣と神社に奉納されているという刀の関係を調べるためだ。


 八重や則真の身の危険も予想されるが、丁度早朝に修の叔父が帰宅する予定であったため、それを待って出発した。修の叔父も幼少から太刀花道場で修行した強者であり、昨日程度の襲撃なら簡単に撃退できるはずだ。


 則武へのメールには返事がなかった。


 交通費の節約と、公共交通機関を使用中に他の人間が巻き込まれることを避けるために自転車で行くことにする。修は普段からクロスバイクに乗っているし、千祝は通学や買い物用の三輪自転車だけでなくロードレーサータイプの自転車も持っているので九十キロ位の道のりなら五時間もあれば到着できる。朝出発し、昼は現地で調査、夜には戻ってくるつもりだ。


「別に、付き合ってもらわなくてもいいんだぞ?」


「好きで付き合ってるんだからいいのよ。それに、私もなんか気になるのよ」


 いくら現実感があったといっても夢は夢である。夢の内容を確かめるのにわざわざ丸一日をおそらく浪費させてしまうだろうことには修は抵抗があった。しかし、千祝も夢の内容を聞いた時に感じた妙な感覚と、写真で布津御霊を見たときの既視感の正体を確かめてみたい思いに駆られていた。




 目的地までの行程は特に異常はなく順調だった。長距離ということもあり故障に備えて簡易の修理工具を携帯していたが、それらに頼る事態には遭遇せず、坂東太郎の異名を持つ川の雄大な景色を脇目にサイクリングを楽しみ、目的地の神社に到着した。駐輪場に自転車を置き、参道沿いに歩く。


 ゴールデンウィークのためか、参拝客で賑わっている。


 ここに至るまでの間、襲撃も監視されている気配も無かった。


「やっと到着したな。えっと祭神は建御雷命か、確か武神として有名だよな?」


「そうね、古事記では建御名方と力比べをして勝ったとされているわね。だから武道の神様として祀られているって」


 参道を歩いているときに発見した神社の由緒書きを読みながら話す。


「で、道場の掛け軸の香島大明神はここの神様ということだな。ということは対の香取大明神がどこかにいるわけなんだけど?」


「香取大明神はここからちょっと離れた千葉県の香取神宮に祀られていたんだけど五年前に事件でなくなって未だに再建されてないってお父様が言ってた」


「で、ここら一帯は武道が盛んなわけだな。我等が流派の祖である塚原朴伝が誕生した地でもあるし、像が建ってるとは予想外だったがな」


「そういう土地柄だから昔はよく武道家が集まってたらしいの。今じゃ武道が廃れて集まらなくなったみたいだけど、前にお父様に連れてこられたような気もするの、記憶がはっきりしないんだけど修ちゃんも一緒だったと思う」


「なるほどね。やっぱりここにあの夢の手掛かりがありそうだぜ」


 二人はそんな会話をしながら楼門をくぐり参拝客で賑わう境内に足を踏み入れる。いきなり剣を探すのもなんなのでとりあえず参拝をすることにする。


 本殿は楼門をくぐってすぐのところにあった。賽銭箱に五円玉を放り込み、作法通りに二礼二拍手一礼をしながら心の中で願い事を思い浮かべる。


(あの剣が見つかりますように)


 祈りを終え、回れ右をして本殿を後にし、剣を探そうと気持ちを新たに探索をしようとしたところで本殿の対面の建物が目に入る。


「千祝さんや。あの看板になんて書いてあるか読めるか?」


「宝物館て書いてあるわね」


「いや。その少し横」


「国宝の三メートルの直刀展示って書いてあるわね」


「目的の物ってあれだよな?」


「多分ね。早く見つかってよかったわね。……どうしたの? 微妙な顔をして」


「いや。なんでもない」


 修は、神話に出てくるような宝刀だからてっきり厳重にしまってあるものだと思い込んでいたので一般公開されていることに驚いた。


 さらには、先程の願い事がほとんど無意味だったことを少し後悔したがそれを口にするとまるで五円ごときを惜しんでいるかのようなのですぐに平然とした表情を取り繕う。


「あらそう。てっきり剣が見つかることを祈願した直後に見つかっちゃったから、そんなどうでもいいことを願うんじゃなかったって後悔してるのかと思った。で、五円も使っちゃったもったいないって後悔の念に苛まれているわけね」


「分かってるんなら最初から聞くなよ。まったく、隠し事は出来ないな。後、別に五円ごときで後悔してるわけないだろう」


 さすが長い付き合いの幼馴染だけあって完全に考えは読まれていた。


 宝物館の入館料を入り口で係員のおじさんに支払い、パンフレットを受け取って中に入る。


 建物の中は展示物の保護のためか照明の明るさは抑えられており薄暗かった。


 入り口付近の展示物は神社に関連する絵巻物や出土した狛犬等だったが修の視線は中に入った時から部屋の奥の方に展示されている多くの刀に注がれていた。


「へえ。さすがに武神を祀る神社だけのことはあるな。刀の奉納は多いらしいな」


「ねえ。あの薙刀の柄、素敵な装飾ね」


 修の言うとおり、戦国時代の武将や現代の格闘家に奉納された刀、太刀等の武具が数多く展示されていた。


「目的の物は……あれか!」


 修達は部屋の一番奥に長大な刀がガラスケースの中に鎮座しているのを発見した。


 修が手を広げた長さよりも長い刀身と、黒漆に金属で装飾した柄と鞘、黒い刀櫃が展示されている。説明文には「直刀・黒漆平文大刀拵附刀唐櫃」という名前が記されており、柄・鞘を含めた全長が2.71メートル、刀身の長さが2.24メートルあるようだ。


 直刀、外装、櫃のセットで国宝に指定されており、茨城県には二つしかない貴重な国宝の一つらしい。


「夢で見たのとまったく同じだ……」


「そうなの? でも夢ではこの刀を振り回してたっていうけどそれは無理じゃないかしら? ほら、これ持ってみて」


 布津御霊の展示されているガラスケースの前には平らな金属の棒が置かれている。布津御霊と同じ重量に調整されているらしく、要はどれだけ重いか体験できるというわけだ。


「持つだけだったら何とかなりそうだな。でも自在に操るとなると難し……」


 千祝からレプリカを渡してもらい持った感想を述べている時、激しい頭痛が修を襲い言葉をとぎらせた。


(この感覚、どこかで……)


 そんなことを考え、千祝の自分を呼ぶ声を耳にしながら修の意識は途切れた。

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