第13話「対決!道場破り(2回目)」

 ゴールデンウィークが近くなったある日の午後、修達は茶道部に出ていた。中条も参加している。


 この日も修は家(太刀花家)の倉庫から茶碗を持ち出し、部活で茶を点てるのに使用していた。


「結構なお点前でした」


 中条が修の点てた薄茶を飲み干した。何回か部活に参加しているため、様になってきている。ただ、まだ目が利かないため、空になった茶碗を色々の方向から眺めてみても善し悪しが分からない。


「それは油滴天目ゆてきてんもくという茶碗だよ」


 今、中条の手の中にある茶碗は修が言ったその名の通り、油の滴が浮いている様な模様をしており大変美しい。


「鬼越君は、茶道具とかに目が利くの?」


「ああ。倉庫を整理していると、色々出てくるからね。やっぱり手に触れて実際に使ってみるとわかってくるんじゃないかな」


「だから、部活に高そうなのを持ってくるのかい?」


「そんなところだね。いい物を使うときは緊張するけど、その緊張が良い結果を生んでいると思うんだ」


 この言葉は本当である。練習用に安い茶碗を使うよりも、太刀花家から拝借してきた名品を使う時の方が明らかに所作が上である。


「ちなみに、茶道具以外も分かるかな? 刀とか」


 中条が更に訪ねてくる。もしかしたらこれが本題だったのかもしれない。


「もちろん。太刀花家は武家だったからその倉庫で刀は沢山手に取って見たし、師匠から色々教わったからな。それに、美術品としてではなく、武芸者にとっての価値もいけると思うぞ」


「本当かい? じゃあ今度家に来てくれよ。ちょっと珍しい刀があるんだけど。価値が良く分からないんだ」


 色々話した結果、ゴールデンウィークに中条の家に遊びに行って刀を見ることになった。頼まれた結果であるが、珍しい刀ということなので、逆にお願いしたいくらいのことであるため、修は心が躍っていた。




 ゴールデンウィークの初日の午前中、太刀花道場の稽古は主である太刀花則武が先日から不在にしているため休業であった。そのため、自主的な稽古を終わらせた修と千祝は、道場で畳を並べていた。


 太刀花道場は剣術が主体の道場であり、通常は板敷であるが、柔術も教えているため畳を保管している。しかし、春になってから武器の稽古ばかりであったため使用しておらず、そのままでは痛む可能性がある為干しているのだ。ちなみに太刀花道場の畳は柔道で使用するようなスポーツ用の物ではなく、和室で使用している普通の畳を流用したものである。


 この日の午後は、修は中条の家に遊びに行く予定であり、千祝も八重と買い物に行く約束をしているため、畳を並べ終わったらそれぞれ別の行動に移る予定であった。


「たのもう!」


 畳を並べ終わりほっと一息ついた時に道場の入り口付近からどこかで聞いたような声がした。


 声のする方を見ると、以前に病院送りにした道場破り、青山某が立っていた。


「お前、全治一か月だってきいたけど、治りが早いな」


「おめでとうございます」


「ありがとう……じゃなくて、道場破りに来たんだよ!」


 そう言いながら道場の中まで進んで来る青山の姿を二人は観察する。足取りはしっかりしており、足へのダメージは残っていないようだ。また、話もしっかりしていることから砕けるばかりの攻撃をくらった頭部への後遺症も無いように見受けられた。


「悪いけど今日も師匠はいないんだけど」


「いや、今日はお前らへの復讐に来ただけだ」


「復讐と言われてもねぇ。こちらは返り討ちにしただけだし、道場破りへの対応としては優しい方だと思いますが?」


 千祝の言う通り、負けた道場破りは再起不能にされることもあるため、先日の対応は優しいものだ。子供たちの目があったためでもあるが、修も千祝もまだ若いため、非情なことを出来るほど武の世界に染まり切っているわけではないのだ。


「この前の勝負は、得物の差によるものだ。いや、言い訳は止めよう。俺はただお前たちに負けたままなのが我慢ならないだけだ」


「じゃあ、個人的な立ち合いってことでいいかな? 流派の争いでもないから看板をもってくってとかはなしってことで?」


「俺は勝負が出来れば何でも構わん」


 青山は道場破りを仕掛けてくる阿呆であるが、思ったよりも根はまじめなようであった。


 修と千祝は一瞬目を合わせる。


 青山は実力は修や千祝よりも上である。しかし、二人がかりなら話は別だ。


 二人の連携攻撃は実戦経験が豊富な道場の大人たちを翻弄し、師匠の太刀花則武も手を焼くほどだ。青山レベルの相手なら確実に屠ることが出来る。


 今日は子供たちも見ていないのでやってしまっても問題はあまりない。しかし、道場の名誉をかけてでなく、単に個人の技量を競うだけなら、負ける可能性が高くても正々堂々と戦うことに意味はある。


 そんなことを視線だけで相談して結論を出す。


「いいだろう。剣と剣の一対一、二連戦になるが構わんな? 後、言っておくが、この前の技はある程度見切ったぞ。古流剣術特有の重心の動きと、現代の剣道のような俊敏な身のこなしを併せた厄介な動きだがある程度再現できたよ。参考になった感謝する」


 修は道場の壁に掛けてあった竹刀を三振り取り、青山と千祝に手渡しながら言った。


「ふん。早く始めるぞ。言っておくが、我が流派は一度見たくらいで見切れるような底の浅いものでないことを身をもって教えてやろう」


「そちらこそ、一之太刀(未修得)の実験台にしてやるから覚悟しろ」


「あ。ちょっと待て下さい。畳を外しましょう。危ないから」


 修の少しばかり挑発的な言動にも激昂することなく答える青山、そんな二人をよそに、千祝が道場に並べられた畳を見ながら提案する。


 道場に並べられた畳は干すことが目的であり、稽古としての並べ方ではないため、ある程度の隙間が開けられている。よって、この上で試合をしたならば躓いてしまう可能性がある。


「無用だ。我が流派は例え木の上でも普段と同じ通りの戦いが出来るように鍛錬している。この程度の環境など何の支障にもならん」


「ま、いいじゃないか千祝。先方がああ言っているんだ。このままやろう。片付けるの面倒くさいし」


 千祝と青山は道場の中央付近に相対し、修は壁際まで下がって勝負の行方を見守る態勢に入った。


「じゃあ。始めるぞ。神前に、礼。お互いに、礼。構えて……はじめ!」


「キェェェェェー!」


 開始の合図と同時に千祝は気合の声を上げた。先日、染谷先生に呼んでもらった古文書に書いてあった技法のひとつである。稽古により鍛え上げられた千祝の気迫により常人なら射竦いすくめられてしまうだろう。しかし、やはり青山は、レベルが高い敵の様でまるで動じていない。


 そして、相対する千祝も、離れて客観的に見取っている修も反応出来ないタイミングで、青山の姿が消えた。前回の戦いでは、視覚的に捉えることが出来ないまでも本能で反応して撃退できたが、今回は全く反応できなかった。これが、青山の実力の真価なのだろう。


「グアァァー!」


 姿を消したように見えた青山が千祝の目の前でのたうち回る姿で現れた。


「ひっ、卑怯な……」


「あー、だから畳を片付けようって言ったんですよー」


 倒れている青山の足には太い釘が刺さっていた。


「よくある道場破り対策ですよ。あなたも知っているでしょう?」


「う、うう……」


 呻き声を上げる青山に、問いかけられているように、武の世界における道場破り対策としては一般的なものだ。類似のものとしては、油を撒いたりすることもある。また、単純に複数でタコ殴りにすることもある。


 青山も今までの道場破りの経験から、この様な手段を取られたこともある。しかし、今までは相手の視線などから罠の仕掛けられた場所を察知して切り抜けてこれたのだ。


「悪いが俺も千祝もどこに仕掛けられているのか知らなかったんだ。つまり条件は同じってことだ。それに、道場破りとやり合うならこの位の事は作法の内だと思うぞ?」


「う……うむ……」


 社会一般的には無茶苦茶な理論であるが、武の世界に生きる青山は納得したようだ。


「じゃ、こっちの勝ちってことで、病院に行くか。千祝、タクシーを呼んでくれ」


「はい。でも、修ちゃんは何もしてないよね?」


「ははは」


 修は笑ってごまかすと、応急処置のための道具を取りに道場の用具入れに向かった。

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