第12話「両親達の昔話」
染谷に古文書を解読してもらったその日は、夜の稽古が無い日であった。そのため、太刀花則武が門人のおっさんたちと飲みに行くこともなく、修達と夕飯を食べていた。
ちなみにその日のメニューはハギスであった。スコットランドの料理であり、羊の胃袋に羊の臓物を詰めたもので、見た目はあまり良くない。ただし千祝の調理により味の方は美味しく仕上がっている。
昔、太刀花道場に逗留していたイギリス人から伝えられたもので、千祝は、ローストビーフ、フィッシュアンドチップス、うなぎのゼリー、スターゲイジーパイ等の他のイギリス料理も習得している。
料理が無くなり、修や千祝が皿などを片付け終わり、則武がスコッチウイスキーを一人で飲んでいる時に修と千祝は、夕方に染谷先生から聞いた過去の決闘話について尋ねた。
「先生、昔、女性の取り合いで、決闘したって本当ですか?」
「それと、取り合った女性がお母様達だったというのは」
則武は、驚いた顔をして、酒を注ぐ手を止めた。全く予想外の質問であったようだ。
「誰から聞いた? 里見か? 玉川か? あいつらめ……」
あまり聞かれたくない話題であったようだ。染谷先生に古文書の解読を頼んだ件などについて説明するのが面倒である、また、染谷の身の安全を守るため、修達はそんなところですと曖昧な言葉で答えた。
「別に隠しているわけじゃあないんだがな。高校時代に母さん達の取り合いで決闘したんだよ、俺とお前の父親の鷹正で勝った方が先に告白するってな」
水割りを作る手を再開させながら、則武は答えた。中年の禿頭のおっさんで厳つい顔をしている癖に、少し恥ずかしそうである。
「で、三本勝負をすることにした。一番目の剣は俺の勝ち、二番目の槍は鷹正の勝ち、決着は三番目の柔術にもつれ込んだ」
「父さんに聞いたことがあります」
則武の語る過去の勝負は、修が過去に父親から聞かされたものと同様であった。
「この、柔術勝負が厄介でな。何しろお前たちも知っての通り、太刀花流の柔術は、打・投・極の何でもあり。その技を相手をKOするかギブアップするかのルールでぶつけ合ったのだからな」
武器の勝負なら一本イコール戦闘不能と見なして寸止めで決めることが出来るが、素手ではそうとも限らない。
両者が納得の上なら寸止めで勝敗を決めることも出来るが、女性の取り合いの様に、お互いの意地等の複雑な感情が絡み合う勝負ではそうもいかないのだろう。
「お互い血まみれの戦いになったが、最後は鷹正のラッシュの切れ目を華麗に見切った俺の拳が奴の顔面を捉えて、ジ・エンドってとこさ」
「ちょっと待ってください。父さんに聞いていたのと少し違います。確か最後の拳は顎をかすめただけで、後ろに宙返りしながら顎を蹴り上げて勝負ありになったって聞いてますよ」
「あの野郎、そんなことを言ってやがったのか。そんなやられながらのへなちょこ蹴りなんか物の数に入るわけがないだろうが」
酒も入っているせいかヒートアップしてきた則武の口調は、いつもと違っていた。則武は強面だが、普段の生活でも道場での指導の時も、基本的に穏やかな口調なのだ。多分昔はこんなしゃべり方だったんだろうな、と修は思った。
「だから、勝ったのは俺。母さん達が止めに入らなきゃ俺が勝ってたんだよ」
「それって勝負はつかなかったってことじゃ?」
千祝が疑問を投げかける。止めるものがいなければという仮定が条件で付いている以上、現実は千祝が言う通りと考えるのが合理的である。
「……。そうとも言うかもしれんな」
娘に突っ込みを入れられて少し冷静になったようで、落ち着いた口調に戻る。
「勝負が引き分けなのはわかりましたが、取り合いってどうなったんですか?」
「そうよ。そもそもどっちを取り合ってたのかが分からないわ」
決闘の内容が判明した以上、残りの興味はその点である。もしかしたら、自分の父親が自分の母親以外の女性を好きだったかもしれないという、知りたくないような内容かもしれないが、ここまで来たら毒を食らわば皿までの精神である。
「ああそれな? 俺と鷹正は、当時親友で一緒にいることが多かった母さん達と知り合って好意を抱くようになったんだが、俺と鷹正で話し合った時お互い「あの子」が好きだとしか言っていなかったからバッティングしていると誤解してな。本当、はないちもんめの「あの子が欲しい。あの子じゃわからん」とはよく言ったもんだな」
照れながらグラスを干して笑う則武であった。中年のおっさんが照れてもきもいだけなので、それを見て少し呆れる修達であったが、自分達の父親が母親一筋であったことを知って少し安心した。
また、則武は普段は卓越した武の腕前に驕ることもなく、弟子達に対しても丁寧な対応をする大人な人物であると、修達は思っていたが、修の父親である鬼越鷹正との思い出話をするときは子供の様であった。もしかしたら則武と対等に話せる者はもうおらず、孤独なのかもしれないと修は思った。
太刀花則武の昔話が終わってすぐ、則武にメールの着信があった。
「二人とも、聞いてくれ。仕事が入って、明日からゴールデンウィークの辺りまでいなくなる。携帯電話に出れるとは限らないから、メールを入れてくれればその内返事をする。いいな?」
「分かりました。もうすぐ鷹次叔父さんも帰ってきますし、大丈夫です」
則武は要件を伝えると、出発の準備をするために自室に戻っていった。
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