第11話「奥義探究」

 放課後、部活が終わった後、修と千祝ちいの二人は担任である染谷そめやを教室に呼び出していた。


「何です? 二人して。先生は部活の指導が終わったばかりで疲れているのですけど」


 染谷はなぎなた部の顧問をしているが、本人も経験者であるため、直接指導をしている。


 見かけは強そうには見えないが、現役時代はかなりの選手であったと噂されている。


「先生の歴史教師としての力を借りたいのです」


「そう。千祝の言う通り。この、家の蔵にあった古文書を解読してほしいのです」


「修ちゃんはこういっていますが、「太刀花家の」蔵です」


 二人はそういうと古ぼけた本を一冊差し出した。古ぼけた和紙が糸で綴られている和装本と言われるものである。


「読めそうですか?」


「江戸時代位だし、それなりの教養の人が書いた分かりやすそうな文字だから多分大丈夫かしら?」


 尋ねる千祝に対してページをめくりながら染谷は答えた。教師の立場としてはなるべく生徒にいいところを見せたいし、実際そんなに難しそうな文書ではなさそうなので、大学で履修した古文書学の知識で対処できそうだと染谷は感じていた。


「えー何々? 「この文書の内容は我が流派に残すものであり、門外不出とする」?」


 出だしの部分を染谷が読んだ瞬間、修は弾かれたように動き、教室の扉を閉めてしまった。


「んーん(どうぞ)」


 あっけにとられって修の方を見ている染谷に対し、妙な声が掛けられた。


 声の方を見ると千祝が本を指差している。続けろということだろう。何故か手には開封したペットボトルが握られており、先ほどの声から察するに口に水を含んでいることが予想された。そして、いつの間にかカーテンが閉め切られていた。


「太刀花さん。水を吹き付けて奇襲するのは、女の子としてどうかと先生は思いますよ? そこっ! 鬼越君! さりげなく掃除用具入れの方に行くのは止めなさい。箒に何の用があるんですか?」


 不穏な空気を鋭く感じ取った染谷は、二人の意図を先に言うことで機先を制した。


「ごくり。先生いやですよ。そんな事するわけないじゃないですか」


「そうそうヤダナー」


 悪びれずにぬけぬけと二人は言った


「とりあえず言っておきますが。高校を卒業してから顔を出していませんが、私も太刀花道場の門下生です」


「あ、そうなんですか?」


「安心しました」


 何を安心したのか知らないが、二人は納得した様子で椅子に隣り合って座った。


 何やら視線で会話しているがどうせ、「始末する必要が無くなって手間が省けた」とかろくなことは考えていないのだろう。


 まだ若い二人がこのようなバイオレンスな思考になっていることを、染谷は呆れるのと同時に、二人の家族が五年前の事故で無くなっている事と関連しているのだろうと思い悲しくもあった。


「太刀花先輩も、鬼越先輩も、学生時代から暴れまわっていましたが、もうちょっと常識があったと思いますよ」


「先生は、お父様たちの学生時代も知っているのですか?」


 千祝が少し驚いた口調で尋ねた。千祝達が知っている太刀花則武の知り合いは、今道場に通っている者が主であり、学生時代の知り合いなど初めて見たのだ。


「ええ、私は中学生から高校生の間この学校に通っていましたが、当時先輩だった太刀花先輩の伝手で太刀花道場で学んでいましたから」


 染谷によると、当時出来たばかりのなぎなた部を強くするために太刀花流の門を叩いたらしい。当時の太刀花道場は今よりも初心者向けではなく、他流派で十分研鑽を積んだ剛の者の集う場であったため、大変苦労したらしい。だが、その甲斐あって全国制覇に部を導くことが出来たそうだ。


「というわけで、昔は太刀花流や、あなたがたのお父様がたに縁があったのです。後、恋のさや当てで決闘をした場面にも立ち会ったので、お母様がたも知ってますよ」


「そういえば、死んだ父さんから、真剣勝負をしたことがあると聞いた覚えがあります。まさかそんな理由だったとは知りませんでした」


 修達にとって父親たちが女性の取り合いなどで決闘したということは、初耳であり、興味をひかれた。しかし、面白そうであるがために時間がかかりそうなので今回は遠慮することにした。


「凄く興味がありますが、時間を取りそうなのですみませんが、本題の解読の方をよろしくお願いします。決闘の当事者に聞くという手もありますし」


「そうですね。では、再開しますよ」


「あ、先生、出来れば栞を挟んでいるところからお願いします」


「分かりました。もし、前の文を読まなければ意味が理解できないのであれば戻って読みますが、とりあえず要望通りにしましょう」


 栞の挟んであるページをめくると題には「一之太刀」と書いてあった。


「えーと。「我が太刀花家に伝わる武芸は、今更言うまでもないが、常陸ひたちの国の武芸兵法者である塚原卜伝つかはらぼくでんの流儀が元になっている。しかし、塚原卜伝の奥義として知られている一之太刀については我が家には伝わっていない」まあそうでしょうね」


 一之太刀は新当流の奥義であるということは昔からよく知られている。しかし、その内容がはっきりしていないこともまた、知られている。


 塚原卜伝の息子でさえその内容を知らなかったため、塚原卜伝に一之太刀を伝授されていた弟子である伊勢国の大名、北畠具教の元に教わりに行ったという逸話があるくらいだ。それほどに伝授された者が制限されているのだから、塚原卜伝の直接の弟子ではなかった太刀花家の先祖が、一之太刀の全貌を知っているのには無理がある。


「「しかし、代々の太刀花家の剣士たちと剣について交流した者の中には、一之太刀について伝えられているとしている流儀を習得した者や伝えられてはいないが推測している者がおり、それらについて散逸しない様にここに記す。全てを読むと矛盾も感じられると思うが、何が正しいのかは自分で確かめてほしい」残念ながら正解が書いてあるってわけじゃなさそうね」


 なお、修達は読み飛ばしているが、この秘伝書の最初の方には、この秘伝書の執筆の目的が書いてあり、今染谷が読み上げたのと同様、太刀花家に蓄積されていた武芸の知識を失伝することを防ぐためとしている。


 太刀花家の武芸は基本的に口伝で伝えられており、剣のみならず武芸十八般と言われているような多岐にわたる内容も、全ては口頭で教えられている。


 通常なら困難を極めるところであるが、幼少の頃から才能あふれる太刀花家の人間に武芸を叩きこむことで可能としていた。


 しかし、代々の太刀花家の人間も、その才能の内容には差異があり、得意、または好む技や得物が違うため次代に継承されないことが出てきた。個人として見れば、自分の才能に合わせて最適化された技を習得しているため問題は無いが、家として見ればせっかく伝えられてきた技が失伝するのは勿体ない。


 この秘伝書は、この様な事情から書かれた物なのだ。


「「ある説では、一太刀で相手を倒す技だと言う」これはよく言われていることですね」


「それがどうやってやればいいのか分からないから、皆困ってるんですよね」


 これについては、一之太刀の説明として現代でも知られているが、詳細は不明である。


「続き、「ある説では、相手が反応できない速さで斬ることだと言う」」


「何か示現流みたいですね」


 示現流は鹿児島県に伝わる剣の流派であり、相手を一撃で切り伏せることを旨とする流派である。豪剣としてのイメージが強く、細かい技を使うイメージは無いが、一撃必殺という要素を抜き取れば近いと言えるかもしれない。


「次、「ある説では、相手の仕掛ける隙をつくと言う」」


「後の先ですね。新陰流のまろばしみたいな」


「次、「ある説では、斬り合いになった時、相打ち覚悟で斬ることだと言う」」


「相打ちになりそうな時に動じずに最後まで斬ることで、こちらは態勢を崩すことなく、逆に動じてしまい態勢の崩れた敵を確実に切るってところですかね」


「次、「ある説では、天狗のごとく瞬時に相手の死角に飛び込むことにより斬ることだという」」


「あー確かにそれはやられるときついですね」


 修と千祝は道場破りの技を想像していた。ただ、あの技は完全に死角に入られるところまでは至っていなかった。


「次、「ある説では、剣から気を放ち、百歩離れた敵をも打ち倒すことだという」」


「ん?」


 変なのが混じってきた。


「「気を極めることにより、剣すら不要となるということだ」何これ?」


「波動拳とかそんな感じのことが言われてますね」


「さすがにただの伝聞では?」 


 この後も様々な技が続いた。抜刀術を利用するもの、気合により相手を竦ませたところを切るもの、脱力を重視するもの、飛び道具を使用するもの等、玉石混淆であり、明らかに使えないものも混じっていた。


「「ここまで述べてきた技を試してみたものの、どれが正しいのか確信を得ることは出来なかった。これを読んだ後世の者達も実際に試してみて欲しい。そこで己が一番正しいと思った技が一之太刀なのだろう」一之太刀についての部分はここまでですよ」


「何かはぐらかされているような気がしますね」


「そうね、それに、ご先祖様は本当にここにあった技を全部使えたのかしら?現実味の無い技も混じってたけど」


 奥義についての情報が手に入ると思っていた為、二人は少し拍子抜けしていた。


「ところで、何でお二人は奥義を調べようと? いえ、武を志す者が流儀の奥義を身に着けようとするのは普通のことかもしれませんが……」


「それはですね。この前道場破りを病院送りにしたんですが、これが強くて、なんか天狗みたいに一瞬で間合いを詰める技を使ってきたんですよ。これから、こういった手合いと戦うにはこちらも奥義を身につけなくては……ということです」


「あまり武の世界のことに口を出したくありませんが、学生でもあるということをわきまえて、つつしんでくださいね。鬼越君」


「いえ、仕留めたのは私です」


「……ああ、そう……まあいいわ。もうそろそろ帰りなさい。鍵は閉めておきます」


 若い二人が、血なまぐさい世界に既に足を踏み入れてしまっていることに、染谷は悲しみを感じた。そして、これからその世界にどのような困難が待ち受けていても、二人で乗り越えてくれることを祈るばかりであった。

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