第10話「全国制覇への誘い」

 柔道対決の数日後の昼休みのことである。


 修と千祝ちいは、千祝の用意した弁当を食べていた。二人とも弁当箱は重箱であり、約二千キロカロリー程の食事が詰め込まれている。


 食事の途中で、もう食べ終わった中条が話しかけてきた。


「いつも同じお弁当を食べているようだけど、毎日作ってもらっているのかい?」


「ああ。弁当だけじゃなく、朝夕の食事もな」


「ぜ、全部かい?」


 こともなげに答える修に対して、中条は驚いている。弁当位なら恋人ならあるかもしれないが、毎食となれば、もはやそんな範疇ではない。


「あ。言っておくが生活費なら出しているぞ。銀行の通帳とカードを渡しているからな」


 少しズレた回答をする修である。中条が驚いているのが、ただ飯を食っていると思われたのだと誤解したのであるが、もちろんそういう訳ではない。


「ちょっといいかしら? 太刀花さん」


 修達が話しているところに外から声が掛けられた。声の方向を確認すると、声の主は同じクラスの女生徒である舟生ふにゅうであった。数日前に千祝がなぎなたで倒した元中学チャンピオンである。


「この前負けてしまったのは、私の未熟さ原因だと思っています。悔しいけれど特に恨みなどありません。それで、是非我がなぎなた部に入ってほしいのです。私とあなたがいればきっと全国制覇も夢ではありませんよ」


「そういうのに、興味ないんで」


 要件は千祝に対する勧誘であった。ただ、情熱的に誘う舟生に対し千祝は興味がなさそうだ。


「前に話した時は、太刀花さんがあんなに強いと思わなかったから、鬼越君に部に入ってもらって練習相手になってもらうことで強くしようと思ったのだけど、あなたがあんなに強いなら、そんな回りくどいことする必要がないわ。今年にでも団体戦優勝よ」


 舟生の言うことは大げさではない。五人チームの団体戦は三人絶対勝てるメンバーがいれば残りの二人が弱くて総合力で劣ってようと、ルール上勝てるのだ。中学王者の舟生、それに完勝する千祝、そして、去年の全国大会の個人戦で準優勝した三年生の主将がいれば勝率はかなり高い。少なくとも全国大会出場は約束されたようなものだ。しかし、


「わたし、茶道部と、家のことで手一杯なんで」


 にべもなかった。


「多分、鬼越を勧誘しようとしたから態度を硬化させてるんだとおもうぞ」


 膠着状態のところに新たな声が加わった。


 声の主は同じクラスの喜友名きゆなだった。中学入学組であり、空手部所属である。他にも中条や他のクラスメイトの男女が加わっていた。


「鬼越の野郎は見た目はそこそこだが上の方だし、中学一年の頃はチビだったけどいまじゃ御覧の通りデカイし運動神経はいいから、告る女子が前からいたんだよ。でもそんな子たちは皆太刀花さんに阻止されたのさ」


 舟生は思わず千祝の顔を凝視した。自分は真剣に部活の為の勧誘のつもりだったのに、恋愛沙汰と同様に思われていたのかと心外に思ったのだ。


「あ。言っとくけど、なぎなたで叩き伏せるとかそういうんじゃなく、料理とか裁縫勝負で叩き伏せてたらしいぞ」


 喜友名がフォローになってないフォローをする。後ろにいる女子達も喜友名の発言は本当であると目撃談(体験談も含む)を語ってみせた。


「逆に太刀花さんに告白しようとした奴も鬼越に事前審査と称して、皆やられてしまったぞ。勝負形式は相手の得意とする試合形式で叩き潰すんだから、ホントえげつないったらないぜ」


 そう語る喜友名に、「一番最初にやられたのはあんたでしょ」と、当時を知る女性陣からの突っ込みが入る。


「お二人が交際しているから、邪魔になると思って私を近づけないんですか?」


 少し怒気を孕んで舟生が言った。修は確かに魅力的な点はあるものの、舟生に恋愛感情は全くない。千祝に嫉妬される謂れはないし、部活への勧誘を妨害されるのも迷惑なのだ。


「ん? 何言ってるんですか? 交際などしていませんよ。俺達は生まれた時から一緒にいる幼馴染で家族みたいなもんですよ」


 だが、修の答えは交際関係も恋愛感情も否定するものであった。舟生を始めとする周囲のクラスメイト達の顔が引きつった。昔から付き合っているかと問われるとこうなのだ。


 それ故、フリーだと勘違いして告白した者達が、結局妨害され撃沈する羽目になっていたのだ。


 なお、交際していないのは本当であるが、家族みたいなものという表現は、既に恋人を超越した関係ととることもできる。


 舟生はもう一人の当事者である千祝の方を見る。


「もがもが」


 千祝は口いっぱいに弁当を頬張っていた。口元を人差し指で指して強調しており、「今、口に物が入っているからしゃべれない」という意図は伝わってきた。


 修も千祝も互いに特別な存在だという思いはある。しかし、それが恋愛感情という認識につながっていないのだ。これは、周囲からすればかなり奇異に感じられることである。


 結局、話が進まない状態で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、皆自分の席に戻っていった。

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