第9話「柔道対決②」
試合の開始と同時に激しい組み手争いが始まった。
柔道の組み手争いは打撃系格闘技のパンチのスピードに匹敵するほど早い。二人はお互いに相手の道着を取ろうと、また取らせまいと攻防を繰り広げた。
(こいつ、やっぱりただ型稽古をやっていただけの動きじゃない。油断したらやられる)
試合を開始してすぐに剛田は修の実力を実感した。専門外の柔道でこれだけ戦えるのだから喧嘩では確かに剛田の勝ちはなさそうだ。
(強いのは分かった。認めてやる。だけど、柔道部として負けるわけにはいかないし、勝ち目はある。一気に決めさせてもらう)
途中までは互角に見え、スピードは五分であった組み手争いだが、修は剛田の道着をしっかり掴むのには至らない。逆に剛田は修の道着をつかむ時間が増えてきた。そして、今まで道着を掴まれても即座に手を切ってきた修が失敗し、剛田に崩されてしまった。そして、
「せいや!」
剛田は気合とともに一気に足を刈る。大外刈りだ。
タイミングは申し分なかったが修は何とか持ちこたえ、二人がもつれ合いながら場外で転倒したところで待てがかかった。
(くそっ!あのタイミングなら絶対に行けたと思ったのになんて足腰だ。でも……)
剛田は心の中で毒づきながらも勝利を確信していた。
「今のを耐えるとは大した奴だ。完全にこっちの組み手だったのにな」
「うちの道場じゃ柔道そのものは教えてないけどな。柔術は教えているから投げ技の根本の重心の使い方はこんなもんさ」
素直に賞賛の言葉を口にする剛田に対し少し息を切らしながら修が言い返す。そこに、
「うちの道場って太刀花んちの道場だろー。おまえのもんじゃねえぞー」
「それともあれですかー? もう婿気取りですかー?」
見物していた同級生たちから野次が飛んできた。野次を飛ばしているのは中学入学組の先程から修を応援していた者たちだった。
「いや。俺と千祝はただの幼馴染でそんなんじゃないぞ? お前ら中学の三年間見てきたからそれくらい分かるだろ?」
野次に対し冷静に言い返す修だったがそれは逆効果だった。
「三年間見せつけてたじゃねえか! ただでさえうちの学校は元男子校で女子が少ないってのによー!」
「剛田! お前その色男をぶち殺せ! お前ならできる!」
「そうだ! お前のその鍛えられた体はこれまで女を寄せ付けずに修練を積んできた男の結晶だ! 俺たちにはわかる!」
ヒートアップした中学編入組の同級生達は、試合開始前とは正反対に剛田を応援し始めた。高校入学組はどちらかというと元々郷田側であったため、道場中が修の敵に回った雰囲気だ。
勝手にモテない男認定された剛田だったが、実際そうなので反論はしなかった。顔はそう悪くはないのだが。
剛田は激しい組み手争いをしながら修の動きを分析し、弱点を見出していた。
剛田の考えた勝ち目は、組み手争いの優劣にある。先ほど剛田は通常なら確実に一本をとれるタイミングで投げたが、持ちこたえられてしまった。これは、重心の使い方という、組み技系の格闘技に共通する技術の差があったためだと考えられる。
修の本分は剣術であり、組み技にそこまで習熟している訳ではない。しかし、柔道の元となった柔術は、剣術の技術から変化した面があり、修の場合、剣術の技量の高さが柔道でも活かされていると考えられる。
つまり、柔道専門の稽古をしていなくても武道家としての格の違いが出ているのだ。しかし、逆に言えば、それほどに武道家としての格の差があったとしても、柔道の試合で使用する技術の鍛錬をしなければ、組み手争いに勝つことも出来なければ技を完全に防ぐことも出来ない。
これが柔道の試合でなければ、剛田の予想もつかない技術で攻められる可能性があるが、柔道の試合で効果的な技とは柔道家が稽古している技であり、剛田は修よりもそれを熟知している。
つまり、剛田は、組み手争いで勝利して完全に有利な態勢をとった上で、連携技によって重心を崩していき、確実に一本をとれる状況まで攻め続ければよいのだ。
ある意味当たり前過ぎてつまらない結論であり、当初考えていた経験値の差を見せつける一気呵成な勝ち方は出来ないが、もしそんな事を強行すれば、その隙をつかれてしまうだろう。
ここは、いいところを見せようと妙な色気を出したり、修の底力を必要以上に恐れることなく堅実な戦いをすることが有効だ。
剛田が慎重になってから、目に見えて修は不利になった。組み手争いのスピードは互角であるものの、細かい技術は場数が違うため剛田が上であり、道着を有利な態勢で掴むことが出来ない。
また、組んだ後も剛田は無理に大技をかけることなく連絡技で確実にバランスを崩そうとする。修は守り一辺倒に入り、何度か投げられそうなところで場外にもつれ合って出た。
少し荒くなった息を整えながら試合再開の位置まで戻った修は、少し思案するような様子を見せると、今までとは違う構えを見せた。それまで修は、右足を少し前に出した自然体の構えで、柔道でもよく見られる構えだった。しかし、今の修は、剣道の構えの様に両足を前に向けて揃えており、しかも重心は後ろに置いている。
剛田は、修の意図が読めずに少々戸惑ったが、重心を後ろに置くことで守りを固めているのだろうと判断し、更に攻勢を継続して勝負を決める決意をした。
だが、その決意は試合再開とともに打ち砕かれた。
再開の合図とともに、修の姿が消えたかと思うと剛田のすぐ横に出現し、体の向きを反転させながら剛田の腕を取り、肘関節を極めてしまったのだ。
太刀花流で教えている柔術の要素がかなり強いが柔道における脇固めに近い技である。一般的に柔道の関節技は寝技のイメージが強いが、関節を極めたままで立ち技から寝技に移行するような危険行為をしなければルール上問題ない。
技が極まった瞬間、剛田の腕には痛みは無かった。しかし、剛田の体勢は完全に崩されており、持ち直すことは出来そうになかった。
それにもし修がその気なら肘を一瞬で破壊できることを剛田は理解し、空いた方の手でタップして降参した。
「まいった。俺の負けだ」
「慎重に組み合えば勝てるっていう考えは多分正解だったと俺も思うが、それは予測済みだから、そうならないように戦わせてもらったぞ」
「今のは何なんだ? 姿が消えたように見えたぞ。古武道の必殺技みたいなものか?」
「この前倒した道場破りの技を盗ませてもらったんだ。まあ、まだ未完成で動きながらやれないから、今みたいに試合開始と同時に奇襲で使うしかできないんだがな」
勝負がついて礼をした後、二人はお互いに健闘を称えあい、試合内容を分析した。そこに、試合を見ていた同級生たちが集まってきた。
「剛田、残念だったな」
「あまり気にすんな。よくあることだから」
負けた剛田に対し、慰めともからかいともつかない調子で声をかけているのは剣道や空手、少林寺拳法といった格闘技系の部活に入っている者たちだった。
「いい経験になったと思って稽古に励むんだな」
「何回かやって奇襲的な技を食らわないようになれば勝ちは見えてくるぞ」
「もしかしてお前らも?」
「ああ。被害者の会ってところだ」
修が今回のように他流試合を行うのは中学からよくあった。昔は今のように体格に優れていたわけではなく、むしろ他の格闘技経験者に劣っていたほどだ。しかし、今回のように相手の虚を突くことで勝利を収めてきたのだ。
「みんな予想していたよ。普通の柔道の試合では見ない技でフィニッシュだってな。俺はてっきり地獄車か空気投げあたりかと思ってたが……地味な関節技だったな」
「地獄車は漫画の技だし、空気投げはほとんど伝説の技だから出てくるわけはないだろ」
「それがな、みんな変なマンガみたいな技でやられるんだよ。空手だと胴回し回転蹴りだったり、相撲だったら八艘とびとかの、ルール内だけど奇抜なのをやって来るんだよ。ちなみに俺は剣道で勝負したけど一本目は二刀流、二本目は八相の構えから燕返しみたいなのを食らって負けたよ」
その後、授業を終え、汗まみれの道着を脱いで制服に着替えた後、修達男子学生は勝負の内容を振り返りながら教室へ向かった。
「いつもは放課後に試合うことが多かったから今日は派手に目立ったな。今度女子の前でやったりしたら騒がれるんじゃないか?」
「何回も勝つのは難しいね。今まで他流試合で勝てたのは武道の中に共通点があったからそれを利用したのと本職の常識の隙をつけたからだからね。多分全国チャンピオンとかのにはまず勝てないだろうし」
「うちの学校なんかに全国チャンピオンとか来ないだろ」
「スポーツ推薦なんかうちの学校には無いからな」
「いや。確か今回入ってきた女子の中になぎなた日本一がいるらしいぞ」
「へー。でも女の子に勝っても仕方ないからな」
そんなことを話しながら修達は教室に帰ってきた。教室の中には、なぎなたの授業を終え先に帰ってきていた女子たちがおり、何やら集まってわいわい話していた。
「おーい。また、鬼越が他流試合で勝ちやがったぞ」
「あっそう。どうせ大した相手じゃないんでしょ?そんなことより聞いてよ。太刀花さんがなぎなた中学王者の
今日の時の人になるはずだった修の活躍は、千祝のより輝かしい勝利の前にかき消された。
修の勝利は忘れ去られ、新聞には千祝の勝利を載せる記事のほんの片隅に申し訳程度に添えられただけだった。
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