第3話「人助けの道路清掃」

 放課後、修は一人で家路についた。月曜日は部活は無く太刀花道場で少年の部の指導に当たる予定である。校門を出るとき一緒だった千祝ちいは買い物のため途中からスーパーに寄ってしまった。

 

 いつもなら食事は太刀花家の世話になっているから買い物を手伝うところだが、今日は徒歩なので先に帰ることになった。


 朝に盛大に負けてしまったので道場には顔を出しにくく感じていたが、太刀花家には色々と世話になっているのでサボる訳にはいかない。指導メニューを考えながら人通りの少ない通学路を一人歩いていた。


 家まで半ばというところで近くで、ドサッという何かがぶつかる音や話し声がするのに気付いた。何となく嫌な感じがしたので音のする方へ近づいていくと、修と同じ制服を着た少年が一人、他校の学生三人に囲まれているのを発見した。


「お巡りさん! こっちです!」


 修は大声であさっての方向に向かって手招きしながら叫んだ。同じ学校の生徒が暴漢に絡まれているのは明らかだったので一刻の猶予もないと判断したが、かといって道場で習得した技を喧嘩に軽々しく使うことは戒められている。


 とはいっても状況的に人助けであるし、チンピラ三人程度修の実力なら造作もないことなので、即実力行使に出て暴漢を蹴散らしても問題は無く師匠に怒られることはないだろう。ただ、その内買い物帰りの千祝が同じ道を通るはずなので、それまでに道路を清掃しておきたいところなのだ。


 しかし、修は暴力に訴えるのは最後の手段であるという、現代日本に生きる者としての良識から、ハッタリで退散させる手段を試したのだ。


「なんでぇ。誰もこねぇじゃねえか」


 しかし、助けは来ず、相手もひるまなかった。


 警察を恐れないほど肝が据わっているのか、状況が判断できないほどの馬鹿なのか、はたまた修の演技が大根過ぎたのかは定かではないが、チンピラ達は逃げ出さず、結果的に警察官がいないのもばれてしまった。


「くそっ。退散すりゃいいものを……おい、よくも俺のダチに手を出してくれたな。ぶっ飛ばされんうちに消えな!」


 気を取り直して自分の体格を活かして威圧して追い払おうとする。しかし、凄み慣れていないため、睨み付けてみてもどこかしら、にらめっこのような変な顔に近くなってしまい、日頃からメンチを切られるのに慣れている三人組には通用せず、逆に睨み返されてしまった。


 威圧してくる相手の三人も中々体格が良く喧嘩慣れしていそうな雰囲気をしている。同じ高校生のはずであるがひげ面で老けており威圧感のある風貌をしているため、普通なら一対三の状況では怯んでしまうだろう。しかし、修は普段から道場に通ってくるもっとヤバそうな人達と稽古しているため、特に呑まれたりはしなかった。


「何だテメェ。ちょっとでかいからって調子くれてんじゃねえぞコラ!」


 残念ながら威圧して退散させるという修の目論見は外れ、それどころか三人とも懐からナイフを取り出してきた。修の威圧は中途半端な効果しかなかったようだ。


 修が稽古している太刀花道場は剣術が主体とはいえ、様々な武器を取り入れて教えている。教えている技術の中には素手で武器を持った相手を制する技もあり、一対三で相手が武器を持っているとはいえ負ける気は無かった。


 とはいえ刃物を持った素人の、何をしてくるのか分からない恐ろしさも同時に教わっており、油断はしなかった。修は武器になりそうなものが無いか周囲を見回した。


 師匠の則武は「あらゆるものを武器にしろ。道場と違って普段の生活の場には武器になるものがそこらじゅうにある。木の枝が、石ころが、空き缶が、それらを活用することが勝利への最短経路である」と、


しかし、


(くそっ。先生の嘘つき)


 修は心の中で悪態をついた。周辺はよく掃き清められ、武器になりそうなものは何もなかった。本来なら地域の住民たちや行政に感心するところなのだろうが、この状況の助けにはならない。


 見回したついでに絡まれていた学生の方を見てみると、尻餅をついたままだった。どうやら腰が抜けて動けない様である。逃げるという選択肢も失われてしまったのを確認したところで、手加減抜きでぶちのめすことを修は決意した。


「おい。何キョロキョロしてやがんだ」


「キョドってんじゃねぇぞ」


「泣き入れるなら今のうちだぜ」


 三人が口々に囃し立ててくる。


「うるさいな。あまりしゃべると凄味が無くなるぜ」


 修は動じることなく静かに言い返すと、少し腰を落として相手の攻撃に備えた。


「うるせぇ。死ね!」


 一番近くにいた一人(修はAと呼称することにした)が叫びながら切りかかってきた。「死ね」とは言っているものの実際にはそんな度胸は無いのだろう。急所とはほど遠い手の甲側に攻撃してきた。おそらく出血による戦意喪失が狙いである。修はそれをとっさに学生鞄で受け止めると、空いていた右手でAの首筋に手刀を叩き込んだ。


「お前たちもこうなりたいか?」


 崩れ落ちる不良Aから油断なく身を離しながら、残りの不良達を睨みつけながら警告する。


「よくもやりやがったな!」


 不良たちにも仲間意識はあるのか、警告を無視して二人同時に襲いかかって来る。修はあわてずに襲い来る片方(不良B)に鞄を投げつける。そして鞄をぶつけられた不良Bが怯んだ隙に、ナイフで切りかかって来る不良(不良C)に向かって前進し、振り下ろされる刃が体に触れる直前に身を捻り、相手の後ろに回り込みながら後ろ襟と腕を取る。


 そしてそのまま、不良Cが立ち直る隙を与えず、後ろに引きずり倒しながら肘を極め、痛みのあまりナイフを取り落したのを見逃さずナイフを蹴り飛ばす。本来なら一瞬で肘を破壊する技なのだが、そこまでするのは気が引けた。


「思わず使ったけど。鞄も武器にできるんだな」


 修はそんな独り言を言いながら、先程まで武器という概念について固定観念を抱いていた自分の未熟さを反省して師匠に心の中で詫びた。


 自省している中にも敵に対する備えは怠らず、鞄を投げつけられた不良Bが立ち直り、ナイフを突き出しながら突っ込んでくるのを待ち構えた。ナイフを突き出してくる手を取り、その手首を返すと相手は空中を一回転しながら吹っ飛ばされる。相手が刃物を持っていることを考慮すると、派手に回転させるのは得策ではないが、つい勢いがつき過ぎてしまった。


「もう十分だろ? 実力の差が分かったはずだ」


 地面に倒れ伏す不良たちの前で仁王立ちになると、三人は気圧されたようだ。


「畜生。覚えてやがれ」


 使い古された捨て台詞を吐くと少し後ずさって距離をとると一目散に逃げて行った。


「やれやれ。追いかけたりはしないのに。ん? これは忘れ物か、危ないな」


 不良たちが逃げていくのを眺めていると、ナイフが置きっぱなしになっているのに気付いた。 


「もしもし。お伝えしたいことが……」


 携帯電話を取り出すと、道場の同門である警察官にナイフの場所と事件のあらましを伝えた。正当防衛とはいえ、事後処置を怠ると社会的にどうなるのか分かったものではない。


 電話が終わると倒れていた学生に近づいた。


「ありがとう。鬼越君。強いんだね」


「あ。そういう君は中条君か」


 戦いが終わって落ち着いてよく見てみると、襲われていた学生は同じクラスの中条だった。不良たちとの言い争いでは適当に言ったことだが、本当に友達だったのだ。中条は高校からの編入組なので中学から在学している修とはあまり親しくなく、下の名前は覚えていない。


「助かったよ。武器を持った奴を三人も同時に倒すなんて凄いや」


「小さいころから鍛えているからね。あの程度の奴ならあんなもんだ」


 修は中条を助け起こすと話しながら通学路を歩き始めた。中条は電車通学なので駅の近くまでは同じ経路だ。


「小さいころから鍛えているって言っても、あんな状況でよく平然としていられるね」


「隣が剣術道場なんで物心ついたころから稽古しているのと、後は中学のころから部活をやっているからね。平常心を養うにはよかったと思っているよ」


「部活か……僕が今からやっても強くなれるのかな?」


 どうやら中条は修の刃物を持った男三人をものとしない強さや、それだけの状況に陥っても平然としている精神力に関心を抱いたようだ。


「ん? 興味あるかい? ちょうど明日は活動日だから見学してみるといい。特に用意するものは何もないから」


「本当かい? じゃあ明日に連れてってももらうよ」


 部活に勧誘したあたりでちょうど駅前に着く。修は電車には乗らないので駅の入り口で別れた。


「まったくひどい詐欺師がいたものね。部活で強くなったですって?」


 とてもよく知った声に振り向くと自転車にスーパーで買ったらしい食材を満載した千祝が立っていた。


「何だつけてたのか。別に嘘ってわけじゃないぜ。戦いの技術はともかく、平常心は部活がメインだと思ってるのは本当だ」


「そうね完全な嘘じゃないわね。でも遠回りだし、直接的ではないわね」


「生兵法を身に着けるよりいいさ。何があっても動じないようになれば、助けを呼ぶなり逃げるなり活路が開けるもんだろ」


「それもそうね。それにしても、よかったわね、朝負けた分を取り戻せて」


「あまり言わんでくれよ。悪いイメージで固まらなかったのは確かに良かったけどな」


 勝負に負けると自分の戦いの動作に自信がなくなり、思うように戦えなくなることがある。これは稽古にも悪影響を与える恐れがあったが、先程の戦いでそんな心配はなくなり自信をもって稽古に臨めそうだった。

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