第4話「対決! 道場破り」
学校から帰った修は荷物を自室に置き、稽古着に着替えた。部活のない日は
指導に当たることができるというのは、通常の道場であれば師範代と呼ばれるところだが太刀花流にはそのような称号は無い。それどころか段位さえ無い。
これは、元来太刀花流は、江戸時代に旗本だった太刀花家の一族で代々受け継がれてきたものだからだ。道場を開いて流派を広めようという性質のものではないため段位等は存在せず、技の体系も整えられていなかった。技の継承は太刀花の家に生まれついた者が年長者と訓練する中で、何となく習得することで行われていた。それでも、一族の恵まれた体格と才能で代々抜きんでた実力を誇ってきた。
一族以外に教えるようなことは、太刀花流の技を伝え聞いて教えを乞いにやってきた武芸者に対して位で、それも一緒に稽古して勝手に技を盗んでくれと言う類のものであった。
その際、逆に相手の技も良い点は取り入れたりしていくうちにただの剣術の範疇では収まらなくなり、ますます教えるのには不向きとなった。
道場を開いて門下生を広く集めるようになったのは戦後のことで、当初は教える方法が確立していなかったため、一部の例外を除いて他流で相当に腕を磨いたものしか稽古についていくことは出来なかった。
現在のように、子供たちを集めて稽古できるようになったのは、則武の代になってからのことであり、教授方法は未だ研究段階にある。
道場の玄関で雪駄を脱ぎ、一礼して稽古場に入ると既に中で談笑している小学生主体の門下生を集め掃除を開始する。
「修兄ちゃん、今朝あんなに盛大にやられたのに稽古できんのかよ」
「うるさい。あんまりやられたとか言うんじゃない」
掃除をしていると、
「えー。何々? 決闘? 決闘? 誰と?」
「負けたって、どうやって?」
「切腹しないの?」
耳ざとい子供たちが聞きつけつて集まってきてしまった。太刀花道場では子供に試合をさせるようなことはしていないし、一時の技の優劣にはこだわらないよう教えているが、やはり「勝った負けた」、「強い弱い」には興味を持ってしまうようだ。これは、本能的なものなので如何ともしがたい。
質問攻めにしてくる子供たちをあしらい、掃除を再開させていると木製の
「よう。今日は遅かったな。それに師匠はいつもなら来るころだと思うんだが……」
「お父様は用事があるそうで、今日は薙刀の日だから私が指導するようにって」
「ふーん。夜の部はどうすんの?」
「夜の稽古までには戻るって」
太刀花道場の主、太刀花則武はこうして道場を空けることがある。武道関係者の会合だとか警察や大学の部活への指導だというが、それらは前から予定を入れているはずであり、稽古当日になって急に出かけてしまうのは修の長年の疑問である。
「みんなー。並んで。始めるわよ」
師匠の失踪癖について修が考えを巡らせていると千祝が稽古開始の声をかけた。
今日の指導員の千祝を先頭に並んで座り、神前に礼をする。
準備運動をし、薙刀の素振りをし、そろそろ型稽古に入ろうかというところで事件は起きた。
「たのもう」
道場破りである。
道場破りなど古臭く感じるかもしれないが、二十一世紀になった現在にも依然として存在している。
修も則武が道場破りを撃退するところを何度か目撃したことがあるし、自ら打ち破ったこともある。
後々撃退されたくせに「あの道場は大したことがない」などと言われるのを防ぐために見るも無残にやられていた。その場には警察官をしている弟子が居ることもあったが特に罪に問われる事は無かった。道場破りにも一応武道家としての誇りがあるので訴えることはないのだろう。
海外の話になるがブラジルの有名な柔術道場では道場破りとの試合の映像をDVDで販売していたりもする。あらぬ噂を立てられることを防ぐ、挑戦を企てている者への警告、金になる、と一石三鳥の効果がある。
なお、道場破りはやる側にメリットがあまりないため、他流派と交流したい時はもっと穏やかに稽古を申し込むことがほとんどである。ただ、今回の様な勢いで入って来る者はどう考えても穏やかではない。
素振りをしていた門下生たちの手が止まり、入り口に注目している中、道場破りの男は入ってきた。
入ってきたのは道着姿で手に木刀が入っていると思われる袋を持った、二十代前半位に見える男だった。身長は百七十センチ後半程度、体格は痩せているような印象も受けるが、袖口から少しだけ見える腕や首の筋肉から引き締まっているのだと修は判断した。不気味な気迫が漂っており、その身体的な印象とあわせて幽鬼のようだと修は思った。
「
と、道場破りの男、青山は威勢よく叫んだ。やたら時代がかった物言いをする男だと今朝の自分の言動を顧みず修は思った。
「お父様は道場を留守にしています。そういった要件ならまた後にしてください」
「ならば戻ってくるまでの間、お前たちに相手になってもらおうか」
千祝が丁寧に退去を勧めたのに対し青山は強引に言った。お前たちとはまさか子供たちは入っていないだろうから修と千祝のことだろう。
千祝が今戦うのを断ったのは勝負に自信がなかったからではない。真剣勝負を子供に見せるのを
則武が留守にしているときに代わりに指導を任せる者は、指導できるだけの実力を持っているかだけでなく確実に道場破りを撃退できるかで判断される。それだけの実力を持っている者を代わりにたてられない場合は休みになる。修と千祝が代わりに指導できるようになったのもこの春になってからだ。これは、過去に道場破りが襲撃してきた際、道場主である太刀花則武の言わば前座として二人が相対し、撃退してきたことが認められてのことだ。
(それにしても、こんなに子供たちがいるというのに決闘を止めようとしないとは、かなりの馬鹿だな。まあ馬鹿で修業が足りないから道場破りなんてするんだろうけど)
と、修は考えた。その道を究めた武道家は道場破りのような真似はしない。それに分別があれば他所の道場にやってきて実力を誇示するようなことはしないだろう。つまり道場破りをしている時点でその実力の上限は知れているということだ。
ただし、自らの力量を過信する位には強いはずであり、その実力の程を見極めなければならない。
「修。私が戦いますから審判をお願いね」
「えっ。今日の指導員は千祝なんだから順番は俺が先だろ?」
「朝の怪我で本調子じゃないでしょう」
「どっちでもいいから早くしないか。なんなら二人まとめてでもいいんだぞ」
戦う順番でもめる修と千祝に青山が自信過剰なセリフを吐いてくる。
(じゃあ二人がかりで再起不能にしてやろうか)
と、物騒なことを修は考えたが、武の世界では別に問題ないものの、それをやるのはあまりにも子供たちの教育によろしくないので実行は自粛した。考えは千祝も同じらしくここは一人で戦うようだ。子供たちを壁際まで下がらせ道場の中央付近に立つ。この時間の指導を師匠に任されたのは千祝なのだからこの場は千祝に委ねることを修は決意した。
「じゃあやりましょうか。ルールで何か希望はありますか?」
「これは死合いよ。最後まで立っていた者が勝者だ。それ以外の約束事など無用」
立ち会いのルールを尋ねる修に青山はそう言い放った。いまどきそこまでやろうとは珍しいことだし愚かなことだが、うっかりやりすぎても問題はなさそうだと修は思った。
承諾書を書かせ、千祝と青山を道場の中央に並ばせる。門下生の子供たちは見たことのない展開にどうしてよいか困っている。唯一夜の大人の稽古で道場破りとの立ち会いを見たことがある則真だけ落ち着いているように見えるが、やはり不安な表情は隠せていない。
「神前に、礼! お互いに、礼! 構えて!」
(これは……ちょっとヤバいか?)
青山は通常の木刀よりも短い小太刀サイズの木刀を片手上段に構えているがその構えの見事さに修は内心舌を巻く。実力は構えを見れば大体わかると言われているが、その説に従うならば青山の実力は相当なものと言わざるを得ない。恐らく修と千祝よりも腕が立つ。一対一の剣の勝負での勝ち目は薄そうだ。
これほどの実力を持っている者が何故道場破りなどをしているの理解に苦しんだ。
(並外れた馬鹿なのかもしれない。これほどの実力の持ち主なら卑怯でも二人がかりで倒すべきだったかもしれない)
修はそう思ったが、今さら引き返すことは出来ない。青山と相対する千祝がどう考えているかはその表情からは窺うことができない。ただ静かに薙刀を脇構えに構えている。
修と千祝の実力は拮抗しているため、千祝が負けた場合は修の勝利は難しい。せめて弱点を見つけなくてはと心に決めた。
「はじめっ! ……あ……」
修の合図とともに二人は様子見などせず同時に動き出す。
そしてあっという間に決着がついた。なにせ、修が「はじめ」の合図をした直後にあることに気が付いたがそれについてどう処置すべきか考える時間すらなかったのだ。
青山の踏込みは千祝よりも格段に速く、傍から見ていた修にさえその動きを捉えきる事が出来なかった。おそらく直接相対していた千祝の目には瞬間移動したように見えたことだろう。やはり実力そのものは青山の方が上のようだ。
しかし、
「えいっ! やあっ!」
バキィィィィッ!
グシャァァァァ!
バキィが迫りくる青山の足を千祝の薙刀が薙ぎ払った音で、グシャァが転倒した青山の頭を叩き潰した音だ。
ちなみに、「えいっ! やあっ!」と少しかわいらしく千祝の掛け声を表現しているが、実際のところは、「キェェェェェェィ!!! デュエリャァァァァァ!!!」あたりが正確であり、凡百の武芸者では体がすくんでしまうような代物である。しかし、メインヒロインとしての適切化を図る為、今後もフィルターをかけた表現をしていくこととする。
青山の実力はたしかに修や千祝の上を行っていた。しかし、修は開始の合図を言う時に気付いてしまった。二人の得物の差に。
「あーあ。やっちゃった」
「えっ。えっ。ああー!」
修に薙刀を指さされて千祝も初めて気が付く。武器に大きなハンディがあったのだ。青山の踏込みと打突の速さは確かに凄まじいものがあった。しかし、薙刀と小太刀の間にあるリーチの差を埋めるには不足だったのだ。
「いやー。あまりにもナチュラルに薙刀で相対してるから直前まで気付かなかったぞ。キルマーク1か。証言者は多いから正当防衛は認められるだろう」
「だって、この人が強引に話を進めるからそんなこと考えている余裕がなくて……ていうか殺してないわよ。最後は手加減したから」
千祝が勝利を収めたことにより緊張が解け、軽口をたたきながら修は青山の具合を確認する。足や頭の骨も折れてはおらず命に別状はないようだ。青山の踏込みがあまりにも速かったため接近され過ぎ、脛に当たったのは柄の部分であったため威力は弱まっていたのだ。しかも柄は最初の一撃で折れてしまったため更に威力は弱まっている。頭をとらえたのも、刃の最も切れ味のある物打ちの部位ではないので、本来なら一本をとれる打突ではない。とはいえKOしている以上千祝の勝ちとみなして問題ないだろう。
「しかし、よく勝てたもんだな。一瞬で間合いを詰められた時はやられると思ったぞ」
「それは私も思ったわ。気づいた時はもう薙刀の間合いじゃなかった。でも、そのまま刀の間合いに入られるくらいなら思いっきり打ってやろうと思った。その結果がこれね」
迷いなく自分の全開をぶつけたことが勝利につながった、というところだろうと修は千祝と話しながら考えた。
「先生すごーい」
「やっぱり太刀花流派は最強ですね」
そんなことを口々に言いながら集まってきた子供たち。もみくちゃにされる千祝を尻目に、修は則真と今後の処置について相談をする。
「さて、これをどう処理するべきか……」
「とりあえず救急車を呼んだらいいんじゃねーの」
「説明がめんどくさそうだな」
「じゃ、埋めちまおうか?家も、兄ちゃんとこも庭は結構広いから場所はあるだろ」
「そこまではなー」
「おやー? これはどうしたんですか?」
道場に新たに加わった声に修は顔を上げ、入ってきた人物を確認して安堵した。道場の入り口には門下生の玉川の姿があった。
玉川は近所の警察署の刑事で門下生の中でも実力は高い。それに刑事ということもあり、実戦経験も豊富で今回のような荒事もうまく対応してくれることだろう。
物腰は柔らかく面倒見もいいのだが欠点は職業柄か人相はヤクザと見紛うほど悪い。
「実は見た通り道場破りの処理に困っているところでして」
「ふーん。見たところ骨折はしてないようだから脳震盪の可能性があるか。救急車を呼ぶまでもなさそうだから私の車で連れて行こう」
「すみません。お手数かけます。師匠に言われて様子を見に来てくれたんでしょう?」
「いやいや。今日は下番ですから。じゃあ車までは手伝ってください。そっち持って、せーの」
修は玉川と協力して車に青山を乗せ、玉川が病院に連れて行くのを見送った。
修が道場に戻ると稽古が再開されていた。決闘の後だからか道場内の熱気はいつも以上だ。稽古に身が入っているようで立ち会いは生徒に良い影響をもたらしているようだ。しかし、この興奮にあてられて学校で喧嘩などをしないようよくよく注意喚起をする必要があると思いながら稽古を再開した。
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