第2話「日本史の時間」

「というわけで、このテロ事件の真相はいまだにわかっていないわけです」


 修は弁当を食べた後の睡魔と闘いながら日本史の授業を受けていた。


 修と千祝ちいの通う八幡やわた学園は中高一貫の進学校であり、日本史の科目は中学卒業までの段階で、高校の範囲も全て終わらせている。このため、高校一年の四月の今は教師の興味がある事項が教育内容となっていた。


 高校から入学してきた公立校組は進度が違うため、今は縄文・弥生の時代を別の教室で授業を受けている。三学期までに全時代を学び終える計画となっている。


 なのでこの時間は隣のクラスと合同で中学入学組と高校入学組を編成しており席は自由だ。修は高校一年生の中では体が大きく、前に座ると後ろの者の邪魔になるので最後尾に座っていた。


 中学入学組の修達が今受けている授業は高校入学組が追い付いてくるのを待つ、いわば時間稼ぎの授業であり、それを受ける生徒たちの授業に対する姿勢は様々である。早くも大学受験を見据えて内職に走る者、睡眠学習をしている主に体育会系の学生、興味津々の歴史マニア等がいる。


 修は武道を習得しているだけあって歴史に興味はあるが、それは主に中・近世のことであって、今、クラスの担任であり日本史担当でもある染谷先生が話している現代史、特に最近の出来事にはあまり熱心ではなかった。


 教える側も生徒たちの状況は分かっているため、聞きたい者だけ聞いていればいいという風である。


 今日の内容はコンピュータの2千年問題から始まり、三十分近くした今は五年前に起きた正体不明の武装集団によるテロ事件に移っていた。


 この事件の名称は最も被害の大きかった地域の名前をとって「香取市爆発事件」とか、最も被害を受けた治安組織の名前から「警察庁抜刀隊壊滅事件」とか、被害者の地位から「首相暗殺未遂事件」とか呼ばれているが、まだ時間がたっていないためか決まった名前は無い。


 事件内容は今もって不明な点が多く、事件を起こした組織や目的すら不明であり、当時頻発した事件のどこまでがこの事件に含まれるのかも分かっていない。


 ただ、事件の影響は凄まじく、壊滅したまま補充されることなく廃編した警察の特殊部隊である警察庁抜刀隊や、建築物も地域の森もすべてが吹き飛んで復興できなくなった多数の神社等、事件の爪痕は未だに日本の全国に残っている。


 あの頃は身の回りが何かとあわただしく、太刀花道場に通っていて顔見知りだった警察官が何人も殉職したので五年前の事故のせいで記憶がはっきりしないところがある修にもその印象は強く残っていた。


 興味のある話題になったので修の目はすっかり覚めていた。ふと隣を見ると千祝が真面目にノートをとっているのが見えた。


「なあ。何で警察庁抜刀隊は再編しないんだろうな? 結局事件は解決しなかったんだからテロに対処できる組織は多い方がいいと思うんだが」


「もう再編できるだけの実力者がいないんじゃないの?」


 小声で話しかける修に対し千祝は正面を向き黒板の方を見たまま答えた。


「たしかに最低でも国体出場レベルって聞いたことがあるな。でも、うちの道場には結構強い警察の人たちが来ているからそういう人達が中心になれば可能だとは思うがな」


「犯罪が凶悪化したから武装を強化する方向なんじゃないかしら。せっかく日本でも有数の剣術家を集めても銃器の進歩には勝てなくて、最近は半分儀仗隊みたいな存在だったって言うし。だから、これからの時代はSATみたいな特殊部隊とか、防衛隊を強化、とかの方向性なんじゃないの?」


「再結成されたら入隊したかったんだけどな。やっぱり男としてはさ、父親越えをしてみたいってな」


「修ちゃんのお父様を? たとえ入隊が出来たとしても無理じゃないかしら。日本中の武道の流派の第一人者が集まった中でも最強と言われるような人に勝てるとは思わないわ。格ってものを考えなさいな」


 かなり手厳しく返された。これは千祝は小さいころ修の父親に憧れていたためかもしれない。修の母親は修が生まれて間もなく亡くなってしまっていた。そのため、千祝は将来修の父親の嫁になると発言していた。もちろん周囲の大人はそんな少女の言うことは真に受けたりはしなかったが、本人としてはかなり真剣だったようで、食事や洗濯など日頃から世話を焼いてくれた。


 修としては、それに内心感謝しつつも同い年のくせに姉貴面を通り越して母親面してくるのに反発していた。しかし、父親が殉職してしまってからは収まっているし、修が大怪我により動けなくなってしまった時に献身的に看病してもらったため反発は無くなり、今では姉弟のように仲の良い幼馴染だと思っているし、命を懸けてでもその恩は返さなくてはならないと思っている。


「あとさー。テロ組織がいくら強いといってもさ、何で警察に大被害が出るんだ? 犯罪組織なんて数も装備も限られてるはずだろ? それにいざとなったら防衛隊を出したっていいはずだし、負けた……かどうかは知らないけどあんなにやられる理由が分からんぞ」


「そうねーなんでだろ?」


 二人が疑問に思うのは無理もなかった。五年前の事件は現在も全容はおろか片鱗も明らかになっておらず、二人のような高校生はもとより、事件を追う捜査機関や報道機関も正解など知らないのだ。


「というわけで、事件に対応する治安関係機関の足並みが揃わなかったのは、組織同士や政治の足の引っ張り合いという説もありますが、ちょっと陰謀論に近いものがあると先生は思いますね」


 ちょうど染谷先生の解説が、修の疑問に答える部分であった。染谷先生は否定しているが、もしこの解説の通りだったとしたら、その時死んだ警察官の子供としては腹の立つことである。


「あと、テロ組織の正体は妖怪、悪魔、とにかく怪物の類であったために対処しきれなかったという説もあります。都市伝説好きの人は聞いたことがあるかもしれませんが、まぁオカルトですね」


 修と千祝は顔を見合わせた。荒唐無稽であるが、警察の精鋭部隊が壊滅した理由にはなっている。荒唐無稽すぎるが。


 二人が心の中で否定したところで授業終了のチャイムが鳴った。

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