リゲル=シーライトとは一体何者だったのか
第34話
8023年、夏の前期グレン(小満)。
世界大戦時に失われた英雄の剣が、ふたたび発見されるという小さな事件があった。
本来ならばもう一つの大きな事件、マフィア一家による列車襲撃事件と、その後の憲兵団による一家の総逮捕の影に隠れてしまうような、ささいな事件であった。
だが、剣の発見者だと名乗りを上げて一躍有名になった元軍人が、じつは剣の発見者に成りすましていた偽物であった事が分かり、アーディナル全土が騒然となったのだった。
リゲル=シーライトとは一体何者だったのか。
英雄の剣を巡るこの一連の事件の裏には、一体何があったのか。
終戦後30年、世界規模で普及し始めたメディアの功罪を世に問う事件としても、人々の記憶に長く残る事件となったのである。
そういえば、本当の剣の発見者であったあの少年は、無事に連合軍まで剣を運ぶことに成功したらしいが、発見された当初ほどインパクトがなかったせいか、ニュースではあまり取り上げられなかった。
連日報道されるのは、剣をバーリャから持ち帰ったのも、報奨金を受け取ったのも実は少年だったという事実を認め、それ以外はすべて機密に触れる内容なので言えない、という軍の広報担当官の会見の様子と、それに不満の声をあげるミッドスフィア中央放送局。
そして、あの男は一体何者だったのか、アイズマール一家が起こした今回の事件と何か関係があるのか、と闇雲に推察してまわる特集番組ばかりであった。
少年が元気かどうか、今となっては俺には分からない。
だが、どこかで元気にやっていて欲しいものである。
事件からおよそ2ヶ月が過ぎ、秋の気配が高まる頃になって、もう一度バーリャへ剣を運びなおす使者が決定した。
連合軍は、今度こそ確実に剣を届ける意気込みらしい。
魔物を呼び寄せる恐ろしい魔剣の護送とあって、今回はアーディナル西軍と東軍が連携し、対策を万全にして剣の護衛にあたっていた。
さらに、使者は全員10代後半の、瑞々しい美少年ばかりが選ばれたそうだ。
女だと思えという俺の忠告が間違って伝わったのかと思ったが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。
サーナサウルから来た偉い科学者が検査機を使って、側に立たせて剣の魔力が一番落ち着く人物を選んだらこうなったらしい。
同じ理由で、剣をさまざまな角度から精査した結果、かわいらしい魔物のぬいぐるみを部屋中に飾って、剣はピンクのクッションに座らせて、美少年の使者に両側からうちわで扇がせ、オーケストラを聞かせながら優雅な護送をすると、一番魔力が安定するだろうと提言したそうだ。
連合軍はとんだエセ学者を呼んだものだと渋い顔をしただろうが、俺にはその科学者がどれほど偉大な人物であるかが凄くよくわかった。
ひょっとすると、この一連の事件における最大の嘘は、この剣が『本当は剣じゃない』ってことではなかろうか。
俺にはそんな気がする。
いずれにしろ、俺たちがどれだけ手を尽くしたって、剣が嫌がったら、また魚みたいに飛び跳ねてどこかに消えてしまうんだろうな。
* * *
歴史に名を残す珍事件の当事者となった俺は、あるとき気が向いてルイーズの見舞いに来てやった。
テン=ディルコンタル州のジオ区にある、軍病院だ。
「どこから侵入してきた、お前」
命の恩人に対して、なんて言い草だ。
その日のルイーズはいつにも増して冷淡だった。
ううむ、まだ事件のショックが抜け切っていないんだな。
ここは無理をしてでも、明るい雰囲気を演出してやらなければなるまい。
俺はドアの影から花束をつきだして、ぱっと姿を現した。
「ふふん、あるときは軍の極秘任務を受け持った秘密部隊の隊員|(MKBの見解)。そしてまたある時は、アーディナル全土を騙した前代未聞の天才詐欺師|(イーサファルト中央放送局の見解)。そしてまたある時は、盗賊どもの手からレディを救った正義のヒーロー|(個人的な見解)、リゲル=ハンサム=シーライトさまのご登場だ!」
ルイーズはからからと笑った。
「やめろ、傷口が開く」
だが、どうやら本心ではあまり笑いたいような気分ではないらしい。
それもそうだろう、その後、無事に連合軍へと帰還する事が出来たルイーズだったが、怪我の後遺症のせいで、ほとんど大佐としての職務を果たせなかったんだ。
列車を強襲したアイズマール一家は、その後泥まみれになって山中でさまよっているところをミッドスフィアの憲兵団によって保護、そのまま逮捕された。
連中が隠れ家にしていた山中の材木集積所からは、大量の武器や違法な魔法道具類が見つかり、それが決定的な証拠となって、一家の逮捕へとつながったのである。
全体的にみれば、アイズマール一家の総逮捕には成功した。
だが、その過程でルイーズの働きは散々なものだった。
カラ情報を掴まされて一度逮捕に失敗したり、多くの兵士を失ったり。
いずれも彼女のせいではなかったが、度重なる失態の責任を取らされて、ついに賢者の塔から大佐の地位を剥奪されたらしい。
今は1ランク下の中佐の身分になって、軍病院のベッドでおとなしくしていた。
落ち込んでいるのか、と思ったが、どうやらそうではないらしい。
彼女は自分の職務にさらなる闘志を燃やしていた。
この鉄の女が、これしきの事で挫ける訳がない。
彼女はこの逞しさで、30年かけて大佐の地位まで上り詰めたんだから。
「副将軍以外にも、軍部にはまだ数多くの腐敗が存在するはずだ」
ルイーズは拳を強く握り締めて、ベッドに押し付けていた。
連合軍の腐敗を一掃するのが彼女の野望だった。
「国民に対して真実を公表しないのも、まだ裏に何か隠しているせいに違いない。我々にも口外できないような、なにか大きな真実を……」
ルイーズはそう睨んでいたらしいが、たぶん、問題はもっとシンプルだ。
その明かせない真実というのは恐らく、副将軍が言っていたように、本当に世界大戦が再燃する兆しがあるという事だろう。
そんな中で、西部の宝剣を東部の軍人が横流ししようとしていたなど、下手をすれば連合軍の内部崩壊を引き起こしかねないスキャンダルなんて、公表できるはずがない。
それでも、東軍はちゃんと少年が剣の運び手であることを認めたし、意外な事に、西軍は俺が軍に出頭していっても、どうやら俺がついた嘘に関して、罪に問うつもりはないみたいだった。
今の連合軍の対応は、以前よりかはよほど柔軟になったと思う。
それが正しい傾向なのかどうかは、俺には分かりかねた。
「俺たちアーディオは完璧には作られていない。常に正しい道ばかりを選択する機械にはなれないのさ。
あのサテモも言ってなかったか。俺たちは耳が聞こえないから、綺麗な森の管理に飽きて、荒れた野に住むようになったんだってな」
「そんな事言ってたか……?」
見舞い品のリンゴを渡してやると、彼女は石をかむような顔をして思い切りかじりついた。
「あれ? そういえば、まだ名前も聞いてなかったな、あのサテモ」
「ミユンだそうだ。また東へ向かうと言っていた」
ふむ、ミッドスフィアから東といえば、めぼしい所は東岸のカムナトロフィカ港湾地帯か。
ブーレンス副将軍の故郷だな。
あるいは、そこから船で南に向かった先にある、英雄の故郷ミュッテ島か。
いや船に乗るならさらに南下して、砂漠の大陸まで行くという事もありうる。
俺はサテモの旅の目的を考えながら、苦労して病室に持ち込んだぶどう酒を開け、グラスに注いでやった。
「まあ、ただ綺麗なだけの森の中なんて、きっとつまらないと思うぜ。憲兵も賞金稼ぎも、どっちにも欠点があるから、世の中に両方必要なんじゃないか。ほら、今日は仲直りの記念だ、飲もう」
俺が善悪の判断を丸投げにする素敵なアイデアを提供すると、ルイーズは思いっきり不審そうな目で俺を見ていた。
何度促しても、差し出されたワイングラスを受け取ろうともしない。
「なんだよ、仲良くしよう」
「ふん、お前は平気で嘘をつくから嫌いだ」
彼女が唸るように言うので、俺は笑ってグラスをひっこめた。
身に覚えがありすぎて、反論のしようがない。
「いいや、俺は本気だよ。今日は俺の決意を伝えるためにここに来たんだ」
俺は窓の桟に寄りかかると、軽く右手を握って、彼女に言った。
「お前の怪我が治ったらさ、お前の夢に手を貸そうと思っているんだ。……お前が連合軍の腐敗を一掃するのなら、俺がこの街の掃除を手伝ってやるよ。昔みたいに俺とお前が力をあわせて、一緒にミッドスフィアの治安を護っていこう」
「………………」
「大佐の地位は惜しかったな。そのかわり、これからはずっと俺が側にいてやるよ。だから……もう昔みたいな関係には戻れないのかも知れないけど、たまにはこうやって、2人で酒でも飲み交わそうぜ?」
相変わらずルイーズの表情は冷たい。
微笑みながらじっと見つめ返していると、彼女は少しおおげさなため息をついた。
「また心にもない嘘を」
「なんでさ。今度は本気だぞ?」
俺が両手を広げて抗議すると、ルイーズは頭を振って、ぴしりと言った。
「あのな、どうしてお前の嘘がすぐにばれるか教えてやろうか?」
よし、来た。
俺はすかさず右手の拳を持ち上げて、彼女より先に言ってやった。
「『リゲル、あなた嘘をつくときも必ず右手を握る癖があるのね?』だろ」
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