ペテン師の流儀

第31話

 副将軍の銃から放たれるすさまじい魔力を感じて、俺の右手がうずきはじめた。

『早く撃て』とわめくその手を抑えながら、俺は間を持たせるための嘘をついていた。


「副将軍、俺が見聞きしたことは、何かの間違いだと言ってください。アーディナル東軍の副将軍ともあろう者が、アイズマールのようなマフィアに与するなんて! いったいどんな理由があってこのようなことを!」


 炎を背にした副将軍の顔には吸い込まれそうなほど暗い影が落ち、感情の動きも、呼吸も、一切読み取れなかった。

 目だけが生命を持っているかのようにギラギラと輝き、口を開くわずかな動作すら読み取ることはできなかった。

 ただ、漆黒のディスプレイに浮かび上がる緑色の文字のような無機的な声だけが、副将軍の意思を忠実に伝えた。


「与する? いったい何の事だね。彼の一族は中世の時代よりミッドスフィアの王族の影の仕事をこなしてきた海賊団。市民革命のときに我が一族を命がけで守り抜いた優秀な騎士達だよ」


 はっ、これは笑わせる。あのアイズマールが、騎士様だって?

 だが、これではっきりとした、ブーレンス副将軍だったんだ。

 アイズマールの背後にある後ろ盾って言うのは。


 そういえば、サテモが言っていたな、あいつらの背後にいるのは王族の末裔だとかなんとか。

 しかもアーディナル46勇士か。

 くそったれ、賞金稼ぎギルドなんかが迂闊に手を出せないわけだ。


「本当に、あんただったのか」


 同じ質問を繰り返しながら、俺の手は強く銃を握り締めていた。


「君は今の平和が帝国軍という外敵の脅威によって保たれている仮初の物だという事を理解しておらんようだな。君が除隊して遊びほうけている間にも、世界の情勢は刻一刻と変わっているのだよ」


 不意に、横合いから銃撃を受けた。

 俺は適当に2発そちらに撃って、すぐにコンテナの陰に隠れた。

 弾の残りは約200発程度、相手の人数はそれをはるかに上回っている。


 ここから逃げるしかない。

 銃倉を取り替えて、新しい弾を補給した。

 俺はコンテナの間を駆け巡り、行く手をふさぐアイズマールの部下達を次々と倒していった。

 もういくら賞金を手に入れたかなんてわからない。

 今までの苦労がうそだったみたいに、俺の獲得賞金は桁を飛ばして膨らんでいった。


 再び磁気嵐のような魔力を感じて、俺は慌てて振り返った。

 あまりに濃密な魔力で、向こう側の様子が隅々まではっきりと見えたほどだ。


 コンテナの向こうに副将軍の立ち姿が見えた。

 銃の先端が火を吹き、光線のような軌道を残しながら素早く視界を横切っていく。


 その直後、積み上げられたコンテナの山が爆発で一気に崩された。

 炸裂弾でもあんな火の玉は吐けない。

 まるで強力な魔法を放っているような破壊力だ。


 副将軍の声が、倉庫内に稲妻のようにとどろいた。


「見ているか、リゲル=シーライト! これがマクファーレン式三価魔法銃、通称MLPKだ! 通常の二価魔法銃の性能にくわえ、薬室チャンバーに装填された銀の弾におよそ3・65sppmの高濃度で魔力圧を加える事によって、弾に第一級魔法までの破壊力を付与することを可能とした我が東軍の新兵器だ!」


 副将軍は再び弾を装填した。

 鳥肌が立つような電子音と供に、銃の放つ魔力が急激に高まっていく。


「君はよもや帝国軍の恐ろしさを忘れたわけではあるまい。我々は終戦直後から、死に物狂いで奴等に抵抗しうる術を模索してきた。『現実世界リアル・ワールド』と唯一まともに渡り合うことのできたあの英雄はもうこの世界にはいないのだ! そして我々がミッドスフィアの魔石工学の粋を集結し、30年の歳月をかけてようやくたどり着いた答えがこのMLPKだ!」


 俺は壁に背をついて身を隠し、弾を補給する事に専念した。

 あと160発。

 銃にこもった熱で、指の皮がむけていた。

 ちくしょう、火傷なんか気にするな。

 この弾をこめられなければ死ぬんだぞ。


「混乱を避けるために軍関係者以外には伏せられている情報だが、君には特別に教えてやろう。

 停戦から30年間の長きにわたって動きを見せなかった帝国軍が、つい先日、アーディナルの海域で軍艦を走行させている現場が目撃されたのだ。これは間違いなく、世界大戦が再燃しようとしている兆候だ!

 ところがいざ戦争が始まろうとしているときに、肝心の武器の素材となる魔石は価格が急騰し、さらにミッドスフィアは国外労働者の流入によって慢性的な不況に陥っている!

 この重大な局面で平和ボケした賢者の塔は軍事予算を大幅に削減し、財政の建て直しと社会保障に莫大な予算を充てるとぬかすものだからな!

 ふざけるな、戦争はまだ終わってなどいない! 否、数多くの勇士の犠牲を生んだまま、この戦争をただの痛み分けなどで終わらせてはならないのだ!」


 ふざけるな、どんな理由があろうが、お前のしでかした事は立派な犯罪だ。

 相手の声に耳を貸さぬよう、冷たい壁に背中を張り付け、気持ちを静めながら弾倉に弾をひとつひとつこめていった。


「リゲル=シーライト君、実のところ、私は君に感謝しているのだよ。君が伝説の剣を我々の元に持ってきたことにね。

 我々の公算では、なんと剣の柄に埋め込まれた石ひとつで3000丁ものMLPKの開発予算が浮く! この剣1本で、最新兵器を装備した1個師団をそろえるには十分な売値になるのだよ!」


 弾を込める指がどうにも震えて仕方がなかった。

 ちくしょう、なんでこんなに震えるんだ?

 地面が揺れているのか、それとも俺が震えているのか?


 コンテナのすぐ向こうを敵がうろうろしている。

 相手の銃は魔力が限界まで高まっている。

 残されたこの壁もいつ吹き飛ばされるか分かったものではない。

 そりゃそうだ、この状況下で落ち着いて作業していられるはずがなかった。


「時代遅れの剣のために、むざむざ自分を犠牲にするなど、じつに英雄気取りのイーサファルト人らしいじゃないか!

 そういえばアイズマールに襲わせた憲兵団大佐は、君と親しい間柄の者だったそうだな。敵討ちでもするつもりだったのかね! これはますます泣けてくる!

 だが君に英雄になることは無理だろうな。しょせん賞金稼ぎに落ちぶれた元軍人ごときは、本物の英雄の足元にも及ばんのだよ! ついでに君に与える予定だった報奨金も、すべて軍事開発予算にまわすことにしよう!」


 俺は弾を込めるのを諦め、弾倉を銃に戻した。

 もういい、予定変更だ。

 残り7発であのジジイを仕留めてやる。


 勢いよく物陰から飛び出し、兵士達の群れの奥にいる老人に向かって発砲した。

 白髪の老人は射程範囲ぎりぎりのところで俺に背中を向けていた。


 この距離で外す俺ではなかったが、相手もさるものだ。

 彼はまるで踊るような足さばきで身をかわし、さらには銃声だけを頼りに俺の方にぴたりと銃口を向け、さらに空中に座るような不安定な姿勢から一発、精密射撃を放ってきた。


 目の前で何かが一瞬白く光った。

 恐らく老人の放った銃弾だと思われる。


 その光は凄まじい速度で膨らみ、床や、コンテナや、目に見えるものすべてに霰のような氷の塊をぶちまけた。

 俺は辛うじて目を護ったが、銃弾に右足を貫かれ、走っていた勢いのまま横に転び、凍てついた床の上を滑っていった。


 とつぜんすさまじい冷気を浴びて、指先に力が入らなくなった。

 2丁の銃は不覚にも俺の手を離れて、くるくると回りながら床の上を滑っていった。


 震えながら見渡すと、周囲は一面氷が張って、辺りは霜が降りたように白くなっている。

 どうやら魔法の種類も変更できるらしい、凍結魔法アレッチだ。


 全身が凍り付いて、しかもどんどん動きづらくなってきている。

 かじかんだ手で脚を押さえると、まるで氷のように冷たい。

 痛みはそれほど感じなかったが血が大量に出ていて、それが次第に凍りついて地面に張り付いてゆく。


 血が凍るとかどんな魔法だ、身動きひとつ取ることさえ困難だった。


 くそったれ、レベルが違いすぎる。

 薬室から弾を抜いて、魔法銃を兵士に手渡す副将軍の姿が見えた。


 鹿でも仕留めたように満足げな笑みを浮かべていた。

 どこかで観察していたのか、副将軍の騎士アイズマールが不快な笑い声を立て俺の様子を見に来ていた。


「ふひひひひ、お見事で!」


 なにか汚らしい言葉を喚いていたようだったが、耳が遠くなっていてなにも聞こえなかった。


「後始末をしておけ」


 副将軍はそういい残して去っていった。


 時代の壁の厚みを感じながら、俺は冷たい床に額を押し付けていた。


 確かに、こんな強い火器があれば、英雄なんかいなくても帝国とまともに戦えるのかもしれない。

 冷たい時代が再びやってこようとも、この世界を守り切ることだってできるのかもしれない。


 でも、忘れたのかよ。

 英雄がいた頃の俺たちは、もっと強かったじゃないか?


 帝国の占領下で武器を満足に調達できなかった時代も、それぞれの国がお互いに力をあわせてなんとか集めきったんじゃないか。

 金なんかなくても、お前たち連合軍には人の心を強く惹きつける力があったじゃないか。


 お前たちがこの30年で失った一番大切なものは、決してたったひとりの英雄なんかじゃないぞ。

 それはお前達自身の正義だ。

 情けなくて涙が出そうだった、とても俺に言えた義理はないじゃないか。


 できれば、副将軍の背中に向かって銃を構えるか、大声で罵ってやりたかったが、もうまともに喉を震わせることも出来なかった。


 腹にブーツの先端で蹴られる痛みを感じて、俺はバリバリと地面から引き剥がされた。

 仰向けに寝転がると、どうやら後始末を任された兵士が数名、真上から俺のことを覗いていて、そのうちの1人が俺に向かって銃を構えているらしかった。

 俺の負け犬の遠吠えは、ただ白い息になって消えただけだ。


 ああ、この世とも本気でお別れみたいだな。

 ずっと昔に誰かに言われた気がするが、やっぱり俺は碌な死に方をしないみたいだぜ。


 誰に言われたのかは、とうとう思い出せそうにない。

 まあいい。

 いずれにしろ、俺みたいな悪党に残された人生はそれほど長くはなかっただろうからな。

 とうとう観念して、俺は目を硬く閉じた。

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