第30話

 高所への潜入は、専用のフック銃を使うのが普通だったが、あいにく今はそんな便利なものは持ち合わせていない。

 銃に埋め込まれている合成魔石や、材木を縛っていたフックつきロープ、そしてそこら辺に転がっていた鉄パイプを利用する事にした。


 銃の魔石を土の中に浅く埋め、鉄パイプの先端でやさしく叩いて、磁力のような強い反発力が生まれるのを確認する。


 縄の先端に取り付けられたフックを、そっとその上に置いた。

 慎重に角度を見計らいながら、鉄パイプを振りかぶってがつんとフックを叩くと、魔石の力で爆発的な反発力が発生し、フックが地面から勢いよく跳ね上がった。

 同時に、一緒に飛んでゆきそうになる鉄パイプの動きを利用して、飛びちる土や砂利から顔を背けた。

 縄はびゅるびゅると矢のような勢いで空に登り、やがて無事に屋根にまで届き、遠くでカラカラと音を立てた。


 軍学校で習った事は今でも役に立っている。

 火の魔石は、運動エネルギーが熱量や圧力なんかに変換される際のエネルギー変換率を高める魔石の総称だ。

 これが薬室内で爆発なみの空気圧を生み出して、筒の先端から銃弾を飛ばすようにしたものが魔法銃だった。

 なかでも銃の合成魔石は取り出してメンテナンスがしやすいよう、金属がぶつかったときの衝撃だけ特異的に大きくする性質を持っている。

 こうやって分解すれば、様々な場面で活用する事ができるんだ、今の若者は知らんみたいだけどな。


 念のため、見張りがこちらに来ない事を確認しながらロープをひっぱっていると、どこかにひっかかった手ごたえがあった。

 俺はロープを伝って、そのまま絶壁をよじ登っていった。


 こうして敵地に単独潜入するようになったのは、今から10年くらい前だ。

 昔はこういう場所を警備する奴が、全員高性能の魔法道具を持っていたわけではなかったから、魔力が読めても単独で敵地に潜入するのは難しかった。

 まったく、もう少し早く俺の時代が来てくれたらよかったんだけどな。


 屋根まで登るとロープを手早く回収し、魔石を銃に戻した。

 中央の塔にいる見張りに見つからないよう、低い姿勢を保ちながら屋根の上を渡ってゆき、煙突のように出っ張っている通風孔まで難なくたどり着くことができた。

 蓋には錠前がかけられていたので、これも火の石をグリグリ押し付けて錠を焼き切り、ほの暗い穴の中に飛び込んだ。


 その瞬間、俺はまるで冷凍庫の中に閉じ込められたような錯覚を覚えた。

 薄暗い金属製の管の中を、猛吹雪のように息苦しい魔力が吹きぬけている。


 きっと連中の汚い手に触れられた剣が、俺に助けを求めているのにちがいない。

 その強い魔力を頼りに、俺は視界ゼロの管の中を四つんばいになって進んでいった。

 やれやれ、モテる男は大変だな。


 通風管の外壁はそれほど厚くはなかった。

 ちょっと気を抜くと、べこっと大きな音が立った。


 音を立てないように慎重に進んでいくと、壁の向こうから話し声が聞こえてくる。

 すこし先の床に取り付けられた格子からふわっとした光が扇状に広がっており、その隙間からちょうど真下の様子を覗き見る事が出来た。


 倉庫の中は大型のコンテナが何層にも重ねて敷き詰められていて、筋骨隆々の山賊どもの間に、豚を好んで食べそうな豚面のおっさんを見つけた。

 地面が遠すぎてよく見えないが、あの巨体からしてアイズマール本人だという事はすぐに分かった。


 アイズマールの傍らにいるオーガが、黄金色に光る例の剣が入ったケースを開いて誰かに見せていた。

 おいおい、あんな大事な物をあんな頭の悪い奴によく持たせるな。

 いや、違うな。

 頭が悪いから持たせたんだ。

 余計な事をされる心配がない。


 よく見ようと顔を近づけると、冷気の塊が直接格子の隙間から目に吹きつけてきた。

 俺は思わず顔をのけぞらせて、はずみでどこかに頭をぶつけた。


「見事な働きであった……」


 後頭部と目を押さえて悶えていた俺は、はっと我に返った。

 誰も見ていないからって、こんな情けない役をやっている場合じゃないだろ。

 今の俺は英雄の剣を救うことのできる、唯一の主人公じゃないか。


 目を薄くして再び向こうの様子を覗くと、アイズマールの下卑た笑い声が辺りにきんきんと反射した。


「うひひひひ。滅相もございません、俺たちは普段これで飯を食っているもんでしてねぇ。ぐっひゃっひゃ」


 相手を挑発しているのかと思ったが、どうやら本人にそのつもりは一切なさそうだ。

 あのアイズマールが、普段はぜったいにしない愛想笑いをしている。

 こいつは闇の世界でもよほどの大物だぞ。


 倉庫の中央に立っている黒い背広の男は、数名の軍人を脇に従えていた。

 どいつもこいつも東軍の鎧を着ているところを見ると、あいつが例の裏切り者に違いない。


 連中を指揮して、ルイーズの暗殺を企てた張本人だ。

 押さえていた怒りで、胃の中がかっと熱くなってくるのを感じた。


 その男は、脇にいる兵士に軽く目配せをし、兵士が持っていた革のケースを開かせた。

 アイズマールを含めた山賊どもが、少々色めき立った。


「へっへっへ……だ、旦那? どうしたんで?」


 ん?

 何か様子がおかしいぞ。


 革のケースの中に入っていたのは、胴体部分がやけに膨らんだショットガンだった。


 あれは何だ。

 魔法銃の一種には違いないが、見たことのない型だった。


 もっとよく見ようとして身を乗り出すと、通気管内にみしっという嫌な音が響いた。

 俺は息を潜め、身動きひとつしないよう神経を張り巡らせた。


 やばい。

 この通風管、思った以上につくりが弱いぞ。

 奥のほうに目を凝らすと、管全体が微妙にねじれているのが分かった。


 天井からぱらぱらと埃が舞い落ちて、通風管の薄い壁をぱらぱらと叩いている。

 その埃はさらに下に降りそそいで、アイズマールの部下達が、おやっという顔をしてどこか上のほうを見上げていた。


「へっへっへ、だ、旦那ぁ、な、何をご冗談を」


 アイズマールは額に汗をかいて両手を広げ、へらへらと笑っていた。

 だが、男は冷たい声音で言い張った。


「私は何事も自分の目で確認しないと満足できない性分でね」


 男は、そう言って振り返ると、ケースの中からその魔法銃を取り出した。

 振り返った瞬間、その男の顔がはっきりと見えた。


 さっと血の気が引いていくのを感じた。

 まさか、どうして彼がこんなところにいるのか。

 銃を手に取ったその男は、鬼の副将軍ミリー・デル・ブーレンスだった。

 彼は弾を装填すると、感情の一切こもっていない声で確認した。


「列車に乗っていた連中は一匹残らず殺しただろうな?」


 格子の向こうから吹き付ける空気が、一段と冷たくなった気がした。

 そこにいるのは、間違いなく往年の氷の目の狙撃手だった。

 恐ろしく冷ややかな目をしている。


 副将軍閣下は、憲兵達と一緒に列車に乗っていたはずじゃなかったのか。

 くそっ、しっかりしろリゲル。

 俺が見たのは出発する前に部屋に入った姿だけじゃないか。

 忘れ物をしたとでも言って降りれば、どうにでもなる。


 アイズマールの卑屈な笑い声が、通風管にこだました。


「ふ、ふっひゃひゃひゃ、いやいやいや……旦那も用心深い。さっきも言ったが、俺たちは蟻一匹逃さないように包囲してたさ。あれで生き延びられる奴が居たら、顔がみてみたいもんだね!」


 副将軍の顔には、俺の記憶にある、こぼれるような笑みなどまったく浮かんでいなかった。

 四角い顔はただ泥の壁のように無表情で、感情の起伏なんて一切感じ取れない。

 彼は、暗闇の底から響いてくるような声で言った。


「ならば、なぜネズミがここにいる?」


 アイズマールの顔が、蝋のように白く固まった。

 はっとして、すぐに俺のいる天井付近に厳しい目を向けた。


 まずい、気づかれている。

 俺はあまりの恐怖に気を失いそうになった。


 ブーレンス副将軍は素早く振り返ると、こちらが身構える前に発砲してきた。

 俺が格子戸から離れた瞬間に着弾し、格子の枠が火花を散らしながら跳ね上がり、途端に通風管の中が真っ白に染まった。


 俺は音を立てるのも構わず、通風管の中を急いで引き返していった。

 天井から身を焼く炎が巻き起こり、暗い管の中に瞬く間に広がっていった。


 背中から炎に飲み込まれる。

 俺は覆いかぶさってくる熱波に頭を抱え、叫び声を上げた。


 間一髪のところで音を立てて通風管の底が抜け落ちたため、俺は管の中から強制的に空中に放り出されていた。

 かなりの高さから落下して、しばらくの間鳥になったような気分を味わった。


 やがて俺は高く積み上げられたコンテナのひとつに背中から墜落した。

 かろうじて取った受身が、ほとんど意味を成さないような激しい衝撃が胸を突き抜けていった。


 悪辣な激痛に耐えるためにどうにかして体を丸めようとすると、今度はコンテナの縁から落ちて、打ちっぱなしのコンクリートの床に叩きつけられた。

 今度は受身を取る暇もなかった。

 くそったれ。


 俺は呻き声を上げて這いつくばり、みしみしと痛む背骨を押さえていた。

 やれやれ、年は取りたくないもんだ。


「いたぞ!」


 俺は銃を構えたアイズマールの部下数名に抱き起こされ、連中としたくもない対面を果たした。

 アイズマールが鬼のような形相を浮かべてこっちに近寄ってくる。

 俺は愛想笑いを浮かべて、連中に必死に取り入ろうと弁明した。


「いや、待てって、待て! あっははは、ちょっと待ってくれよ、アイズマールさーん。いやー、参ったなこれが笑っちゃうような話なんだよー! 俺はただ、ここでビジューの大会が開かれるって聞いてさあ! ほら、ちょうどここにカードを持ってきて――」


 俺はポケットに素早く手を突っ込み、単価魔法銃を引き抜いた。

 素早く身を屈め、左右に居る2人を撃ちぬいた。


「散れッ!」


 そいつがうめき声を上げながら倒れたとき、悪党どもと俺は四散し、コンテナの陰に飛び込んだ。

 その際、俺は反対側に飛び込もうとしていた3人の男を瞬時に撃ち取っていた。


 とつぜん木箱の影から姿を現し、こちらに狙いを定めた男。

 そしてベランダにいる狙撃手。

 コンテナの影から飛び出してきた4人。


 雑魚が俺を仕留めるのは難しいぜ。

 なにせ俺は異能力者だ、こっちは銃を持っている敵の位置がすべて分かる。


 俺の目と手はほとんど反射神経のように次から次へと標的を捉えて、銃はそいつらをことごとく撃ち落としていった。


 俺がここまで立ちまわれるのも、魔法銃が普及した時代だからこそだ。

 まったく、いい時代になったもんだぜ。


 あるとき、骨まで響くような凄まじい連射音が響いてきた。

 この連射音は、短機関銃STPKだ。


 アレルカンと同じ二価魔法銃だが、弾の製造速度を上げて1分間に250発の高速連射が利くようにしつらえてある。


 俺は物陰に向かって走った。

 その間に銃の魔力を感じる方向に3発ほど撃ち込んで反撃し、そのままコンテナの影に隠れた。

 俺の銃弾はSTPKに命中したようだ。

 相手は攻撃のリズムを崩し、俺と同じコンテナの陰に隠れた。


「テメェ、ただのしがない元軍人の賞金稼ぎじゃなかったのかよ!?」


「あれは嘘だ! 本当はA級かS級の賞金首しか仕留めた事のない、ギルドでも数々の伝説を打ち立ててきた、最強の賞金稼ぎでね!」


「ちくしょう、この……大ウソつきめッ!」


 敵が撃つ手をしばらく休めている間、俺は予備の弾倉に弾を込めつつ、壁越しに銃に組み込まれている魔石の位置を確認した。

 不意にSTPKが動き出した瞬間、その動きにあわせて地面の上を滑るように飛び出した。

 足元近くからそいつに3発、連続で撃ち込んだ。


 黒いバンダナをした機関銃男は、胸を押さえながらうめき声を上げ、地面に崩れ落ちた。

 よく見れば、そいつはアイズマールのビジュー仲間の一人だった。

 ああ、これで俺も賞金稼ぎギルドから追放されちまうな。


 そのとき、軽い頭痛を覚えて俺は跳ね起きた。

 俺の長い人生でも、頭痛を覚えるほど強い魔力を感じた経験は数えるほどしかない。

 魔力列車よりも遥かに強い魔力だ。

 右手がびりびりと痙攣するほど、コンテナの向こうで磁気嵐のような凄まじい魔力が吹き荒れていた。


 俺の目の前でそのコンテナが飛び跳ね、宙に浮かび上がった。

 どうやら爆発で吹き飛ばされたらしい。

 その下にワインレッドの炎がゆらゆらと燃え広がり、建物全体がゆすぶられた。

 俺は間一髪で飛びのき、激しく燃えながら落下してくるコンテナの下敷きになるのを免れた。


 炎の向こうから、銃を脇に構えた白髪の老人が歩いてくる。

 胸には燦然と輝く勲章をならべ、その目は見つめただけで相手をいすくませるほどの威圧感を備えていた。


「君には失望したよ、リゲル=シーライト君」


 さすがはアーディナル48勇士のひとり、伝説の生き証人の一言一言には恐るべき気迫がこもっていた。


 けれど、冗談じゃない。

 あんたに失望したのはこっちの方だぜ。

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