第27話
さっきの俺は大人げなさ過ぎたと、ちょっと反省する。
少年はもう観念したのか、いきなり飛び掛ってくるような事はしなかった。
顔をぐしゃぐしゃにして涙をぬぐいながらも、東部ではごく普通な名前と出身地を答えた。
どうやらミッドスフィアの平凡な町から来た、ごく平凡な少年らしい。
「そうか。ひとつ尋ねたいのだが、お前はどこでどうやってあの剣を手に入れたんだ」
少年は、赤くなった目を恨みがましそうに俺にむけたが、素直に答えた。
「俺はヒスパイトに雇われて、バーリャで剣を探す旅の手伝いをしていたんだよ。その旅で、ヒスパイトと一緒に剣を見つけたんだ」
可能性は考えていたが、少々驚いた。
こいつはあの唯一の生き残り、ヒスパイト=デル・エルニコフ准尉と旅をしていた、というのだ。
「もうすこし、詳しく聞かせてくれ」
少年は時々しゃっくりを交えながら、これまでの経緯を説明した。
今年の春ごろミッドスフィアで仕事を探している途中、平原で剣を探すための助手を探していた老人ヒスパイトと偶然出会ったのだそうだ。
老人が元准尉で、『軍から重大な任務を受けて剣を探していた』という事は、常しえの河であの剣を見つけた頃にはじめて聞かされ、分かったらしい。
少年の話を聞きながら、不思議に思った。
どうやらこいつは、本当にどこにでもいるような子供であるみたいだった。
危険極まりない旅に、どうして准尉はわざわざこんな子供を雇ったりしたのだろうか?
それに、『重大な任務』だって?
少年が嘘を言っているようには思えないが、准尉が嘘をついているとも思えない。
もしそれが軍の任務だったら、昔のつてを頼って信頼のおける部下ぐらいすぐに何人か集められたはずだ。
それに、准尉は軍ではずっと『行方不明』あつかいにされていたんじゃなかったのか。
軍の命令に従って剣を探しに出かけていたのなら、ただの『任務遂行中』になると思うのだが。
どうやら、情報が倒錯しているようだ。
軍の中で、なにかよからぬ事が起こっているのか?
そのとき、俺にはある可能性が思い当たった。
ああ、なるほど、そういう事だったのか。
「……だから、准尉は剣を隠してなんかいないし、死んでなんかもいない。毒に冒されて、集落から離れることが出来なくなってしまったんだ。だから代わりに、俺が剣を運ぶ役割を受け継いだんだよ……」
じろりと俺の方を睨む少年。
あとは、列車で俺が考えていた通りの展開が起こったのだろう。
やれやれ、参ったな。
仕方ない、これは俺のことを恨むのも当然か。
頭の中で状況をすべて整理できると、俺は深く息をついて、ぶんぶん頭を振った。
「まったく、お前は、本当になにも分かっていないガキだな!」
「………………!? えッ!?」
少年は、まさか自分の未熟さを糾弾されるとは思わなかったのだろう、目を丸くした。
俺は、はぁーと深くため息をつく。
彼の鼻の中心に真っ直ぐ指を突き出して言った。
「ヒスパイト准尉がどうしてお前を助手に選んだのか、少しは考えた事がないのか? わざわざ身分を隠して、お前みたいな素性も分からない子供を助手として雇わざるを得なかった理由を聞いたことがあるか?」
少年は、軽く口を開き、まるで不可解なものを見るような顔になった。
俺はいかめしい軍人の顔を貼り付けて腕を組み、極めて深刻な、内密な話を彼に打ち明けた。
「連合軍に裏切り者がいるんだよ。だから軍の関係者には相談できなかったんだ」
俺の出した結論は、辺りの暗闇にすうっと吸い込まれていった。
「おそらく、その裏切り者はアイズマール一家というマフィアと結託しているはずだ。連中は軍内部の情報を不自然なほど簡単に手に入れているからな。
剣の捜索状況に関する最新の情報しかり、さらにはお前が剣を持って大使館に駆け込んだという情報までいち早く掴んで、駅前に手下を張りこませていたんだ。
連合軍に内通者が居るのだとすれば、すべてつじつまが合う」
少年は、納得がいかない様子で言った。
「お、おかしいじゃないか。そんな奴らがいたんだったら、なんで俺から剣を奪わなかったんだよッ。俺は3日間も宿屋で寝てたけど、何も起こらなかったぞ!」
「当たり前だ、連中の真の目的は伝説の剣を手に入れる事じゃない。連中の目的は、軍の裏切り者の存在に気付いていたエルニコフ准尉を抹殺することだったんだ」
「え……ええッ!」
少年の目はさらに丸くなった。
うむ、いい反応だ。
そうだ、簡単なことじゃないか。
アイズマールは決して勝てない博打には出ない。
連中が手に入れた本当の情報というのは、准尉が『剣の隠し場所を知っているかもしれない』なんて不確かな情報じゃない。
准尉に『裏切り者の存在に気付かれた』という、彼らの利益に直結した、もっとも危惧すべき情報だったんだ。
「准尉が受けていた重大な任務というのは、お前の聞いたとおり表面的には剣を探すことだったはずだが……実際は、しばらくのあいだ軍部から身を隠すことだった。だから軍内部では行方不明扱いになっていた。
この任務を裏切り者本人が出したかどうかまでは知らないが、そうであってもおかしくはない。准尉がバーリャに姿を隠すと同時に、『准尉が剣を隠し持っている』という誤報がもたらされていたんだ。
准尉が誰に襲われてもおかしくない状況を生んでおいて、裏切り者の相棒のアイズマールが、その役割を担う手はずだった。
あいつはずっと前から違法な武器を集めていたが、どうやら最初から帰還するエルニコフ准尉を襲う目的だったんだ。
アイズマールは、その件で一度憲兵に逮捕されているが、憲兵が踏み込む直前に証拠を隠して、あっというまに釈放され、さらに部下にフェルスナーダの駅前を見張らせていた。
この動きの速さから考えても、間違いないだろう、軍に内通者がいて、アイズマールと繋がっている。
准尉はそいつを警戒して、軍の関係者には助手を頼めなかったんだ」
確認のためにルイーズの方を見ると、彼女は空を見上げたまま、わずかに頷いた。
やはりそうか。
彼女もずっと軍の関係者を疑っていたんだな。
味方も疑わなければならない、因果な商売だ。
「少年は知らないかも知れないな。さっき、俺が剣をミッドスフィア本部に運ぶ途中、列車が爆発系の魔法で吹き飛ばされたんだ。ただの列車強盗にしては派手な魔法を使いすぎている。
あの列車には金になる装飾も装備もあったが、ほとんど吹き飛ばされてしまった。彼女の丈夫な鎧さえあのように破壊されているありさまだ。俺様の華麗な救助で事なきを得たが、あれはすべての乗客を確実に殺すつもりの攻撃だった」
「本当に?」
少年がサテモに尋ねると、彼女は静かに頷いた。
まあ、どうせ俺の言葉は信用ないんだろうな。
「当初はエルニコフ准尉がバーリャから戻ってくるタイミングに合わせて、綿密に練られていた計画だったはずだ。
だが、計画を進めていくうちに、連中にはもう1人、厄介な敵があらわれた。平原に逃げ込んだ准尉とは別に、徐々に軍内部の裏切り者の存在に気づき始めた女、憲兵旅団大佐がいたんだ。
俺のほら話……いや、あえて准尉が殉職したかのように吹聴した『例の話』のお陰で、連中は准尉を狙う必要がなくなったものと思い込んだんだろう。
それで標的を憲兵団大佐に切り替えて、そのまま計画を実行に移すことにしたんだ。
その目論見はみごと外れて、2人ともまだ生きている。俺は危険をいち早く察知して窓から脱出したから助かったが、これがお前みたいな若造だったら、確実に生きてはいなかったはずだ」
どーん、と言いながら少年の額をつついてやった。
彼の顔はみるみる青ざめていった。
「そんな」
「この間のアイズマール逮捕劇も、たぶんわざと仕組んでいたんだろうな。准尉を襲う動機とは別に、憲兵旅団を襲う動機が必要になったから、内通者がわざとカラ情報を漏らして、憲兵にアイズマール一家を逮捕させていたんだ。
大佐はさらに内通者の存在に確証を得るだろうが、始末してしまえば問題なかった。あとで捜査が進んでも、アイズマール一家が軍を逆恨みした末に、軍事車両を襲う凶行に出たと見られるだろう。
内通者の存在には届かない、そして軍に内通者が生きている限り、アイズマール一家が逮捕されることは決してない。
そうなると、裏切り者もさすがに剣ごと吹き飛ばすようなバカな真似はしていないはずだ。汚れ役を買うアイズマールに、それ相応の見返りが必要だからな。理由をつけてあらかじめ手を回して、剣だけは爆破魔法から保護させていたはずだ」
自分で言いながら、アイズマールに対する怒りが再びこみ上げてきた。
あの汚らわしい禿オヤジめ。
金の為なら、平気でどんなことでもしやがるからな。
だが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
俺は息を整えて、話をつづけた。
「准尉は自分の命が狙われている事を知っていたんだ。お前に剣を渡す前に、何か忠告していなかったのか?」
少年は言葉に詰まり、うつむきがちになってぼそぼそと呟いた。
「剣の事は、何があっても他人には話すなって」
「ああ、やっぱり。何があっても他人には話すなって、言われてたんだろ?」
俺は諸手を打って、いかにもそれが重要なポイントであったかのように指摘した。
「大使館の連中なら話しても安全だ、なんて言ってたか?」
少年は、ぶるぶる、と首を振った。
当然だ、准尉も大使館の連中なら安全だ、なんて確証はなかっただろうからな。
だが、大使館に駆け込んだ少年の行動を非難することはできない。
いくら内部に裏切り者がいるからといっても、普通は大勢に護送されているほうが安全だと考えるはずだ。
まさか裏切り者が、マフィアを使ってこんな強硬手段に出るとは予期していなかっただろう。
旅をするときに、ひとつ心得ておかなければならないことがある。
とりあえず大使館に駆け込んだら安全だ、なんて考えたら大間違いだ。
そして、この俺を信用することも同じくらい危険だ。
俺は右手の拳で左の手の平を突き、歯噛みして、連中の暴挙を食い止められなかったことを悔やんだ。
「そう、それにいち早く気づいた俺は、連中の裏をかこうと、あの手この手を使って、この俺が剣を見つけた発見者だという話を世界中に広めていたんだ。伝説の剣の所在が世間一般に知れ渡り、注目を集めれば、あいつらも少しは暴挙に出る事をためらうはずだと考えていたんだが……だが、奴らは逆に、この俺を最も始末しなければならない敵だと認識してしまったらしい!」
さすがにそこまでの確信はなかったものの、そこは推測するしかないので言い放題だ。
少年は俺の話にすっかり夢中になっている様子だった。
「あ、あんた、自分が狙われる事になると知っていたのに……どうして……」
あ、そういえば、俺の動機までは考えていなかったな。
ふむ。
俺は小指で目頭を掻きながら、しばらく頭をひねっていた。
……まあ、考えても仕方ないか。
やがてふっと爽快な微笑みを浮かべ、少年の細い肩に手を置いてこう答えた。
「細かい事は気にするな、それが俺達兵士の役割だと思ったまでさ」
やった、俺様天才。
少年の表情からは、俺に対する疑いの眼差しはみるみる溶けていってしまった。
まるで命を救ってくれた救命隊員にあこがれる少女みたいに忽然としている。
なんだ、話してみると結構素直で可愛い奴じゃないか。
ふと、サテモの方を見ると、彼女は例のごとく細い目で俺の顔をじっと見詰めていた。
あまり感情を表に出さないせいか、石のように硬い表情に見える。
この森のすべてを見透かすその耳で、俺の動揺まで見透かされているような気がして、余計に緊張した。
「リゲルさん」
「は、はい」
喉が渇いて、声が生乾きになった。
サテモは同じ目の高さになるようひざまずくと、両手で俺の手をやさしく包んで、申し訳なさそうに耳を垂れた。
「申し訳ございませんでした、あなたの行動の影に、そのような深い考えがあったとは、思いもよらずに……」
勝った。
この瞬間、俺はとうとう森の精霊まで欺いた、歴史に名を残す大ペテン師となった。
さらにサテモは、俺を上目遣いに見上げながら言った。
「300年生きても、私はまだまだ未熟なのですね」
おお、神よ。
300年生きてもなお未熟なこのサテモを、俺の元に遣わしてくださった稀なるお導きに感謝いたします。
ルイーズは、先ほどから何も言わずに仰向けになり、手で顔を覆い隠していた。
だが、とうとう可笑しくて我慢できなくなったのか。
傷が痛むのを堪えながら、くつくつと笑いはじめたのだった。
「まったく……この、とんでもない大ウソつきめ」
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