第25話
旅行かばんを足元に落とし、よせばいいのに、俺は震える脚をおして、あわてて来た道を引き返していった。
峰に近づくにつれて森は焦土に近い様にかわってゆき、折れた木の燃え爆ぜる音がパチパチと地面を叩いていた。
峰を仰ぎ見ると、さっきまで俺が乗っていた列車が真っ二つに折れ、断面から火を吹きながら横たわっていた。
いったい何が起こったというのか。
この目で確認したところで、おおよそ何が起こったのか理解できるようなレベルのものではなかった。
だって信じられるか。
列車が横倒しになって、ついさっき自分の飛び出した窓から、勢いよく炎が噴き出しているんだぜ。
「大丈夫か! おい、誰かいるか!」
がたん、と大きな音を立てて崩れたのは、大きな屋根の残骸だった。
それも丁度さっきまで俺が夢に思い描いていた別荘ぐらいのでかさだった。
凄まじい力でねじ切れた浮力管は短い断末魔を上げて、宿っていた緑色の光をふっと消した。
おいおい、誰か生きているだろ?
ウソだろ、誰か生きてるよな。
生きているのなら、誰か何でもいい、声ぐらい出せよ。
なんで誰の声も聞こえないんだよ。
あいつまで死ぬはずないだろ、あの鉄みたいな女が、こんなところで死んでいいはずないだろ!
「ルイーズ!」
気がついたら俺はあいつの名前を呼んでいた。
俺は無謀にも坂道を登って、列車の残骸に近づいていった。
「ルイーズ! どこにいるんだッ! 返事をしろッ! お前が死んだら、いったい誰が俺のウソを暴くんだッ!」
近づくと、大地にこもった余熱で肌が焼けるように痛い。
列車は竹みたいにざっくりと割れて、中から様々なものが飛び出していた。ああ、ちくしょう。とても見るもんじゃない。
「声を出せ、ルイーズ! どこにいても俺が助けてやるッ! だから奇跡でもうめき声でもあえぎ声でもなんでもいい、声を出せ、ルイーズッ!」
そのとき、巻き起こる炎の音に混じって、周囲の森から何かけたたましい咆哮が聞こえてきた。
人間の咆哮だ。
いっしゅん魔物の群れかと思ったがそうじゃない。
助けを求める瀕死の兵士のうめき声でもない。
それは、まるで山賊か何かがやってくるような気配だった。
やばい。
この列車は狙われている。
「リゲル!」
絶望的な状況の中で、俺の耳はあいつの声をはっきりと聞き分けた。
そこには瓦礫ばかりが散らばっていて、あいつの派手な鎧は見えなかったが、とにかく声がしたほうを目指して走っていった。
どうやら廊下を歩いていて、爆発した時に、窓から遠くに吹き飛ばされたらしい。
屋根の残骸の下にいて、危うく見逃すところだった。
大佐は、分厚い装備で辛うじて助かったようだったが、その鎧もつぶれて大きく裂けている。
連中は一体どんな爆弾を使ったんだ。
「ルイーズ! 大丈夫か? 意識はしっかりしているか、まだ子供は産めるか、この俺のハンサムな顔が見えるか?」
俺が声をかけると、ルイーズは吼えるように返事をした。
「馬鹿者、これが大丈夫に見えるかッ。意識はしっかりしている、この年で子供を産めとか無茶を言うな、ハンサムな顔はどこにも見えない。目を開けただけ損した、くそっ!」
どさくさに紛れて、俺たちは言いたい事を言い合っていた。
ああちくしょう、俺は売れない映画の主人公かよ。
宿敵にこんな軽口を叩かれても、とにかくこいつを助けなきゃならないなんて。
俺は上からのしかかっている分厚い壁に背中をあてがって、歯を食いしばって思い切り押し上げた。
この無駄にでかい列車め。
ぎしぎしと音を立てながら黒い屋根が持ち上がると、ルイーズは地面との間にできた隙間から自力で草地まで転がり出た。
頃合を見て屋根を打ち下ろすと、彼女は草地に横たわったまま肩を強く抱き、下唇をかんで痛みを堪えていた。
「折れているのはどこだ」
「右足。腕は無事だ、肋骨はわからない」
「よし、任せろ」
俺は腰の道具袋から救急用の液体ポーションを取り出して、最もひどい怪我をしている脇腹にふりかけてやった。
傷口に触れた液体が、じゅっという音と供に蒸気に変わった。
ルイーズは硬く目を閉じて汗ばんだ腹部をぶるっと震わせ、悲鳴を出すのを堪えていた。
致命傷はどうにか塞がったが、このままじゃ治療は無理だ。
骨が折れた箇所は固定してからでないと、回復薬を使えない。
それよりも先ず、今はあの山賊どもの包囲から抜け出すことが先決だ。
「しっかりしろ、ここから逃げるぞ!」
俺はルイーズを背中に負ぶって、目の前の森に向かって右手をかざした。
咆哮は四方八方から響き、どちらに手を向けても異様に強い魔力が密集しているのを感じる。
この魔石の構成は、いずれも魔法銃だった。
しかもずいぶんと高性能なものばかり揃えてやがる。
ちくしょう、これは単なる列車強盗なんかじゃない。
一体何が狙いだ。
英雄の剣か。
それとも、はなから全員を殺す気で列車を襲ってきているのか。
そのとき、森の中に幽霊のようにぼうっと立っている人影をみつけた。
その幽霊みたいな女は唇にほっそりとした人差し指をあてがって、しーっと静かにするように指示した。
その指で森の奥を指差し、そのまま木の陰に姿を消した。
………………。
今のは、見間違えじゃないよな?
俺は目をこすった。
見間違えなんかじゃない、そうだ、今のはサテモだ!
俺はついている。
気まぐれな森の妖精が、二度も俺を助けに来てくれるなんて。
とにかく、俺はルイーズを背負ったまま無我夢中で彼女のあとを追った。
人を2人背負って走れ、といっても無理な話で、それが1・5人になってもきついのに変わりはない。
なんといっても鎧が重すぎる。
ようやく脚を動かしているといった状態だった。
ちくしょう、憲兵団大佐ってのは、どうしていつもこんな厳しい鎧なんか着ているんだろうか?
きっと問題を解決する方法は、最初は全部シンプルだったはずなんだ。
こいつが鎧を脱いで、赤いチェックのスカートをはいて、真っ白いブラウスを着て、そして胸元にリボンなんかつけて街中を歩いていたら。
そうしたら、それだけでこの暗い世の中が、ちょっとは明るくなるんじゃないか。
駆け出しの賞金稼ぎが、ちょっと怖い駆け出しの憲兵とたまたま出会ったときから、心の中でずっとそう思っていただけだったんだ。
思っているだけで、いつの間にかお互いにこんなおじさん、おばさんになっちまった。
ははは、いまごろ言っても、ぶっ飛ばされそうだ。
森の中はほとんど暗闇で、前を行くサテモの後ろ姿も見えなかったが、時おり俺を導く短いささやき声のようなものが聞こえた。
今はとにかく、森の妖精の力を信じるしかない。
歯を食いしばって、痺れる足と戦いながら歩き続けた。
一瞬、誰かのすぐ隣を通ったような気がした。
そのあとすぐ、周囲から話し声が聞こえたような気もしたが、それは気のせいなんかじゃなかった。
森の途中で振り返ると、武器やたいまつを手にした荒くれどもの背中が森の中にぼんやりと浮かんで見えて、俺はおもわず身震いした。
森の中を、何十人もの男が人を逃がさないよう列を組んで行進している。
俺が通ってきたと思われる隙間は、わずかに十歩あるかないかだった。
おいおい、あんな狭い隙間、普通の神経じゃ通り抜けようなんて考えないぞ。
ぼんやりしている余裕はなかった、森の奥でサテモが先を促したので、俺は慌てて後についていった。
いったいどこまで連れて行くつもりだろう。
強盗団の姿も、列車が燃える音もとっくに背後に消えさってしまった。
どこに行くのかは分からないが、今はとにかく、こいつを下ろして楽にしてやりたい。
「待ってくれ、助かった、ここまで来れば、もう大丈夫だろ?」
そのくらいなら俺にも分かる。
俺は道案内するサテモを引き止め、ようやく木々の密集していない平坦な場所までたどり着くと、背負っていたルイーズをゆっくりと下ろした。
俺がルイーズを介抱しているうちに、サテモはこくん、と頷くと、一言も言わずに森の奥にふっと姿を消してしまった。
「あ、ちょっと」
もう行ってしまったのか。
何度も助けてもらったのに、まだ礼一つ言っていなかったな。
まあいい、サテモはたぶん、アーディナルで一番せっかちな生き物なんだろう。
血を結構流したせいか、ルイーズはさすがに憔悴しきった様子で、ひどく弱々しい息をしていた。
こういうときは、体力を高める固形ポーションを食べさせる方がいい。
非常食の中にあったパッケージを破って、口に押し込んで食べさせ、装備を解いて包帯を巻いてやっていると、彼女は俺から目をそむけて、どこか悲しげな表情を浮かべていた。
「大丈夫か、ルイーズ」
「…………」
そう言えば、さっきの爆発で、列車に乗っていた大勢の憲兵達が命を落としたんだ。
こいつにとっては大事な部下や仲間達だったに違いない。
最後に包帯を切って応急処置を終えてから、俺は彼女に尋ねた。
「連中は相当キレてる、第五憲兵旅団が誰かに恨みを買うような事があったのか?」
すると、彼女は弱々しい声で返事をした。
「分かり切った事を聞くな」
そうだな、憲兵が悪党に逆恨みされるのは毎度の事じゃないか。
逆にどうして悪党の俺が彼女を助けたのか聞きたいだろう。
だが、何か腑に落ちなかった。
あの爆発系魔法だ。
強力すぎて、一発で列車が粉々になってしまったじゃないか。
あれでは中にある剣も無事では済まないだろう。
だとしたら、剣よりも乗客の命を狙った犯行だったということか。
それとも剣を破壊する事を目的としていたのか。
少なくとも、連中はただの列車強盗でないことだけは確実だ。
俺があれほど堂々と剣の事を全国的に宣伝していたのに、みすみすお宝を破壊するかもしれないような事件を起こすなんて。
やっぱり、何かおかしい。
本当に単なるテロなのか。
戦友の剣を取り戻したといって喜んでいた副将軍閣下の顔が浮かんだ。
けっきょく、副将軍閣下は助けられなかった。
ちくしょう、連中は地獄に落ちればいい。
「あ……ああぁぁぁ――――――ッ!」
誰かの甲高い叫び声が聞こえて、俺は顔を上げた。
次から次へと一体なんだ……と思って見てみると、いつの間にか、さっきの場所に白い髪をなびかせながらサテモが戻ってきていて、その隣には、革のケースを背負った見覚えのある少年を連れていた。
げっ……よりにもよって、あの若造とこんなところで出くわすなんて。
「お、お、お、お前ッ! お前、なんでこんな所にいるんだッ!」
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