たとえ嘘がバレようとも

第24話

「この矛盾を解消する答えは色々考えられる。ひょっとすると伝説の剣は我々が知らないだけで二本あったという説。

 その謎の男はバーリャの過酷さに頭をやられ、現実と妄想の区別がつかない狂人であったという説。

 けれど一番信憑性の高い解釈は、ケチな元軍人の賞金稼ぎリゲル=シーライトが、つまらない見栄を張るために、とんでもない大嘘をついたってところだと思うんだが、どうだ?」


 ちくしょう、くそったれ、こんなところであっさりとボロを出してたまるか。

 そうだ、こんな証言、単なる状況証拠に過ぎないじゃないか!

 俺の証言がウソだと断定することはできない。

 なぜなら俺が剣を届けたという唯一無二の真実だけは、決して覆ることはないんだ!


「それを判断するのは今、ここで俺がすることじゃない」


 俺は額に汗を流しながら、なんとか真顔を取り戻した。


「俺は、自分の経験した出来事を、そのまま伝えたまでだ。俺の行いが正しいかどうかを判断するのは連合軍だ。決して俺やお前じゃない」


 それを聞いた途端、ルイーズは嫌なものを見るようにはっきりと顔をゆがめた。


「副将軍から見返りに何を貰った?」


「なんだって?」


「お前のような奴が損得勘定なしに動くはずがない、副将軍から見返りに何を貰ったと聞いている!」


 いつも悪辣な事を言うやつだと思っていたが、こいつの口からそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかった。

 よりにもよって、副将軍とは。

 俺は怒りや驚きを通り越して、あきれ返った。


「いったい何を言ってるんだ、お前は! 俺はともかく、副将軍閣下の名誉まで傷つけるつもりか!」


 あの人の良い副将軍を、そこまで嫌う奴がいるなんてにわかに信じられなかった。

 だが、彼女の仕草や言葉には、明らかに激しい憎悪の念がこもっていた。


「大使館から剣の発見者が民間人で、年少の子供であったという連絡は、すぐに副将軍閣下の耳にまで届いていた! だが閣下はこの功績を民間人ではなく、元軍人のお前のものにしようとしてあえて無視している! リゲル=シーライト、お前と閣下の間にいったいどんな話し合いがあった!」


 胃の中に、すとんと錘が入ったような心地だった。

 おい、ルイーズ、そいつは違うぞ。

 あの子供みたいな爺さんは、単純に俺の詐欺に騙されてしまっただけだ。

 最初は俺の事を疑っていたけれど、俺を信頼してしまった、それだけだ。

 けれども、彼女の口からは、次々と軍部に対する批判が飛び出してきた。


「軍部は一体なにを企んでいる? このまま大使館の証言を無視し続けていれば、賢者の塔が黙ってはいないぞ!」


「それはあんたら現役の問題じゃないのか? え?」


 俺は、とうとう我慢できなくなって、吐き捨てた。


「そういえば確かあんた、つい最近アイズマール一家を逮捕したよな? 令状を持って堂々とパーティに踏み込んできたのがあんただって、はっきり覚えてるよ。だが、逮捕されたはずの連中が次の日には大手を振って表を歩いているっていうのは、一体どういうカラクリ法治国家だここは?」


 一瞬、ルイーズの目から火花が散ったように見えた。

 彼女は歯を食いしばって、いらだたしげに脚甲を床で鳴らした。


「それはこっちが聞きたいっ! アイズマールがつい最近大規模な魔法兵器の違法取引を行っていた事は明白だった。

 我々は完全に水面下で動いて、連中の逮捕にまでこぎつけたが、逮捕したときには証拠となる武器が完全に消えうせていた。結局、証拠不十分で我々の訴えが棄却されてしまったのだ」


「へぇ。そいつは驚いたな。不思議だね。どうしてだろうねー」


 俺がおどけた声で言うと、ルイーズは顔を赤くして、牙をむいて吼えるように言った。


「とぼけるな! 直前まで連中と一緒にいたお前が、何も知らないはずは無いだろう!」


 おっと、こいつは完全な濡れ衣だ。

 はぁー、と息をついた俺は、人差し指を立て彼女の言葉をさえぎり、目を細めて呆れたように言った。


「あのな、こういう可能性も考えられないか? 連中が元々あんたらに濡れ衣を着せられていたっていうことだ。

 つまり、最初っから武器なんてなかった、誤認逮捕だったってことさ。ちがうか?

 俺だってたまたま同じ酒場に居合わせただけで連中の仲間だと思われて逮捕されたぐらいだからな、十分にありうる話さ。

 特に憲兵団には、だれそれ構わず疑ってかかる、思い込みの激しい大佐殿がおいでみたいだからな」


 突然、ルイーズは頭の中のなにかが切れたように顔を短く揺らし、急に無表情になった。

 さすがに勢い余って腰のレイピアで切りかかってくるような真似はしなかったが、今の発言を上層部に訴えられれば、俺はただでは済まないだろう。


 だが、それはお互いさまだ。

 ルイーズもさっきの発言を訴えられれば失う物は大きい。

 対する俺に失う物は何もない。

 長い沈黙の後、彼女は振り絞るように低い声を放った。


「……本部に着いたら、この案件を法廷で訴える」


 俺は、ふっ、と微笑んで言ってやった。


「どうぞ? ご自由に」


 ルイーズは踵を返して去っていった。

 俺は顔に満面の笑みを浮かべて、客室を去って行く憲兵団大差の背中を見送っていた。

 彼女はドアから出てゆく際、痺れるような鋭い声で言った。


「覚悟しろ、リゲル=シーライト……いつかお前のウソを全て暴いてみせる」


 ドアがぴしゃっと閉じられ、彼女の姿が見えなくなった。

 その瞬間、俺は今まで堪えていた感情の全てを爆発させて跳びあがり、穴の開いた風船みたいに室内じゅうを駆け巡った。


 うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ! どどどどどどぉおおーしよう、どうしよう、どうしようーッ!


 窓を開けて大声でわめき散らしそうになった。

 とにかく新鮮な空気を吸い込んで、ぜーはーぜーはー呼吸した俺は、クローゼットを引っ掻き回して道具袋を取り出し、戸棚にあった救急セットからありったけの薬草や非常食をかきだした。


 やばいッ!

 もうだめだッ!

 もうおしまいだッ!

 あいつはやると言ったら、とことんまでやる鉄の女だ。

 本気でこの争いを法廷にまで持ち込むつもりだッ!


 ああ、神様、まさか生き残りが二人もいたなんてッ!

 そんな奇跡起こしてんじゃねぇよ!?


 法廷であいつに俺の作ったストーリーの矛盾点を全部指摘されて、さらに俺が過去に逮捕された経歴やら詐欺行為やらを暴露されたら、一体俺の証言に、どれほどの信憑性が残るっていうんだ!?


 対するあの若造には大使館という証言者までついてやがる。

 もう勝ち目がない。


 きっとあいつが剣を手に入れた経緯なんか、謎の3人目が出てくる俺の話よりもずっと筋が通ってまともに違いない。

 きっとまずいぞ、これはまずい!

 しかも俺は准尉の顔すらまだ知らないじゃないか!

 さっさと調べときゃよかった!


 ああ、あるべき時の、あるべき場所に、あるべき者をあるようにあらしめる絶対原理のエカ神よ!

 なんで、ミッドスフィアに、ルイーズみたいな女が存在するんだッ!

 一生恨むぞッ!


 俺は可能な限り物を詰め込んだかばんを背負うと、この世でルイーズという女に出会った不幸を呪いつつ、窓を開けて外に身を乗り出した。


 黒い列車はまぶしい陽射しを照り返し、アーディナル中部と東部を結ぶ山中を風のように走っていた。


 俺は熱い魔力を噴く先頭車両と、くるくると回転する浅黄色の浮力管を目で確認して、なだらかな丘陵に向かって飛び降りた。


 華麗に前転して受身を取ったあとは、片足をまっすぐ伸ばして姿勢を支え、もう片足でバランスを取りながら坂道をすべり降りていった。

 そのまま峰の下の森に至ると、前転して茂みに飛び込み、そのままじっと身を伏せて、列車が俺を置いて去っていくのを待っていた。


 あまりにも華麗な脱出をしたせいか、誰も俺が降りた事に気づかなかったらしい。

 列車はそのまま飛ぶように峰の上を走っていった。

 俺は茂みから立ち上がると、あとは後ろも見ずに、ただひたすら逃げる事に専念した。


 どこに逃げるかはまだ考えていなかった。

 いずれ憲兵の追跡隊がくるだろうから、山中をひたすら逃げ回って、それから海の見える場所に行こう。

 西地中海にでも行けば、きっと青い海と空が俺の荒んだ心を癒してくれるんじゃないかって思うんだ。


 ああそうだ、そこで小さな船でも見繕って、地中海ルートでアンドラハル半島まで亡命すればいいんじゃないか。

 密航か、ちくしょういよいよ俺の人生どん詰まりだな。


 けれど、密航まで手を出さなくとも、海辺で毎日魚を釣って暮らして、気が向いたら小さな別荘でも建てて。

 潮騒を聞きながらのんびり過ごしているうちに、この世界の厳しい暮らしも、空しい夢も、きっと都合よく忘れてしまうんじゃないかって思うんだ。


 英雄の剣の波乱万丈な運命は、俺みたいなちっぽけな賞金稼ぎが主役を演じるには、あまりにもスケールがでかすぎたんだ。

 そうだ、つまらない夢なんか見ずに、もっと慎ましやかに、ささやかに、健全に、前向きに生きるべきだったんだ。


 ああ、簡単な事じゃないか。

 どうしてもっと早くこうしなかったんだろう。

 どうして俺は嘘なんかついたりしたんだろう。


 そう考えながら走っているうちに、背後から山がひっくり返ったような凄まじい爆風が吹きつけてきて、なにか金属の固まりがぶちまけられるような音がした。

 山ごと崩壊しかねない地響きが起こり、草原がぶわっと波紋を広げていく。

 そのあまりの大きな音に俺は思わず立ち止まり、後ろを振り返った。


 北の空一面に、黒煙の幕が張っている。

 森の向こうで木々が轟々とざわめき、燃え移った火の粉を振り払おうともがいているようだった。


 燃えて――いる。


「そんな、まさか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る