第23話

 俺は、目には忌々しい敵兵をきっと睨みつける獰猛な鋭い眼光を宿しながら、顔の筋肉は虐げられた被害者の今にも泣き出しそうなお面をかぶるという、離れ業をやってのけた。


 おのれ、こいつ。


 ひょっとして、何か裏を掴んでいるのかもしれない。

 彼女の態度は、そういう内に秘められた自信を感じさせた。


 そう言えば、こいつと最後に出合ったのはアイズマールの所でビジューをしていて、連中と一緒に刑務所にしょっ引かれた時だったな。

 まさか、あいつら一家がなにか余計な事を喋ったんじゃ……。


「いくつか尋ねたいことがある」


 ルイーズは、人差し指を立てて言った。


「お前は平原でエルニコフ准尉に出会い、その准尉が鉄砲水の事故の後、大陸横断鉄道の北側に剣を隠していたと、彼の口から直接聞いたと言ったな。その真実に、嘘偽りはないか?」


 面倒くさい奴だ。

 フェルスナーダ新政府軍ぐらい適当な憲兵だったら、金をつかませて簡単にあしらえただろうが、こいつはそうも行かない。

 心の底から曲がった事を嫌う、本物の憲兵らしい鋭い声だ。


 こいつの所属するミッドスフィア憲兵旅団は、元が工業地帯の自警団で、家柄よりも『実力』や『任務への忠実さ』を重視して、一般市民から選出されていた。

 そんな中で大佐にまで選ばれた奴は、どいつもこいつもそういったステータスが半端じゃない。

 常に何がしかのオーラみたいなものを漂わせていた。


 だが、いったいどんな証拠をつかんでいるというんだ?

 俺が荒原で経験してきた出来事を知ることの出来た奴は、いなかったはずだ。


 サテモは例外だが。

 あいつらは何千年も俺たちの事に干渉してこないというスタンスを貫き通している。


 俺が唯一話をしたのは薬草売りの少女ぐらいだが、詳しい内容なんて俺もうろ覚えだ。

 そんな立ち話に信憑性はない。


 駅の税関で突然割り込みをしたって?

 はんっ、そんなものがいったい何の証拠になる?

 むしろそれで若造が俺に腹を立てて、ありもしない作り話をでっち上げようとしている、そう考えるのが自然じゃないのか。


 ……まさかとは思うが、エルニコフ准尉が実は生きていたとか言い出すんじゃないだろうな。

 悪い冗談だ、自分の身によほどのことでもない限り、あんな頼りがいのない若造にあんな大切な剣を託したりするか?

 事実、あっさり事故で剣を無くしてしまっているじゃないか。

 出来ることなら、准尉ももっと頼れる兵士に剣を託したかったに違いない。


 いや、もしかすると、若造は准尉からこっそり剣を盗んだだけだとか。

 いや馬鹿な。

 ありえない、盗んだ剣を盗まれたと主張するなんて、そんな間抜けな泥棒がいるか。


 あらゆる可能性を考えた末に、やはり、俺の話が嘘だという決定的な証拠を見つけることは不可能である、という結論に達した。

 俺は、相手の声色を真似て敬礼し、軍隊式の鋭い声で言った。


「私の言った事に嘘、偽りはございません。ただ、残念ながら暗くて顔がよく見えなかったもので、その男が使者の生き残りであったと自ら証言したこと、そして、彼自身が平原のどこかに剣を隠していたという、この2つの証言を言ったことしか分かりません。

 つまり、彼が准尉本人であっただろうというのは、この証言から私が推察したことであります。ひょっとすると、准尉の名を騙った別人であった可能性も、なきにしもあらずですが、今は暫定的に、准尉本人であったと判断するべきかと思い……」


「リゲル、お前はひとつ思い違いをしているぞ」


 俺は虚をつかれ、えっと思って目を剥いた。バカな、俺が一体何を思い違いしている?

 ルイーズはそんな俺の反応をしばらく観察していた。

 ついうっかりボロを出さないか、じっと見張っているみたいだった。


 ……ええい、ここで自然な演技が出来なければ、世界役者なんて失格だ!


「私が、一体何の思い違いをしていると思っておいでですか」


 俺は突然真顔になって、相手を大声で罵った。


「冗談じゃない! 私が国王陛下まで欺いたとでも言いたいのか!」


 さらにわざと怒りをぶちまけて、相手を牽制した。

 こんな修羅場は幾度となく潜ってきた俺だ。

 追い詰められると、もはや自分がそれを唯一無二の真実だと思い込んでいるのに等しい演技力を発揮した。

 だが、ルイーズは鉄のような冷たい声で、俺の言葉を冷たくさえぎった。


「確かに。バーリャ平原で鉄砲水と呼ばれる災害のあった25年前、平原を歩いている死者の生き残りの姿がバーリオの現地人によって目撃されていた。その証言が、つい最近フェルスナーダ新政府軍によってもたらされている。その使者はヒスパイト・デル・エルニコフ准尉であり、手にバーリャの剣を持っていたそうだ。

 東軍では、彼の手によって剣が思っていたより上流に、しかも意図的に隠されている可能性が高い、として、目下行方不明となっていた准尉の行方を追っているところだった」


 俺は、初めて聞くような話だな、という顔をして、ふんふんと頷いていた。

 それはアイズマールの所で聞いていた情報と、ほぼ同じだった。

 エルニコフ准尉が行方不明になっていた、という点は引っかかるが。

 それ以外、なにも目新しい情報はなかった。

 俺はしばらく内容を租借する振りをしてから言った。


「それが、なんだ」

「その情報が間違っていた。バーリオは我々アーディオの『顔』を見分けることが出来ないんだ」


 彼女は、言った。


「どうして偶然見かけただけの部族の証言から、その人物を准尉であると特定できたのか、それが我々には疑問だった。

 再調査のため、フェルスナーダの新政府軍からさらに詳しい証言内容を聞いてみると、その人物を使者の生き残りだろうと考えたのは、どうやら使者が着用していた純白のローブを着ていたという理由だけだったという事が判明した。

 現在私のところに入っている正確な証言によると、剣を持っていた人物は流された車両が発見された獅子岩の湖水付近で発見され、使者のものと同じ純白のローブを着ており、遠目でもわかる、燃えるような真っ赤な髪を持った女性だったということだ」


 俺は喉の奥が急速に乾いていくのを感じた。

 ルイーズはもう1本の指を立てた。


「使者の中には、それと同じ特徴を持った人物がたった1人だけいるのだが、それはエルニコフ准尉とはまったく別の使者だ。これについて、何か申し開きたい事はあるか?」


 あいた口がふさがらなかった。

 何てことだ。まさか、そんなことがあっていいのか。

 つまり、鉄砲水のときに生き残っていた使者が、准尉以外にもう1人いた、ということなのか?


「我々の見解はこうだ」


 ルイーズは、すでに逃げ腰になっている俺を逃さないよう、挑むように睨み付けた。


「鉄砲水に流される前に、近くの岩にたどり着いた准尉は、そのままミッドスフィアに戻り、唯一の生還者と呼ばれるようになった。

 だが、もうひとりの生き残りは剣を乗せた列車と供に800キロ下流まで流されたが、奇跡的に生きていたのだ。

 彼女は剣を列車から持ち出すことに成功し、再び鉄砲水によって流されないよう、平原のどこかに隠そうとした。

 そこを部族たちに目撃されたが、その後、軍に帰還することができず、荒野の途中で力尽きた。

 リゲル、お前の証言に出てくる『謎の男』は確か、自分ひとり岩山に登る事が出来て助かってしまい、そのとき手元に残された伝説の剣を自分の物にしたと、そう証言していたらしいな。お前の話が正しいとすると、伝説の剣は、2本もあったことになる」


 心の中の俺は、開きっ放しになった口から何度も繰り返し「この女め! この女め!」と罵り声を上げていた。


 ルイーズの視線は、バターナイフのように嘘で塗り固めた俺の面の皮に食い込み、動揺が少しずつ表情ににじみ出てきた。

 彼女はぐぐっとナイフを押し込めるように、落ち着いた声でゆっくりと言った。


「お前に剣を託した『謎の男』というのは、一体何者なんだろうな? リゲル=シーライト」

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