第22話

 夢の中で俺は法廷に立っていた。

 俺を訴えているのは革のケースを背負ったあの若造で、その隣には、俺を心底がっかりしたまなざしで見つめる故郷の仲間たちがいた。


 俺を訴える側の席にいたのはアルドスと、ミッドスフィア憲兵団。

 俺を弁護する側の席には副将軍とアイズマールがいたが、どちらも怒りに満ちた鬼のような形相で俺を睨んでいた。


 傍聴席には、俺が今回の嘘で騙した全ての人々がずらっと並んでいた。

 とても全員の姿を見分けることはできなかったが、たぶん世界中の人々なんだろう。


 投影結晶で裁判を見ている人もちらほらいて、上のほうの席がかすんで見えなかった。

 真正面の裁判長の席には、もう高すぎて顔も見えないけれど確かに国王陛下が座っていて、天から降り注ぐ雷のような声で、俺に刑罰を宣告した。

 その衝撃で俺は目を覚ました。


「うう……飲みすぎた……」


 二日酔いで頭が割れるように痛かった。

 できることなら、このまま眠っていたかったのだが、これ以上列車を待たせるわけには行かない。

 無理やり体を起こして、ホテルが手配した馬車で駅まで直行した。


 駅前に降り立つと、すでに待ち構えていた報道陣から、目の眩むようなフラッシュを浴びせられた。

 カチカチと明滅する光の魔石に、まるで催眠術にでもかけられたような心地だった。

 夢の中をふわふわと歩いているような感覚で、駅までの長い道のりを進んでいった。


 構内に俺たち以外の乗客はおらず、額に手をかざす東軍式の敬礼をした兵士が屋根の下を埋め尽くしている。


 アーディナル大陸の東西に横たわる大陸横断鉄道。

 太陽のような魔力を放つ軍事専用車両。

 俺の前を歩く、副将軍閣下の後姿。


 全てが非現実的な、粘土でできたもののように思えてならなかった。


 俺のすぐ隣にいる、甲冑を着た兵士が手に提げているケースの中で、たぷんたぷんと揺れている剣の魔力が、いやに冷たい現実味を帯びていた。


 副将軍閣下は、イーサファルトでこなしてきたという小用にいささかうんざりしている様子だった。

 列車に乗り込むと、長い廊下を進みながらミッドスフィアでの軽い打ち合わせをした。


「向こうに着いたら、先ずは連合軍本部があるテン=ディルコンタル州カンファン区で剣の譲渡式を執り行う。防衛相長官に剣を受け渡す役は君にやってもらおう。

 それから、賢者の塔の元老院とミッドスフィア魔石産業協会の理事長が君の功績を表彰したいということなので、多少の時間を設けてある。まったく、ゴマすりだけは上手な連中だよ。

 その後は東部の官邸パーティをたらいまわしだ。各界の著名人が君に予定をあわせたいと言ってきているので、出席の予定を聞きたいそうだが……なんだか気分が悪いみたいだから全部キャンセルでいいかね?」


「い、いえ、私は、そんな! 断られるような身分などでは、ありませんから」


 昨日まではあんなに強気だったのに、なぜか今日はとことん演技が乗ってくれなかった。

 それもこれも二日酔いのせいなのか。

 個室のドアの前に立つと、副将軍閣下はいつものニコニコした表情で振り返り、父親のように俺の襟を正してくれた。

 しばらく俺の顔を真正面から見つめ、両肩を力強く掴んで、彼は言った。


「遠慮することは無い。確かに、エルニコフ准尉の報告は残念だったが、君は誰にも成し遂げられない、価値ある仕事を成し遂げたのだ。君に出来る事は、君に剣を託したエルニコフ准尉のために、これからもずっと誠実なよき軍人であり続ける事だよ」


 それは、心の底から満ち足りたような笑顔だった。

 今までの苦難を乗り越えて、全ての結果に満足しているような。


「閣下」


 一瞬、なにか嘘以外の重い塊が口から出掛かって、俺は口つぐんだ。

 ……言ってどうなる。

 俺はそいつを飲み下し、気がつけば腹に重たい物がたまっていたのを感じながら、姿勢を正して、改めて閣下に言った。


「光栄であります、閣下!」


 閣下はうんと頷いて、後光を放ちながら、威厳たっぷりに部屋へと入っていった。


 * * *


 イーサファルトを出発した列車は、朝日に輝くクレタの美しい街並みをかすめながら教区フェルナディクを通過し、東部との境界にある山中を進んでいった。


 俺は、わが身の全てを預けるようにソファに座り、その座り心地のよさを唯一の心のより所として辛うじて生命を維持していた。


 果たして俺は、ここにいていい人間なのだろうか。

 ここの空気を吸っていていい人間なんだろうかと、心の中にまた同じ疑問がわいてきた。


 だが、二日酔いの頭でどう考えたところで結果は変わらない。

 考えたところで吐き気がするだけだ。

 それに、本当の事を言ったところで、今更どうなるわけでもないだろう。


 いまはとにかく、必至にこの嘘を守り通すべきだ。

 それに全力を傾けることに、一体なんのためらいがあるって言うんだ。


 いいかリゲル、これは千載一遇のチャンスだぞ。

 国王陛下にも謁見したし、これから著名人とも顔を合わせることになる。

 その後の俺の未来は約束されたも同然だ。


 自伝もかなり売れまくっているし、世界恐慌の時代も華麗に乗りこなしてみせる。

 この機会を逃せば、こんな夢のような話はもう二度と天から降ってはこないぞ。


 ふと、ノックする音が聞こえたので、俺はなにげない視線をそちらの方に向けた。

 部屋に入ってきたのは、甲冑を身に着けたミッドスフィアの上位兵だった。


「リゲル=シーライト殿」


 相手は、鉄仮面の中に声を響かせて言った。


「少し、話す時間が欲しいのだが、よろしいか」


 どうやら、女性だったらしい。

 俺は少々面食らって姿勢をなおし、何の気なくうなずいた。


「ああ、手短に頼む」


 彼女は、仮面を外しにかかった。

 顔をすっぽりと覆っていた仮面を脱ぐと、短めの金色の髪がこぼれ、汗ばんだ頬や額に無造作に張り付いていた。


 面長で、年は俺と同じくらい、40代か。

 落ち窪んだ両眼は、見つめるものの魂を掻っ攫っていきそうなほど鋭かった。


 その目で見つめられた瞬間、俺は不意に叱責されたような衝撃を覚え、ソファから飛びのくように立ち上がった。


 ……こいつは驚いた、ミッドスフィアの憲兵団大佐のお出ましだ。


「ルイーズ、お前か……!」


「口を慎め、この車両はミッドスフィアの所有物、車内はその領地だという事を忘れるな」


 ルイーズは、強い口調でさらりと言ってのけた。

 ちくしょう、相変わらず一言一句が癇に障る奴だ。

 出来れば金輪際俺の人生に関わらないで欲しい人物だったのだが。


 俺は目を細めて、嫌味を込めて、慇懃にルイーズに言った。


「憲兵団大佐の仕事熱心ぶりには頭が下がります。それで、今日は一体どういった用件でしょうか?」


「貴様に確認したいことがある」


 ルイーズの鳶色の瞳は、真っ直ぐ俺の目を捕らえていた。


「フェルスナーダのミッドスフィア大使館から、お前が剣を持ってきた人物に成りすましている偽者である可能性が高い、という連絡が憲兵団に届けられている。これについて、何か申し開きたい事はあるか」


「偽者? 偽者って、一体どこの誰に似せようとした偽者なんだ?」


 俺は思わず噴出し、おかしくて仕方がないといった風を装って、自慢の白い歯を見せて笑った。


「ああ、そうか、分かった分かった!」


 俺は手のひらをぽんと叩いて、突然思い当たったという顔をし、人差し指をぐいとルイーズの細い鼻梁に突き出した。


「ひょっとして、誰かが私の事を『自分が届けるはずだった剣を横取りした泥棒だ』だのなんだのとわめいているのではないですか?」


 図星に当てられたのか、ルイーズは少し顔をのけぞらせた。

 ふん、甘いな憲兵団大佐。

 想定可能なあらゆる事態に対して、俺は万全の備えをしている。

 世界を騙すという事が一体どういう事か、とくと見やがれ……!


「認めたくはありませんが、旅をしているとどうしても見えてくる真実がある。それは荒廃した世界における『人の心の醜さ』です」


 俺は、この胸が張り裂けそうなんだ、といった大げさなジェスチャーをして、肺の中の空気が全部流れ出るような長いため息をついた。


「多くの人民は、多少は横道に逸れることがあっても、いつも清く正しい心を持とうとし、節度や分をわきまえ、平穏な生活を送りたがっています。

 ですが、中には自己の利益のためにはその範疇を越え、平気で他人を貶めるような嘘をついてしまう者が少なからずいるのです。

 英雄の剣は、個人が所有権を奪い合えるような、そんなありふれた財宝と一緒にしていいものではありません。全人類の至宝なのです。ですが莫大な懸賞金のおかげで、あたかも個人の財産であるかのように思い違いをしている者が、世の中にははびこっている。

 誰が見つけた、誰が拾ってきた、といった些細な点で醜い争いをする事自体、まったく意味をなさないことなのです!」


 俺は、両手を広げて悲壮な表情で訴えかけた。

 ルイーズは黙って俺の戯言ざれごとを聞いていた。


「何十年もの間に、じつに多くの人々があの剣を捜索していました。ですからそうして失敗してきた人々の中にも、私の成功をねたむ者が少なからず現れるだろうというのは覚悟していました。

 ですが、そのような単なる風説の一片を持ってして、憲兵旅団大佐ともあろうお方にあらぬ嫌疑をかけられてしまうなど、真に、本当に、実に、極めて、至極遺憾なことです……!」


 俺は、胸のだいたいこの辺が痛むんだと主張するために胸の中心辺りを手のひらで撫で回し、心から落胆したように頭を振った。


 ……見ろ、ルイーズ!

 お前が大佐に昇格した一方で、いままで俺はこの詐称能力を駆使して、賞金稼ぎとしての不動の地位を築いたんだ……!


 だが、俺の迫真の演技にも、ルイーズはまったく動じなかった。

 腕を組んで、平然と言ってのけた。


「私には彼らの言い分よりも、お前の言い分の方が怪しく思えるのだが?」

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