バーリャの女神だけが知っていた真実

第21話

 教区フェルナディクの大聖堂で演説を終えた俺は、すぐ近所にある英雄街道に戻って、例の三叉路の酒場で3人の親友達と飲み交わしていた。


 翌朝にはまた列車に乗って、ミッドスフィアの連合軍本部まで剣を届けなくてはならない。

 本当は今夜の内に発つ予定だったのだが、せめて王国を出る前に仲間たちに顔を合わせておきたいと無理を言って、出発の時間を翌朝まで延長してもらったのである。


 剣は二度と無くしてしまわないよう軍が厳重に保管しているので、さすがに持ち出す事はできなかった。

 なので、連中に見せられたのは、紙切れに暖炉の炭で描いた簡単な絵だけだった。


 V字にぴんとのびた鍔や長い柄、7つの金剛石の配置など、出来る限り正確に書きあらわしてやった。

 仲間達は絵の出来栄えにうーんと唸って、暗号を読み解くように俺が描いた剣を眺めていた。


「変わった形だな……」


 俺が見たのは一瞬だけだったが、たぶん本物そっくりに描けたはずだ。

 武器マニアのアレクセンは、敵に向かって伸びたV字形の鍔をなぞりながら言った。


「こりゃあ、中世アンドラハルで主流だった『カッジオ』っていう小剣だな」


「『小剣』? めちゃくちゃデカかったけど?」


「たぶん、バーリオ用にしつらえてあるからサイズが大きいんだ、間違いない。この鍔の形を見ろよ……」


 アレクセンは、自信を持ってそう言った。

 スメルジャンは俺が剣の話をしてから、色々と黄金の剣にまつわる話を調べていたらしい、声を潜めて言った。


「大丈夫かよ。聞いた話じゃ、いわくつきの呪われた剣だそうじゃないか?」


 不吉な話題に、仲間たちはいっせいに眉をひそめた。


「バーリャから剣を持ち帰った英雄は、突然やってきた謎の黒竜と戦って石になっただろ。それに、剣を運んでいた使者達は、平原の鉄砲水で行方不明になった。

 持ち主が次々と不幸な目に遭うって聞いたぞ。もともと連合軍が剣をバーリャに返還する事にしたのは、管理者が次々と不幸な死を遂げて、管理したがる奴が誰もいなくなったからじゃないかって話だ」


 東部で何度もその手の話を聞いた覚えのある俺は、真っ向から否定した。


「ああ、そりゃ、根拠のない作り話だよ」


「作り話?」


 確か、鉄砲水の事件が起こって10年が経ち、バーリャの剣の捜索が迷宮入り確実になってから突然現れた都市伝説だった。


 剣をバーリャに返還することにしたのは、はっきりとした理由がある。

 終戦後まもなくバーリオ達がどんどんミッドスフィアに移住してきて、一時期大混乱になった事がきっかけだった。

 バーリオたちを総べる王の剣がミッドスフィアにあるのだから、そりゃ獣人たちもこっちに来たがるのは仕方ないといえばそうかもしれない。

 連合軍としては、常しえの河の王の権威を取り戻して、彼らをバーリャに引き止めてもらいたかったのだ。

 その方策の一環として、英雄の剣を王に返還しようという話が持ち上がった。

 死者が出たという話は、実際に起こった2つの事件になぞらえて、後から作られたんだろう。


「いや、いやいやいや! あながち作り話でもないかも知れんぞ、それは!」


 アレクセンは、図柄を舐めるように観察しながら、声を潜めて言った。


「この異様な鍔の形状を見ろ。剣と鍔があわさって、丁度、鳥の足のような形になっているだろう。

 これはアンドラハル・ピアジという魔法文字で、鷲の頭を持つ冥府の船渡し『ゼテン』の頭文字『ジオ』をあらわしているんだ。

 この魔法文字には、洗い流すというか、そぎ落とすというか。とにかく、相手に死を与える死神の武器であるという、呪術的な意味合いが込められているんだそうだ」


 俺は軽くむせ返った。


「そんな意味があったのか?」


 いくら魔物じみているとはいえ、バーリオの王が死神の剣を持っているなんて話は聞いた事がない。

 それに、ザクセン地方では水の精霊の剣だと言われている。

 そう指摘すると、アレクセンははっきりと頷いた。


「同じなんだよ。バーリオが信仰する水の精霊は、同時に死をも司る。雨季に大洪水を巻き起こして大地を洗い清めたり、ワニの姿になって現れて、死者の魂を冥界まで運んだりする、いわゆる死神だと考えられているんだ。

 実際、この剣には水属性の魔法剣が持つ究極スキル『防御力無効アーマー・ブレイク』が組み込まれていたという話だ。いったいどんな副作用をもたらすかわからない」


 アレクセンは武器のことだけでなく、いろいろな方面の知識を蓄えていた。

 なるほど確かに、あの乾いた大地では、水が人の生死を司るくらいの存在であってもおかしくはない気がする。


 その小剣が使われていたという中世アンドラハルの話は、俺もよく知っている。

 イーサファルトの南部にある、西地中海に突き出した大きな半島で、魔石の巨大産地。

 かつてはドラゴンが噴き出す黒い瘴気に覆われ、『大黒斑ダーク・サイド』と呼ばれていた魔境だった。

 というか、つい先日まで俺が亡命しようとしていた土地がそこだ。


 中世の終わりごろ、イーサファルトの英雄によって魔王が討ち滅ぼされると、多くの魔族がアンドラハルから亡命し、西方のバーリャ平原に移り住んだという。

 その魔族の生き残りが、今日のイリオーノの文明を築いたのだという俗説めいたものが、イーサファルトでは今でもまことしやかに語り継がれていた。


 ちなみに、ザクセンでは石器時代の壁画なんかにもイリオーノの神殿が描かれているので、本当は魔王が滅びるよりずっと前からバーリャには文明があったらしいのだが。


「つまり、魔王領から逃げ出した中世アンドラハルの魔族が、この剣の製法をバーリャに持ちこんで、その技術を応用して作られた剣かもしれない、ということか」


 スメルジャンが珍しく頭を働かせて言うと、アレクセンは首をひねった。


「いいや、それは分からないぞ。なにせ絶対に錆びない剣だからな、どれほど古いかという確証がない。

 ひょっとしたらこれは、俺たちが思っているよりも、もっと古い時代に作られたもので、もともと魔王の城にあったものを難民が持ち出した、という可能性も否定できない」


「つまり」


 スメルジャンは先を促した。


「これは、もともと、魔王の所有していた財宝のひとつだったかもしれない」


 アレクセンは声を低くしてそう言い、俺達の背筋をぞくっとさせた。


 俺は軽く口笛を吹いた。

 かつては魔王の所有していた、いわくつきの、死神の剣。

 賞金稼ぎの血が騒いでくるのは俺だけみたいだな、みんな青ざめた顔をしているぜ。

 アレクセンは紙をランプの光に掲げ、興奮気味にわめいていた。


「もしもこれが魔王の所有物だったとしたら……! この剣の考古学的価値は計り知れないぞ。この剣はまさに、アンドラハルの失われた歴史の生き証人なんだ。これはアルペンデ歴史博物学の、いや、全アーディナルの、いや、まてよ……!」


 とにかくもう、すごい剣であったという事は、彼のその熱の入りようから推し量ることができた。

 連合軍がかけた賞金の額が何桁も違うのは、それほど重大な剣を失ってしまったことへの埋め合わせの意味もあったに違いない。

 改めて、自分がとんでもない物の発見者に成りすましているのだと知って、そのスケールのでかさにしばらく圧倒されていた。


 ふと、向かいの席に座っているアルドスが腕を組み、じっと俺の方を睨んでいるのに気づいた。


 気のせいかと思って顔をそらそうとしても、やっぱりじっと俺を見ているらしい。

 俺は新手の冗談かと思って、笑って突っ込んでやった。


「なんだよ」


 アルドスは腹にずしんと響くような低い声で言った。


「おまえ、本当はどうやってあの剣を手に入れたんだ?」


 どすん。

 胸のど真ん中に不意打ちを食らったように感じた。

 とつぜん息がつまり、手先が痺れて動けなくなってしまった。

 スメルジャンが、ぽかんとした表情を俺に向けた。

 俺は持ち前の演技力で、すぐにへらへらと笑ってごまかした。


「ああ? なんだよお前。記者会見のニュース観てなかったのか?」


「ああ、しっかり観ていたさ。朝からお前の顔を見るのは気がめいったが、あれだけ毎日やってりゃあ、さすがにな」


 アルドスの声に、怒りがにじんでいた。

 やばい、なぜかは分からないが、こいつは本気で怒っている。


「だが、俺はお前がまた取り返しのつかない大嘘をついてしまったんじゃないかと思っている。本当はどうなんだ、リゲル」


 ふいに、全身に電気が走ったような気がした。

 それと同時に、俺の両耳に何か大きな音の塊がぶつかってきた感触があった。


 左右を見ると、スメルジャンとアレクセンが顔をくしゃくしゃにして、同時に腹を抱えて、大声で笑っていたらしかった。


「うひひひひひひひひ! は、腹いてぇ!」


「ひーっ! ひーっ! やめろ、勘弁してくれ!」


 スメルジャンは、笑い死にそうになりながら言った。


「アルドス、お前って奴はァ……! ますますお笑いに磨きがかかってきたな……!」


 この、このぉ。

 彼はアルドスの太い二の腕を小突いて、じゃれていた。


 俺は、まだ全身の痺れが抜けていなかった。

 だが、辛うじて口の端を釣り上げて笑うだけのことはできた。


「…………まあな」


 幼馴染のアルドスは、それ以上何も俺に言うことはなかった。

 彼は深刻な表情のままテーブルに目を伏せ、静かにコーヒーをすすっていた。


 なぜだ。

 なぜバレた。

 こいつは一体どうして俺の嘘を見破ることができた。


 思えば、こいつは昔からずっと俺の嘘を見破っていたような気がする。

 この俺が何度挑んでも、結局ビジューでは一勝もすることはできなかったし。

 右手を隠しながら挑んだこの間も、結果は全く変わらなかった。

 こいつには、なにか俺の嘘を見破る特異な能力でも備わっているとしか思えない。


 俺の活躍をちゃんと見ただろう。

 実際に連合軍が俺の名誉をほめたたえているんだぞ。


 国王に謁見して、記者会見まで開いて、再現VTRやドキュメンタリー番組まで作って。

 もはや、俺の自伝は聖書の次にランクインするベストセラーになった、周知の事実だ。

 万民が信じているるこの俺の嘘を、どうしてたった1人、こいつだけが見破ることができるって言うんだ。


 寡黙になってしまったアルドスの代わりに、いつもより多弁になったアレクセンが、目に涙を浮かべながら言った。


「いやいや、アルドスの言うことにも一理あるぞ、リゲル!」


「えっ」


 俺はどきりとして、俺を問い詰めるアレクセンの方に向き直った。


「一体なんだあのドキュメント番組は! なにが『お前ならきっとできるさ』だ、俺たちがあんな爽やかにお前を応援するかよ! まさか、国王陛下にまで同じ嘘をついたんじゃあるまいな!」


 スメルジャンは、ぷははと吹きだして笑った。


「リゲル、そいつは打ち首ものだぜ、あっははは」


 俺は苦笑いを浮かべたが、素直に笑うことはできなかった。


 ウソつきの俺は、結局、他にどうすることもできない。

 嘘を隠すために、また嘘をつくしかなかったのだった。

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