第20話

【記者会見の場面】

 いつの間にかフラッシュが焚かれる回数が少なくなっていた。

 副将軍は舞台ソデで、堪え忍ぶように静かに目を閉ざしていた。

 彼は、かつて親友であり、そして自ら死の淵に追いやってしまった准尉の事をしのんでいるのだろう。


 固唾をのんで見守る記者たちの視線を一身に集め、リゲルは、真実の重みと、それを告げる苦痛を堪えるように、天井を見つめていた。

 そして、とつとつと語り続けた。


「そう、私は、みなさんの前に、真実を包み隠さず打ち明けねばなりません。私が出会ったのはヒスパイト=デル・エルニコフ准尉。唯一の生き残りと言われた使者だったのです。そして30年間、伝説の剣を連合軍から隠し続けてきたのも、彼でした」


 そしてリゲルは革のケースを取り出し、これ見よがしに高く掲げた。

 准尉の軍人番号が刻まれた取っ手の付け根に、フラッシュが悲しく反射していた。


【VTR終了 番組のスタジオ】

 このVTRの終了後、番組のコメンテーターが深刻な表情でコメントを付け加えた。


「……25年前、唯一の生き残りとしてバーリャ平原から生還したヒスパイト=デル・エルニコフ准尉は、その後剣を失ってしまった過失を問われて現役を退きました。

 さらには不況のストレスから、国中から厳しい非難の声を浴びせられ、当時の無責任な報道により、人々にはウソつきと言われ続けていました。

 リゲル=シーライト氏はこう述べています。『仲間を失う経験は軍人にはつき物ではありますが、それはみなさんの想像を遥かに超えるほど耐え難い事件なのです。あまりに突然大勢の仲間を失い、過酷な平原にたったひとり取り残された彼は、英雄の剣を自分のものにすることでしか、その苦しみから逃れる術を持たなかったのだと、軍人の私は思うのです』。

 帰国して浴びせられた心ない声が、彼の心にどれほどの重圧を与え続けてきたものだったのでしょうか。彼は自らの犯した罪を素直に認めることが出来ず、剣の発見者を気取って英雄になることも出来なかった。だから、ただひたすら剣を隠し続けてきた……というのです」


 ニュースキャスターはすこし涙ぐんで彼の話を聞いていた。

 コメンテーターは最後にこう締めくくった。


「みなさん、真実を暴くという事は時に悲しく、やりきれない思いを伴う物です。この事件を通じて、我々は『責任のある報道』というものの在り方を、考え直していく必要があるのではないでしょうか。……最後に自らの命を捨てて剣を守り、遠いバーリャの地で殉職なさったヒスパイト=デル=エルニコフ准尉。彼はその英雄的行動に、唯一の心の救いを求めたものと、私には思えてなりません」


【番組終了】


 少年は、訳知り顔で締めくくるコメンテーターに向かって、思いっ切りジョッキを投げつけた。


「人を、勝手に、殺すなーッ!」


 顔を真っ赤にした少年は、画面に向かってわめき散らした。

 駅前の酒場はいつにもまして賑わい、厩のような騒々しさで少年の存在を掻き消していた。

 少年は誰かが英雄の剣の話をしようものなら、たとえ巨人のようなバーリオであっても見境なく大声で食って掛かった。


「いいか! あいつの言う事は信用するな! リゲルとかいう奴はペテン師だ! ウソツキなんだ! あんなのは全部でたらめの、作り話なんだ! 本当は、ヒスパイトから剣を預かったのは、俺だ! 俺だったんだよ!」


 しかし、アーディオの少年がいくら暴れたところで、バーリオにとっては赤ん坊が癇癪を起こした程度にしか感じないらしかった。


「へぇ。じゃあその准尉が預けた大切な剣を、連合軍に届けてくれたのは誰なんだい?」


 そこを指摘されると、もう口をつむぐしかない。

 そう、彼は連合軍に届けるはずの剣を守り切れなかったのだ。

 たとえリゲルが魔物でも、災害でも、同じ事だ。

 失った剣を、最後に持ち主の所に届けたのはリゲルだ。

 その事実だけは、どうしても覆すことはできなかった。


 その後も、イーサファルト王国と連絡を取り続けていた大使館の努力もむなしく、少年の主張が世間に大きく取り上げられることはなかった。


「残念だけど、私にはこれ以上君の力になることは出来ない……」


 スクルフの担当官は、悲しげに耳をたれた。


「相手が悪すぎる。このままでは、君と私が金儲けのために事実を歪曲して風説を流そうとしているのではないかという、あらぬ疑いさえかけられてしまうかもしれないよ」


 少年は、目に涙をためて首を振った。


「そんなはずないよ。あんたがそんな事をするはず無いじゃないか……! あんたみたいないい人が……!」


 担当官は首を横に振り、まっすぐ少年を見つめた。


「世間の目とはそういうものだよ。一見平等な社会では、我々のような少数派は生きづらい。

 我々バーリオは9歳までに成人して24歳までに死んでしまう。国外の裁判では、年齢の低さを理由に発言の信憑性がないと判断されてしまう事例が多いんだ。たとえミッドスフィアで裁判に持ち込んだとしても、我々にはとても分が悪い。力になれなくて、すまない」


 おいおい、あんたのせいじゃないだろ?

 なんであんたが泣くんだよ。

 泣きたいのはこっちの方だよ!


 そんなのは不当な道理で、断固として戦わなければならない、と少年は教わった。

 けれど、そんな不当な道理が世界では今でもまかり通っている。

 その現実に、少年は背筋がぞっとするような恐ろしさを感じた。


 リゲルはしたたかな男で、イーサファルトに滞在する数日間はさながら軍隊の行進のように大勢の報道陣を引きつれていた。


 自らドキュメンタリー番組を企画・制作し、准尉や英雄の故知だった人々を訪ね歩き、2日目にはイーサファルトまで呼び寄せた准尉夫人との涙の対面式を果たした。


 さらに、その翌日には隣国フェルナディクの大聖堂にまで赴いて戦死者の慰霊式典に出席。

 そこで自身の従軍経験や戦死者とは直接関係のない准尉との出会いについて演説し、いつの間にか書き上げた自伝『リゲル=シーライトはいかにして英雄の剣を持ち帰ったか』を宣伝し、大司教の口を一日中開きっぱなしにさせていた。


 こうして、彼のでっち上げた物語は、全世界の国民が知る『既成事実』となってしまったのである。

 投影結晶が普及してまだ間もない時代に実際に起こった、まさにアーディナル史上最大のペテンだった。


 少年は歯がゆさのあまり、なんども酒に手をつけようとした。

 結局半分も飲み干す事が出来ずにダウンするのだった。

 悔しくて涙が出てきた。

 なによりあんな汚い大人に剣を奪われたのが悔しくてならなかった。


「あんなの作り話だ! フェルスナーダまで剣を届けたのは、俺だったんだよ! 本当なんだ、誰か信じてくれよ!」


 と、たまに叫びだすが、もはや誰も少年の話に関心を向ける者はいなかった。

 大衆の興味は、また次のニュースへと向かっていて、この事件は事実が歪曲されたまま終わってしまったのである。

 叫んだ少年は、とうとう立ちくらみを起こしてばったりと倒れてしまった。

 仰向けになった少年は、社会に対するあまりにも強大な絶望感と不信感に押しつぶされそうな気分を感じていた。


 そんな時だった。

 あるとき酒場の扉が開いて、彼の元にさわやかな森の風が吹き込んできた。


 夜を徹して騒ぐ巨大なバーリオ達の間を、白いヴェールを頭から被った少女が静かに歩いて来る。

 彼女は、迷う事もなく真っ直ぐに少年のいる席までやってくると、うつぶせになった少年にこう声を掛けた。


「私は信じますよ」


 少年はその声で目を覚まし、赤くなった顔を上げた。

 ほとんど閉じかけの目にも、彼女がこの酒場にまったく似つかわしくない人物であることは明らかであった。


「あんたは、誰? 妖精?」


 少年は、妖精など今まで一度も見た事がなかったが、その直感はあながち外れではない。

 森の妖精サテモは、申し訳なさそうに耳を下げて言った。


「申し訳ございません」


「へ? なんで謝るの?」


「追い詰められていたあの男を、窮地から助けてしまったのは私です。余計な手出しをしてしまえば、結果的にどんな悲劇を引き起こすか分からないと知っていながら。自分の旅を急ぐばかりに、貴方の旅を大きく妨げることになってしまった」


 まさか、こんな大事になるとは思ってもみませんでした。

 そう言って彼女は深く反省し、悲しげな眼差しで少年を見つめた。


 少年は、まだ事態が上手く飲み込めておらず、ただぼんやりとしていただけだった。

 彼女は、いよいよ決意を固めたような鋭い口調になって、言った。


「さあ、立ち上がりなさい。たかが剣に、あなたの未来が台無しにされてはなりません。私が、英雄の剣を取り戻すお手伝いをして差し上げましょう」

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