第19話

「おーい! 誰か水をくれないかー!」


 こちらが敵意を示さない限り、襲ってこないかもしれない。

 彼らが友好的な部族であるという可能性に望みを託し、声を振り絞って歩み寄っていった。


 舞い上がる砂埃のなか、輪になって踊っている部族たちの姿が、徐々に鮮明になってくる。

 やがて彼は、その中にとんでもないものを発見してしまった。


 部族が取り囲んで踊っていたのは、なんと、ぼろぼろになって地面に倒れ伏している旅人だったのだ。

 リゲルは思わず息を呑んだ。

 彼らは旅人を襲うどう猛な部族だったのだ。

 旅人は、彼に気づくと血まみれの手を振りかざし、大声でリゲルに叫んだ。


「――いけない、逃げろ!」


 部族達は、次々に踊りをやめ、真ん丸い目をリゲルの方に向けた。

 彼らはいきなり攻撃的な奇声を上げ、武器を振り上げて襲い掛かってきたのである。


「くそっ!」


 このままでは自分まで命が危なかった。

 だが、あの旅人を見捨てる訳にはいかない。

 軍人としての激しい使命感を取り戻したリゲルは、ケースからアレルカンを取り出し、部族たちに果敢にも立ち向かっていったのである。

 銃を構えた彼は、故郷の神に祈りを奉げた。


(エカよ、最も強き者に勝利をもたらす絶対法理の神よ……! どうか今一度、人民を助けるだけの力を、私にお与えください!)


【インタヴュー リゲル=シーライト(本人)】

「ですが、彼等は私の撃った銃弾をものともしなかった……まるで自分が死ぬことすらも恐れていないようでした。次々と、波のように襲い掛かってきて、あっという間に私を取り囲んでしまったのです」


 彼は、持てる技の全てを尽くして応戦を続けた。

 銃がダメなら、銃剣を使って、銃剣がダメなら、王宮武術を使って。

 だが、圧倒的な数の敵を前に、なすすべも無かった。

 突然背後から棍棒のようなもので殴られ、気を失ってしまったのである。


【インタヴュー リゲル=シーライト(本人)】

「――死を、覚悟しました。そう、まるで……絶望の淵に、沈んでいくような気分でした――」


【再現VTR 捕らわれたリゲル】

 やがて、彼は暗闇の中で意識を取り戻した。

 全身に激しい痛みを覚えたが、まだ命だけはかろうじて残されていることを神に感謝した。


 ……ここはどこだろう?

 辺りには既に夜気が漂い、ほとんどなにも見えない。

 痛む頭を手で押さえようとしたが、どういう事か体がまったく動かなかった。


 どうやら両手が後ろ手に回され、地面に突き刺さった丸太のような杭に縛りつけられているらしい。

 彼は頭を振り、必死で今の自分の状況を把握しようと努めた。


(そうだ、私はあの部族に捕らえられ……いったい、何があったんだ)


 遠くには、焚き火のような明かりが点々と灯っている。

 火の回りでは、牛頭の部族たちが何重にも輪を描き、魔物の頭蓋骨つきの杖を上げ下げしながら、狂喜して踊り続けている。

 彼はその明かりから離れた丘の上に、ひときわ背が高い、彼等のリーダーと思しきバーリオの姿を見つけた。


 その風貌は、まるで獣人達の魔術師だった。

 首飾りを何重にも連ね、神話に出てくるような無数の角を持つ魔物の頭蓋骨がついた杖を持ち、不気味な呪文を祭壇に向かって唱え続けていたのである。


 彼らはいったい何をするつもりなのだろう。

 リゲルにはまったく予測もつかなかった。


 常しえの河でバーリャ平原の部族を研究している専門家ペール=サナーグ氏はこう語る。


【インタヴュー バーリャ民族研究家、ペール=サナーグ博士】

「おそらく、その部族たちは、大自然の神に生け贄を捧げる魔術的な儀式を執り行っていたのではないかと思われます。バーリャの奥地というのはいまだ解明されていない部分が多く、そこには独自の文明を築いた、数多くの部族が存在すると言われています」


【再現VTR いましめを解こうともがくリゲル】

 リゲルは必死に縄を解こうともがいた。

 だが、頑丈に縛りつけられていて、彼の力ではもはやどうすることも出来なかった。


(だめだ。このままでは、殺されてしまう!)


 諦めかけたそのとき。


「おい」


 意外なほど近くから声をかけられ、リゲルは驚いてそちらに顔を向けた。

 明かりが小さくてはっきりとは見えないが、彼の隣にはもう1本丸太の杭が立てられており、そこには先ほどの旅人らしき人物の姿があったのである。


 旅人は、黙ってリゲルに向かって手を伸ばし、暗闇の中できらりと光るものを彼の手に渡した。

 リゲルは、咄嗟にそれがナイフであるとわかり、見つからないよう急いで手の中に隠した。


 男はすでに自分の縄を切っていたらしいが、まだ縄でくくりつけられているふりを続けている。

 リゲルは、この男が只者ではない事を直感した。


「聞け」


 男は顎を使って、部族達の輪の中を見るように促した。

 魔術師が必死に祈りを捧げている丘の上の祭壇を見ると、そこには彼が見たことも無いほど美しい、黄金の剣が飾られていたのである。

 あれこそまさに、彼が捜し求めていた英雄の剣に違いない。

 リゲルがそう確信すると、隣の男は突然こう言った。


「私が連中をひきつけておく。その間に、お前はあの剣を持ってここから逃げるんだ」


 リゲルは我が耳を疑った。

 なんと男が打ち明けたのは、自らが囮になって部族たちをひきつけ、その隙にリゲルに黄金の剣を奪わせる、という計画だったのである。


「ここから西に向かって丘を2つ越えたあたりに、涸れ川がある。それを辿って南下すれば、友好的な獣人の集落にたどり着くことが出来る。……私は恐らく、生きては帰れないだろうが、なんとしてもあの剣を、英雄の剣を、連合軍本部に届けてくれ!」


「どうして、見ず知らずの私をそこまで信用するのですか」


 リゲルは震える声で尋ねた。

 そのとき、リゲルには暗闇の中でも男が微かに微笑んだのが分かった。

 男はこう言った。


「分かるのだよ。お前からは、かつて世界大戦で共に戦った同志のにおいがする……氷の目をした私の親友と同じ、ガンスリンガーのにおいがな。

 まあ、親友といっても、私が至らなかったせいで、ひどく嫌われてしまってね。もう合わせる顔もないのだが……」


 この男は、きっと連合軍でも名のある兵であったに違いない。

 リゲルは、自分の命を懸けて、栄誉を取り戻そうとするこの兵士の強い意志に、改めて感銘を受けた。


 ようやく巡り会えた、同じ英雄の剣を求める者同士。

 ミッドスフィアでいくら仲間を募ろうとしても、無駄だったのだ。

 本当に高い志を持つ者は、すでにバーリャに赴いて、捜索を開始しているのだ。


 この男とここで別れなければならない事を、リゲルは口惜しく思った。

 英雄の剣を取り戻すことができても、彼とはもう決して会うことはないだろう。

 耐えかねたリゲルは、とうとう彼に尋ねてしまった。


「せめて。せめて、お名前だけでもお教えいただけませんか」


 すると、男は頭を振ってこう言った。


「私は、名乗る資格を持たないものだ」


「なぜ……!」


 納得がいかずに理由を問いただすと、彼はついに重い口を開いた。

 彼が明かしたのは、リゲルにはおおよそ信じがたい、実に25年間にわたる男の苦悩であった。


「黙って剣を持って逃げてくれ。これは、私に対する罰なのだ……!

 私はかつて、あの剣を運ぶ使命を帯びた使者の一人であった。

 鉄砲水によって、この苦痛の大地に多くの同胞の命を奪われたとき、ただ一人、岩山に登って生き延びてしまった私の手元には、命に代えても守り抜くと誓った、あの黄金の剣だけが残されていたのだ。

 だが、あろうことか、私はその黄金の輝きに目を奪われ、死んでいった者達を裏切り、この剣を独り占めしようという悪心を抱いてしまったのだ!

 剣を隠していたのは、私だ。私は洪水が引くのを待ち、誰にも見つからぬよう常しえの河の上流に剣を隠し、そして、それを捜索者の手に渡らぬよう、今日まで守り続けてきたのだ……!」


 記者会見の場で行われたリゲルの驚くべき発表に、記者たちは息をのんだ。

 記者たちはおろか、画面を見つめていた世界中の人々が息をのみ、激しく動揺した。


 この真実が発表された場面に至ると、みな黙って聞き入っていた。

 VTRを製作するスタッフも相当な腕前で、演出も尋常ではなかった。

 酔っ払った少年はふらふらと立ち上がり、ろれつの回らない舌で大声をあげた。


「こ、こ、このヤローっ! 嘘つくなーっ!」


「ちょっと、静かにしないか!」


 少年は、後ろにいた猪頭の男の長い手に引っ張られ、席に着かされてしまった。

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