第18話

 その後、伝説の剣が発見されたという一大ニュースは、大使館の電報の拡散速度など比べ物にならない勢いで、喜色満面の発見者リゲル=シーライトの映像と共に、瞬く間に世界中に伝播していった。


 多くの報道局で特集が組まれ、カルーダ駅でのわずか数分のやり取りが、1日に何度も取り上げられ、繰り返し放映されていた。


 ……だが、他のメディアと一歩距離を置いたミッドスフィア中央報道局MKBは、この大事件に対して、非常に客観的かつ冷静な分析をしていた。


「しかし、なぜ25年もたった今の時期になって、剣が発見されたのでしょうか? まさに『信じがたい』出来事と言うほかありません」


 MKB報道官は、これまで知られていたバーリャの剣に関する事実関係をひとつずつ並べたてた上で、こう結論付けた。

 この報道局は、なにかと連合軍を敵視している。


「一部では、労働者問題による社会不安から目をそらす為の、連合軍の自作自演だったのではないか、という疑念の声すらもあがっています。いずれにしろ、我々は連合軍による3日後の明確な返答を待つしかありません」


 さらにMKBは、翌日になると、リゲル=シーライトという人物がつい2ヶ月前までアーディナル東部にいた、という確証が得られたと報道した。

 しかも、その内容はかなりスキャンダラスなものだった。


「どうやら彼は退役後に賞金稼ぎとなり、さらにバーリャの剣を発見する直前まで、連合軍の管轄にある刑務所に拘留されていた模様です」


 そう、それは紛れもない事実だった。

 世界各国の報道機関は、こぞってこのスキャンダルを取り上げた。


 まさか、軍部が彼を洗脳して発見者に仕立て上げているのではないか?

 あの男は本当に広大なバーリャを旅してきたのか?


 という軍の陰謀説に、マスコミは強い関心をもちはじめた。

 MKB報道官は、きらんと歯を光らせたリゲル=シーライトの写真を背景に、さらにこう続けた。


「未確認の情報ながら、西部のフェルスナーダ大使館には、剣を持ってきたのがこのリゲル=シーライト氏ではなく、全くの別人であった、という証言も寄せられているということです。果たして、本当にリゲル=シーライトが英雄の剣を発見した人物なのでしょうか? 情報公開をしない軍部に、ミッドスフィア市民は苛立ちを隠せません」


 その報道がなされた瞬間、フェルスナーダの大使館は一気に歓声に包まれた。


「やった、俺のことだ!」


 少年と狼頭の担当官は手を取り合い、やがてすべての真実が明るみに出され、すべてが正しい方向に進む瞬間を心待ちにした。


 そして、瞬く間に3日が過ぎていった。


 イーサファルトで午後7時に開かれた記者会見の中継映像は、時差のため大使館では午後3時頃の夕暮れ前に映し出された。


 少年は、狼頭の担当官のいるカウンターに寄り添い、固唾を呑んでそれを見守っていた。


 場所は、イーサファルト王立議事堂の一室に設置された緊急会見室。

 そこは世界各国の報道機関から派遣された記者たちによって埋め尽くされ、前例のない騒ぎになっていた。


 画面の中のリゲルは、どことなく無念そうな表情を浮かべていた。

 彼の略歴を紹介していた副将軍も、伝説の剣の発見という喜ばしい出来事を伝えているはずなのに、どこか顔を曇らせていた。

 さらに、言い終わった後はうつむきがちに壇上の隅のほうに移動していった。


 いったい、何があったというのだろうか。

 次なるリゲルの発言に、誰もが注目していた。

 彼は、スタンドマイクの両脇に手を置くと、居並ぶ記者達にじっと鋭い目を向け、ためらいがちに言った。


「皆さん、私は今しがた、心より敬愛するイーサファルト国王陛下との謁見を果たして参りました。陛下の御前にひざまずき、私が、一体どのようにして剣を手に入れたか……その経緯を、一切の噓偽りも、隠し事もなく、つまびらかに報告してまいりました」


 リゲルが観念したように息を挟むと、世界中の国民が同じタイミングで息を呑んだ。

 いまや、全世界のすべての国民が、息を呑んで彼の言葉に耳を傾けていたのである。


 リゲルは、あたかも聞く者の良心に訴えかけようとするような、そんな情けない口調で言った。


「この物語は……この世にたった一つしかない、嘘偽りのない、私の旅の真実です。できることならば、このまま胸のうちに秘めておきたかった、語りたく無い真実でもありました。

 ……ですが、ここにおいでの副将軍閣下から、『たとえ上官の名誉を傷つけるような事があったとしても、軍人たるものが主君を欺いてはならない』という厳しいお言葉を賜り、私は、はっと考えを改めさせられたのです。

 ……そうです、私は、一軍人として、誇り高きイーサファルト人として! 神にも等しい国王陛下の御前で、嘘をつき通すことがとうとう、できませんでした」


 リゲルは、深くうなだれ、悔し気に涙を一筋流した。


「私はまるで、親にすがる子供のような心で、すべての真相を打ち明けざるを得ませんでした。そしてそれは、国王陛下の民に対しても、同じことです。私はいま、一人の良心のある元軍人として……英雄が守り抜いた、未来ある命として……全世界の皆様に、私が陛下にお聞かせした事を、そのままお伝えしたいと思います」


 そう言って、彼は静かに目を閉じた。

 顎をあげ、やがて記憶をたどるようにゆっくりと語り始めた。


「そう、あれは……私がバーリャ平原で剣の捜索を開始して、ちょうどが経過した日のことでした……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 バーリオの人口比が多いフェルスナーダでは、夜行性の彼等の為に、基本どの店も真夜中過ぎまで人で賑わっている。


 少年には理解できない低い唸り声のような会話が通りのあちこちから轟き、カフェテラスで屯している犬やロバなどの獣の耳を持った女の子達が、時おり彼にちょっかいをだしてはくすくすと笑っていた。


 少年は肩を落とし、ふらふらと夜のフェルスナーダをさまよい歩いていた。

 暗がりのそこかしこで光っている目のすべてが、彼をあざけっているように思われた。

 その時の彼は、まるで自分の全存在を否定されたかのような気分だった。


 生きる気力を失い、何もかも手につかなくなった少年は、煌々と明かりの灯っている酒場に逃げ込んで、飲めもしない酒を頼んで唇をぬらしていた。


 天井の隅には、板状の放映結晶が設置されており、現地の報道局が製作したドキュメンタリー番組を延々と流していた。

 再現VTRでは、どことなくリゲルに似たアーディオの俳優が木切れを杖にしながら、どこだか分からない荒地のど真ん中をぜえぜえと苦しそうに歩いているのだった。


 ナレーションが、物語を臨場感たっぷりに解説していた。


【再現VTR 荒野を旅するリゲル=シーライト】

 ――男が荒れ野を旅して1ヶ月、舞い上がる砂埃で視界は悪く、水も食糧もほとんど底をついてしまっていた。

 都会での息苦しい生活に疲れた元軍人リゲル=シーライトは、もはや誰もが諦めてしまった失われた英雄の剣を探すべく、すべてを投げ打って、過酷なバーリャ平原の旅に乗り出したのだった。……


 ――ミッドスフィアでは、もはや誰もが捜索を諦めていた、伝説の剣。

 彼がいくら賞金稼ぎの仲間を募ろうとしても、鼻で笑われてしまうような話だった。


【インタヴュー 現役賞金稼ぎ アルスレー・ドノワーズ】

「10年だぜ? 俺たちは10年もかけて、伝説の剣を探し続けたんだ。けれど剣どころか、その宝石1個すら見つけることはできなかった。なのに、何人もの仲間が死んでよ、そのうち……まだ若造だったリゲルの野郎には無茶だ、お前は手を出すなって、何度も言ったんだよ……けど、あいつはきっと、心のどこかで諦めてなかったんだな」


【ナレーション】

 ――彼は、なぜか英雄の剣の魅力にひきつけられていた。

 自分はどうかしているのかもしれない。

 リゲル本人は何度もそう思い、何度も荒野からミッドスフィアへ舞い戻ってきた。


 ――そんな事が続いて、5年目。

 今年も途中で捜索を諦めた彼は、いちど故郷のイーサファルトに立ち寄っていた。

 もう限界だった、自分には無理かもしれない。

 相棒だった銃を売り、英雄の剣を探す旅に、終止符を打つつもりでいた。

 だが、そこで出会った友人達は、彼の夢を馬鹿にせず、ひとりずつ1枚の銀貨を彼に渡し、そっと手を差し伸べてくれたのだった。


【再現VTR 友人A、Bに励まされるリゲル】

「お前なら、きっとできるさ」

「頑張れ、諦めたらそこで終わりだぞ! リゲル!」

「お前たち……!」


【ナレーション】

 友人の励ましを受けた彼は、剣を手に入れるまで決して故郷には戻るまいと決意した。


「絶対に剣を手に入れて、故郷に帰ってみせる……! みてろ……!」


 彼はその一心だけで、さらなる奥地へと足を踏み入れていったのである。


 しかし、大陸横断鉄道の南側は、散々捜索しつくしてしまった。

 リゲルは地図を見ながら、ふと思いついた。

 ならば、北側はどうだろう。


【インタヴュー 元連合軍東軍士官 ブレイズ=サドワー氏】

「まさに発想の転換でした。驚く事に今まで軍による北側の捜索は、一度もなされていなかったのです。けれどもリゲルは、どこかの部族が剣を拾っていれば、彼らが鉄道路線より北に持っていった可能性もあるのではないか、その僅かな可能性があることに気づいたのです」


【再現VTR 荒野を旅するリゲル】

 地図によると、大陸横断鉄道から数キロ北上したあたりには、最寄りの集落があるはずだった。

 フェルスナーダを発ってから一ヶ月、ずいぶん遠くに来てしまったが、まだそれらしい姿は見えていない。

 やがて砂埃の向こうに、輪になって騒いでいる大勢のバーリオの姿を認めたとき、彼は思わず歓声をもらした。

 魔法銃アレルカンのスコープから様子を覗くと、そこにいたのは、今まで見たことのない牛の頭を持つ部族であった。


「やった……部族だ……! 助かった……!」


 奥地の部族。

 決まった集落を持たない未知の部族で、中には人を襲う、非常に獰猛な部族もあるという。

 だが、このままではどのみち行き倒れになってしまうだろう。

 激しい葛藤の末、リゲルは唯一の武器アレルカンをケースに戻し、彼らに近づいていった。


「おーい! 誰か水をくれないかー!」


 だが、この決断が、後に彼に大きな悲劇をまねく事になる。


 ~CM~

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