第17話
結晶の4つの表面に、それぞれ押し寄せる報道陣で混雑する駅の平面画像が映し出された。
山あいの駅には、ロバやウマが柵に繋いであり、見るからに高級そうな黒塗りの列車が停車していた。
どうやら中部地方であるらしい。
中部の車はタイヤが摩擦の少ないステンレスでできているので、山や悪路を走ろうとするとスリップしやすく、山間部ではロバやウマに車を引かせていた。
その小さな田舎の駅に、興奮気味に声を上げる大勢の報道官が押し寄せ、兵士達が列を成してそれを制止していた。
やがて駅から出てきた白いコートの男に向かって一斉にフラッシュが焚かれ、さらに報道陣の声は熱を帯びていった。
「リゲル=シーライトさん!」
「なにかひと言お願いします! リゲル=シーライトさん!」
その男は、ぶしつけに焚かれるフラッシュに渋面を浮かべていたが、わざわざ立ち止まってコートを軽くはだけ、腰に軽く手をあてがい、ファッションモデルのようにすこし斜めに構えていた。
どうやら自分が一番よく写る角度を心得ているらしい。
気取った立ち振る舞いに、薄い髭。
中部人特有の彫りが深くてハンサムな顔立ち。
コートの下には、おおよそ元軍人とは思えないほど見事な高級スーツを着こなしている。
大げさに両手を広げて天を仰ぐと、やれやれ、面倒くさいことになった、とでも言いたげな口ぶりで第一声を放った。
「おいおい、困るなぁ、いったい誰が軍の外部に情報を漏らしたんだい?」
彼は護衛に当たっている兵士達の間をすり抜けて、わざわざ報道陣の押し寄せているぎりぎりのラインまで自ら近づいていった。
兵士達の苦労が一瞬で水の泡である。
報道陣は懸命に
「お願いします! リゲルさん、軍の公式記者会見の前に、帰郷なさった今のご気分を!」
「とてもひと言では語り尽くせません。アーディナルを救った英雄への大恩に、ようやくひとつ報いることができたこと。そして戦友との約束を果たせたこと。ですが、あえてひと言で言うならば、感無量といったところでしょうか?」
「バーリャでの旅は、実際どのようなものでしたか!」
「それは、とても言葉では言い表せないほど厳しく、そして終わりの見えない過酷な旅でした。言い知れぬ孤独と、逃げ出したくなる自分との長く辛い戦いの道のりでもありました」
「成功するのに、一番大切な事とはなんでしょう!」
「成功するのに、一番大切なこと、ですか?」
リゲルはオウム返しすると、ふと笑って、カメラのひとつに真っ直ぐ目を向けた。
「それは、自分を信じる事!」
砂漠の大陸サーナサウルの視聴者に向かって、彼は言った。
そして次に、英雄の故郷、妖精の島ヨビ諸島のカメラに顔を向けた。
「夢は、絶対に叶えるんだという強い信念を持つこと!」
そして次に、獣人たちのいるバーリャ地方の常しえの河のカメラに顔を向けた。
「決して最後まで諦めない事……それだけです!」
最後に、ミッドスフィアのカメラに向かって会心の笑みを浮かべたリゲルは、歯をきらーん、と光らせた。
ミッドスフィア大使館の投影結晶には、その最後に笑顔が向けられたニュースの映像が映し出されていた。
驚きのあまり、喉が詰まって言葉を出せなかった少年。
画面の中いっぱいに広がった間違い探しの間違いにようやく気づいたような顔をして、大声で叫んだ。
「あ……ああ~っ! あああああ~っ! あいつ、あいつだ! あのオヤジだ! 間違いない! 税関のところで、俺にぶつかってきた奴だっ!」
少年は、声をあげて主張した。
だがもう遅い。
俺の打った先手を覆すことは、もはや不可能。
なにもかもが、もう手遅れだった。
映像の中で、リゲルへの豪雨のような質問はさらに続いていた。
「お願いします! 今まで25年という歳月に渡って誰も見つけることが出来なかった英雄の剣を、いったいどのような過程で見つけられたのでしょうか!」
その質問をぶつけられると、リゲルは少し眉をひそめ、声のトーンを落として答えた。
「その質問に関しては、まずは、国王陛下への正式なご報告を優先させてください。軍事的にも、とても重要な機密が含まれていますので……ですが、ご安心ください。その後に、皆さんには正式な記者会見の場を開く予定です。詳しい事は、その場で発表させていただきたいと思います……」
そう言って、なにか後ろめたい気持ちを押し隠しつつ。
人々を不安にさせまいと健気に微笑むような、そんな繊細なアルカイックスマイルを披露するリゲル。
さらに彼は、片目をぱちんとつぶってチャーミングな一面も見せつつ、報道官に背中を向けて去っていった。
少年は信じがたい光景を目の当たりにし、全身に鳥肌が立っているのを感じていた。
……なんだこいつ。
中継が終わると、彼は頭を鈍器で2度3度殴られたような衝撃によろめきながら、狼頭の担当官の所に引き返していった。
「だ、大丈夫かい?」
同じニュースを観ていた担当官は、彼を気遣う声をかけた。
だが、そんな気遣いも、少年の耳には届いていないようだった。
青ざめていた少年は、いきなり担当官の鼻を掴んで大声でどなった。
「あ、あ、あ、あのおっさんだよ! そうだ、間違いない、関税に並んでいたとき、とつぜん後ろからぶつかってきたおっさんだ! 俺は痛くてそれどころじゃなかったけど、あのときケースを床に落としちゃったんだ! あいつ、どさくさに紛れて剣のケースを持っていきやがった! ほら、これだよ! 間違いない!」
少年は、剣の代わりに持っていたリゲルの黒いケースを見せた。
中身も、連合軍所属の軍人が使っていた一般的な銃だ。
なるほど、そう考えればしっくりくる話である。
担当官は、眼鏡を直しながら取っ手の付け根に刻まれている軍人番号をメモに控え、しっかりと頷いて、誠実に答えた。
「わかった、イーサファルトと、本国にもそう伝えておこう。その人物は、フェルスナーダで本当の剣の発見者から剣を奪い、そのまま発見者に成りすましている可能性が高い、と。……軍部が取り合ってくれるかどうかは疑問だが」
最後に担当官がぽつりと漏らした一言に、少年は酷く不安そうな顔をした。
「え……それって、どういうこと?」
担当官は、申し訳なさそうな顔で両手を広げた。
「イーサファルトは軍国主義国家だからね。軍は滅多なことで、正式発表を覆さないんだ。特に国王にまで報告してしまったような事柄を訂正するのは、歴史上まず前例がないと言われている。光の勇者の王国であるイーサファルトの威信にかかわることだからね」
少年は、泣きそうな顔になって訴えた。
「そんな、じゃあ、俺の威信はいったいどうなるっていうんだよ!? あれは間違いなく、俺が命がけで持って帰った剣なんだぞ!」
やるせない表情を浮かべていたのは、この担当官も同じであった。
少年の境遇がとても不憫なようすである。
バーリオは、人間の顔を見分けることができない。
なかでもとりわけスクルフ族にとって、アーディオの顔はなぜか子どものように見えてしまうという。
それは、彼らがオオカミの頭を持っている事と関係があった。
成人すると狼のように鼻と口吻が前に突き出す彼らは、生後間もない赤ん坊の頃はアーディオと同じように鼻も口吻も低い。
なので、彼らはアーディオの顔を見ると、本能的に相手が子供であるかのように錯覚してしまうのだそうだ。
旅の途中で見かけると辻プロテクトをかけたりなど、なにかと世話を焼いてくる。
この人の良い担当官も、その例には漏れなかったのである。
「正式な発表は、列車がイーサファルト本国に到着してからだ。今から行動を起こせば、まだ充分に間に合うかもしれない」
そう言って、担当官は耳を帆のように張り、カウンターに置かれた振り子時計を見やる。
革の椅子の座りをなおして、手元のタイプライターで電報を打ち始めた。
「やれるだけの事は、やってやろうじゃないか」
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