アーディナル史上最大のペテン師

第16話

 ところで、俺と駅で出会った少年は、その頃いったいどこで何をしていたのか。


 なんと、どこかにケースを落としてしまったのではないかと考え、駅周辺を丸1日かけて探し回っていたというのだ。

 大使館への連絡もまだしておらず、彼らが事態を把握して本国に連絡を取るのに、さらに丸1日を要した。


 その事も、俺の『成り代わり』が成功するのに有利に働いたみたいだ。

 その若者がフェルスナーダのミッドスフィア大使館に足を運んだのは、翌朝になってからであった。


 水彩画のように透明感のある涼しい瞳の少年は、ぎらつく太陽を睨みつけていた。

 漆黒の細い眉が今にも羽ばたきそうなほど力強い曲線を描いている。


 体の線は細く、先日丸1日かけて行われた捜索でバテているのか、ふらふらとどこか頼りなく歩いていた。

 年齢はタブテ(16)に至るか至らないかというところで、顔立ちにはまだ少年と呼ぶのに相応しい幼さが残っていた。


 その少年は大使館に入ってくるなり、顔を真っ赤にしてカウンターに両手をつき、デスクに座っているバーリオの外交官と鼻を突き合わせた。


 その外交官は、狼の頭を持つスクルフ族だ。

 バーリャ地方では神官の地位に着き、様々な呪術をあやつる、非常に知能の高い種族である。


 終戦後、人間の社会に帰化したスクルフ族の中には、こうして公務員の職に就く者もめずらしくはなかった。

 バーリャ系三世の外交官ミワンゴは、長い鼻っ面に銀縁の丸眼鏡をひっかけ、濡れた鼻を少年に向け、ふんふんと、なにやらしきりに口や首周りや服のにおいを嗅いでいた。

 そうやってしばらくにおいを嗅いでから、ようやく彼の事を認識した。


「ああ、3日前の午後4時26分に『例の剣』を持って大使館に帰国の相談をしに来た子だね。今日はどうしたの?」


「その『例の剣』が、盗まれたんだよ!」


 少年はカウンターを思い切りばんっと叩いて、つま先立ちになりながら訴えた。


「いったい、どうなってるんだよこの国はッ! 駅員に連絡はちゃんと行き届いていないわ、免税されているはずなのに関税を取られるわ、おまけに、気がついたら荷物まですり替わっているじゃないか!」


 担当官は、若者のヒステリックな愚痴に対してひとつひとつ丁寧にメモを取りながら、のんびりとした口調で答えた。


「それは災難だったね。フェルスナーダ交通局に改善を呼びかけるよう呼びかけるよう呼びかけてみるよ。でも、肝心の剣をなくしてしまった事は私にはどうしようもないねぇ。所持品の管理していたのは君自身なんだろう? どこでなくしたのか、なにか思い当たる節は無いのかい」


 少年は、高ぶる気持ちを懸命にしずめようとしながら、ひとつひとつ記憶を辿るように言った。


「……ここで、中身を確認したのは確かだ」


「ああ、ケースの中身ね。私が立ち会ったよ。例の剣そっくりだったね。それで?」


「それで、その後の何日かは、駅の近くのカスケルドって宿に泊まった。ケースは抱いて寝ていたから、この間にすり替えられたとは思えない。3日目には駅に向かった」


「ふむふむ、3日間もただ寝ていたわけじゃないだろうから、けっこう怪しいもんだけどね。それで?」


「それで、列車がくるまで昼までかかるって言うんで、それまで駅前をぶらぶらしてた。それで……」


「おやおや、けっこう怪しい場面が続くじゃないか。それで?」


 そこから、やがて少年は急に不安そうな表情になった。


「わからない。昼になったら駅がすごい込み合っていて、もうめちゃくちゃだった。何度か押し倒されたから、その時にケースが人のと入れ替わったっていうのが、一番考えられると思うんだけど。……とにかく、税関で中身を確認したときには、もう違っていた。誰かの銃が入ってた」


 担当官は、ふむふむ、と言いながら、毛むくじゃらの耳の中をほじっていた。


「ということは、盗難届けか遺失物届けを出すべきだね。駅の警備兵に確認はとったかい?」


「とっくに。一番最初に、した」


 でも、あの警備兵じゃあ、あまりあてにはならないな。

 少年はそう呟いて、がっくりと肩を落とした。


 近年まで遊牧民の国だったフェルスナーダの急速な近代化は、中部のアーディナル西軍が主体となって推し進めてきたものだった。

 この狙いは、主に連合の規模を拡大し、『現実世界リアル・ワールド』に抵抗する地力を高めるためのものである。


 だが、もともと帝国の支配を免れていた遊牧民たちは、世界大戦に対する問題意識もさほど高くなく、さらに他国が主体となって作られた新政府軍には不正や癒着が横行していた。

 そうして、自軍に誇りをもてない兵士たちは次第に怠慢になり、さらに軍の風紀を悪化させるという悪循環に陥っていたのである。

 30年経った今も、連合の腐敗の温床と後ろ指をさされる、当代きっての頼りない軍になっていたのだった。


「じゃあ、やることは全部やった感じだね。これ以上君が心配していても仕方がないよ、警備兵の連絡が来るのを信じて、じっくり腰を据えて待っていなさい」


 少年は、疲れたように視線を床に落とした。

 今朝から心当たりのある場所をひとつ残らず探し回って、足が棒のようになってしまっていた。


 帝国軍との戦いによって荒廃していた東部は、終戦から30年で目覚しい復興を遂げた。

 世界大戦をまったく知らないこの世代の若者にとって、英雄の剣はもはや伝説の財宝のひとつぐらいのものでしかない。

 だが、この少年には、命に代えてもその剣を守らなくてはならない理由があった。


「いいです、もう一度探しに出かけます……」


「おやおや、無理しちゃダメだよ?」


「平気です、歩くのには慣れてますから」


 健気にも、そう言って歩き始めた矢先。

 待合室の中央で光の泡を飛ばしていた結晶の中に、とつぜんアーディオの姿が浮かび上がった。


 遠くの映像を浮かび上がらせる魔工機のひとつ、『投影結晶』である。

 画面に映っている、地平線と北極星を象ったバッジをつけた報道官は、原稿を寄せて、臨時ニュースを告げた。


「速報です。およそ25年前にバーリャ平原で失われたと思われていた英雄の剣が、つい最近になってイーサファルト王国軍所属の兵士によって発見された、との情報が寄せられました」


 少年だけでなく、その場にいた誰もが結晶に全意識を集中させた。

 彼女は、結晶から見切れている手元のあたりで、ぱらりと原稿をめくる仕草をした。


「たったいま、その伝説の剣を発見したというリゲル=シーライト氏が、カルーダ駅に到着した模様です。番組の予定を変更して、その中継をお送りします」


 そう、まさにこの瞬間、俺の大ウソは全世界に広まり。

 俺は後世まで語り継がれる、伝説となったのだ。

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