かくして、物語は紡がれ始めた
第13話
ああ、ふさわしき者に、ふさわしき力と、ふさわしき罰を与える、絶対原理の神、エカ神よ。
今日まで、あなた様のお力を信じてこなかった非礼を、ここにお詫び申し上げます。
いや、どうか謝らせてください。
私は今日、西方の地フェルスナーダで、とある罪を犯してしまいました。
「伝説の剣を手に入れた」事をほのめかすウソをついて、兵士達を騙して関税を抜けてしまったのです。
もちろん、私が持っていた革のケースの中に入っていたのは、伝説の剣などではありませんでした。
30年前に俺と世界大戦を潜り抜けた、相棒の小銃アレルカンです。
それを伝説の剣と偽り、仕事熱心な兵士達を騙し、他の乗客より先に関税を通過してしまった罪には、今も心を痛めております。
でも、それは仕方が無い嘘だったのです。
だってほら分かるでしょう。
なぜなら、私の不倶戴天の敵アイズマール一家がすぐそこに迫っていて、のんびりと税関の検査を待っていられるような状況ではなかったのですから。
イーサファルトに戻ったら、まずはこのアレルカンを高値で売りとばそうだなんて、そんな大それた悪事を企んでいたわけでは断じてありませんでした。
できれば故郷に戻って、もう一度だけ友人達に面と向かって、心の底から自分の不信を謝りたかった。
自分は伝説の剣を手に入れる事が出来なかった、ふがいない男だった。
自分を信じて戦い続けることができなかったのだ。
どうか許して欲しい、と。
その友人の一人が武器屋を営んでいて、武器の目利きもしているらしいので、そこそこの値段がついたら、あるいは、彼にアレルカンを売ってしまっていたかもしれませんが。
でも、それは物のついでであって、断じて俺の目的などではありませんでした!
どうして俺はこうも運が悪いのでしょうか。
どうして今、目の前にアーディナル東軍を統べるブーレンス副将軍閣下がいらっしゃって、2つのワイングラスにホルト高地産の最高級ワインを惜しげもなく注いでいらっしゃるのですか!
――なぜだ。なぜこうなった。
俺は、自分の置かれた状況がまだはっきりとせず、夢心地だった。
ソファは黒い革張りで、温かみのあるシャンデリアが木材の壁を隅々まで明るく照らしている。
一車両まるごと高級ホテルのスイートルームのような内装が施されていて、ケチな賞金稼ぎの自分が場違いな存在であることを今さらながらに痛感してしまって、消え入りそうな心地になってしまうのであった。
「申し訳ないね、連絡を受けて大急ぎで駆けつけたもので、料理の準備がまだ出来ていないんだ」
俺は、料理の代わりに最高級ワインを振舞おうとする副将軍と向かい合い、ソファの上でがちがちに固まっていた。
ワインなんて、こんな状況ではとても口をつけられなかった。
いま酒が入ると、あまりの恐怖に、目の前の副将軍に向かってぶっ放してしまいかねない。
俺の隣には、小銃アレルカンが収まっている革のケースが置いてあるのだ。
いけない。
気をしっかり持て、どんな物語だろうと、そんな結末だけは、断固阻止しなくてはならない。
「おっと、疲れているところすまなかったね。慣れない間は、乗り物酔いをするだろう?」
そう言って閣下は笑い、俺の体調の事を気遣っていた。
おいおい、どうするんだリゲル。
副将軍閣下に一方的に喋らせたままでいいのか。お前もなんか言えよ!
心の中で自分を叱咤したが、いまさら俺が何と弁明したところで、連合軍の重鎮を騙してまんまと列車に潜り込んでしまっているこの状況から逃れる事は出来そうになかった。
ちくしょう、列車の動いていない間なら、まだ取り返しもつくはずだったのに。
あの後すぐ、
「じつはアイズマール一家がすぐそこに近づいて来ていたので嘘をついたのです、助けてください!」
とでも言って閣下にすがっていれば、しょうがない奴め、と呆れられたぐらいで、万事が上手く収まっていたはずだった。
だが、さすがの俺も動揺していて、そこまで機転を利かせることができなかったのだ。
閣下の大きな声は、黙って俺を列車に乗り込ませるほど力強い響きを持っていた。
閣下の眼力は黙って俺をソファまで運んで、黙って俺をすとんと座らせるほどの凄まじい神通力を持っていた。
そして俺が黙ってソファについている間に列車も黙って発車してしまったのである。
落ち着け、リゲル。
焦るな。
俺は30年間賞金稼ぎをやってきたんだぞ。
今までこんな危機的状況は、幾度となく潜り抜けてきたじゃないか。
気を鎮めた俺は、ついに腹を決めた。
ようし、こうなったら、最後までこのウソを突き通してやる――。
そう……このとき俺は、持ち前の詐称能力を駆使し、伝説の剣を持っているかのように振舞い続けることに決めたのだ。
そしてなんとか隙を見て、この列車から脱走する。
それが今の俺に残された、唯一の選択肢だった。
俺は明日の逮捕より、明日の逃走の日々を選ぶという、もはや完全に逃げ場の無い道を選択してしまっていた。
どうやら根本的なところではまだ混乱が収まっていなかったらしい。
副将軍閣下は、俺に向かって意味ありげに微笑むと、なにやらそわそわと手を擦り合わせた。
「そうだな、何から話せば良いか。……実は、このあと私は西軍の要人と会う約束があってね。列車はこのまま連合本部まで向かう予定だが、私は途中、イーサファルト王国で下車しなくてはならないのだよ」
「さ、左様でございましたか」
覚悟を決めた事で、辛うじて平常心を取り戻した俺は、閣下の質問になんとか生返事をすることができた。
「しかし聞いたところ、なんでも君はかの有名なイーサファルト王国歩兵師団の兵士だそうじゃないか」
「え、ええ。まあ……」
「そこでだ。少々列車の予定を変更することになるが、君も私にあわせて、イーサファルトに数日滞在するというのはどうかね?」
副将軍閣下は、とっておきのプレゼントを公開するかのように、うきうきして言った。
「本来ならば、このことは連合軍本部に先に報告すべきだろうが、その前に、イーサファルト国王陛下にこの由を報告できるよう、特別に手配しておこうではないか! どうだ、悪い話ではあるまい? 国王陛下に謁見できるのだ、故郷にも素敵な土産話ができるだろう、わははは!」
朝から何も食べていないのに戻しそうになった。
つまり、こういうことか?
この俺に、アレルカンの入った革のケースひとつを提げてお城に向かい、国王を同じように詐欺で騙してみせろ、ということか?
そんなこと、できる訳が……いや、ちょっとまてよ。これはチャンスかもしれない。
このまま列車が中部のイーサファルト王国に辿り着けば、すぐ隣にはアリハラン共和国がある。
西地中海に面した小さな国だが、ずっと昔から魔族の土地で、イーサファルト王国との間に因縁を持っていた。
大戦時も、連合軍への協力を頑なに拒み続けていた連中だ。
イーサファルトで降りて、そのまま南下してアンドラハル半島にゆき、ばれないうちにアリハラン共和国に亡命してしまいさえすれば。
そうすれば、連合軍はそれ以上、俺を追跡できなくなる。
魔族の土地というのがいささか不安ではあるが、上手くいけば、これ以上の安全圏はない。
俺は、慎重に慎重をかさね、それに伴う苦難のすべてを背負う覚悟で、承諾した。
「はい。ぜひ喜んで」
「そこでだ」
副将軍閣下は、諸手をぱん、と打って、うきうきした様子で言った。
「イーサファルトにつく前に、ぜひ私に『例の物』を見せてくれないかね!」
ほらきた。
俺の亡命への船路は、さっそく暗礁に乗り上げてしまった。
考えろ、リゲル=シーライト。
この場を、なんとかして切り抜けるんだ。
俺は、全身全霊をかけて、閣下に剣を見せないですむ言い訳を探した。
「はっ、副将軍閣下。それは私としても、願ってもないことです。閣下の寛大な計らいに、正直私は感服いたしております。ですが、残念なことが1つ、ございまして……」
「うむ?」
「今はこの剣はバーリャから持ち帰ったばかりで、多少、いえ、控えめに言ってもかなり不衛生な状態かと思われます……いまは蓋を開けた拍子に、せっかく用意していただいたお部屋を汚してしまう可能性がございます」
副将軍閣下は、残念そうに眉間にぐっとしわを寄せた。
相手が高い身分だからこそ、この言い訳が通じると信じ、俺は急かされるようにどんどんまくし立てた。
「後で、必ず副将軍閣下にいの一番にお見せ致します。それはお約束いたします。ですが、最高の状態でお目にかけるために、少々お時間をいただけませんでしょうか。今この剣の姿を閣下にお見せしてしまうのは、なんとも心苦しく、たまりかねます」
「ふうむ……」
「せめて、列車がイーサファルトに停まってから。そう、アンドラハル半島に立ち寄れば、イーサファルトでは広く名の知れた一流の鍛冶師がいますので、彼の工房に立ち寄って、剣を磨くお時間を頂いてから、閣下のお目にかける訳には、まいりませんでしょうか」
よし、うまいこと言ったぞ、俺。
アンドラハル半島にそんな鍛冶師いるのかどうかもわからんが、この列車がアンドラハル半島まで行ったら、そのままアリハラン共和国まで亡命だ。
だが、副将軍閣下は不満げな表情を変えず、なおも食い下がった。
「……疲れているところ大変申し訳ないが、リゲル=シーライト君」
しかし、副将軍閣下は、こんなことで引き下がるような安い人物ではなかった。
凄まじく頭が切れる。
閣下の目の奥が、一瞬きらりと光った。
「その剣が、本物に似せて作られた『まがい物』であるという可能性も十分にありうるのだよ。実際に英雄が持っている姿を見ていた私ならば、本物の剣かどうかはすぐに見分けがつくだろう。念のために、今この場で見せて欲しいのだ」
俺は、ぐっと息を呑んだ。
ははぁ、そうきたか。
どうやら、俺の事を完全に信用しているわけではなかったみたいだ。
それもそうだろう、連合軍がバーリャの剣にかけていた賞金の総額は、かなり莫大なものになっていた。
発見者に剣を横流しされないためには必要な措置だったのだが、そのせいで偽物の剣を作って、賞金だけせびろうとする不埒な輩も何人か現れただろう。
それこそ、副将軍閣下は嫌と言うほどそんな連中を見てきた。
戦後の荒廃した人心に、失望してきたに違いない。
だが、そんな失望をねじ伏せ、相手の僅かな信頼を勝ち取るのが、詐欺師というジョブだ。
俺は胸を張って、自信ありげに主張した。
「いいえ、その点に関しては、閣下にご心配いただく必要はまったくございません。なぜなら、ここにくるまでに一度、私は旅の途中のバーリャの神官に出会っています。そしてそのとき、この剣の真贋を確認してもらったのですよ!」
俺がとびきりのスマイルでそう言うと、閣下は驚いて目をむいた。
「なに、ひょっとして、常しえの河の神官に出会ったというのか?」
俺は、いかにも誠実そうな顔つきで、はい、と、はっきり頷いてみせた。
「ええ。間違いありません。神官にこの黄金に輝く宝石のような剣を見せたところ、『本物の剣に相違ない』とのお言葉を頂きました。その神官は修行の途中だったらしく、『切り立った岩山』には戻ることが出来ないとのことでした。この剣に関しては今は引き取る訳にはいかないので、連合軍の手から直接常しえの河の王に渡してもらいたいという事で、そのまま私が剣を運ぶ役目をおおせつかったのです」
「なんと……神官がそう言ったのか」
「はい、なのでこの剣が贋物である可能性は、まずございません。その点は、ご安心ください」
俺は大胆で、かつそれゆえにかなり真実味のある嘘をついた。
もちろん、こんな大ウソ、動かざる岩山の頂上にある神殿に確認を取れば、嘘っぱちだなんて事はすぐにばれてしまうだろう。
だが、通信機もない山奥の神殿まで確認を取りに行っている間に俺はおさらばだ。
俺の真っ赤なウソを真に受けた副将軍は、押し黙ってしまった。
バーリャの剣は、元々、常しえの河の王が代々受け継いでいた宝剣だ。
そこの神官が本物だと証言したとなれば、ちょっと近くで見たことがある程度の東軍の副将軍が、一体なにを言おうと疑いを挟む余地なんかない。
たぶん、閣下はケースの中に剣の模造品が入っている可能性を考えているのだろうけれど、そうなると、副将軍がその剣を検分したところで、意味をなさない。部屋を汚してしまうだけだろう。
実際は、目利きどうこう以前に、ケースを開けた瞬間にすべてがウソだとバレてしまう。
剣どころか、銃だからだ。
このケースを絶対に開けさせないこと、これが俺の生命線だ。
何があってもだ。
さらに俺は、相手に考える時間を与えないよう、次々とまくし立てた。
「それよりも、閣下の方こそご多忙の中お越しになったのですから、さぞやお疲れのご様子ではございませんか?」
「む……」
副将軍閣下は、俺にそう指摘されて、はじめて年老いた顔に疲労の色を浮かべた。
よし、これはかなりきている。
あと一押しで崩れるぞ。
俺は、ミッドスフィアの星くず劇場の劇団員なみの大げさなジェスチャーを交えて、渾身の演技でたたみかけた。
「長年探し求めていた剣が見つかったことは、連合軍にとって一大事件です。閣下がご心配なさるのは無理もございませんが、いまはイーサファルトに着くまで僅かに残された貴重なお時間です。まずはご自身のお体の事を心配なさってください。
大丈夫ですとも、何があっても、この列車には大勢の兵士達がいるではありませんか。剣のことはすべて兵士にお任せくださって、閣下は安心してお休みくださればいいのです。大丈夫です、この剣は『私たち』兵士が、命に代えても護ってみせますから!」
俺はきらっと歯を光らせ、話術だけでいつの間にか閣下の兵士の1人に潜り込んでいた。
俺の二枚舌は衰えるどころか、年を経るにつれてますます力強くなっていくような気さえした。
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