第12話
「お前はお前で、連中に騒ぎを起こして欲しくないんだろ? 頼む、だったらここは俺に協力してくれないか。頼れる奴はお前しかいないんだ。ここは、俺とお前で、手を組んで乗り切ろう」
「……確かに、その方が安全かもしれませんね」
「助かる! ああそうだ、ついでに、次の発車時刻も聞いておいてくれよ」
少女は、聞いていたのかいなかったのか。
いや、たぶん耳がいいから全部聞こえていたはずだろう、巾着を抱えたまま、警備兵の方にてくてくと歩いていった。
柱にもたれかかっていた警備兵達は、近づいてくる美少女の気配に気づいて、さっと姿勢を正していた。
やっぱり頼りがいのない連中だ、少女と話をしている間じゅう、頬がゆるみっぱなしだった。
俺は、警備兵たちが少女と話し込んでいる様子を、じっと見守った。
ちらり、と列の前方を見やると、問題のゲートの前では、まださっきの迷惑な若者が兵士と悶着を続けている。
「よし、いまだ」
警備の目が、完全に俺から逸れていた。
俺はアレルカンの入ったケースを握り締め、一気にその門目指して駆け出していった。
「なによ、あんた!」
「おい、列に戻れ!」
ただでさえ進まない列に辟易していた連中から、非難めいた声が飛んできたが、いちいち気にしてなんかいられるか。
俺はペテン師の演技力を発揮し、たった今、バーリャ平原の過酷な旅から帰還してきたかのように息を荒くし、体の節々を痛めているかのように辛そうな走りを心がけ、いかにも苦しそうな枯れ声を出した。
「ま、まて、ぜはー、ぜはー、お、俺の方が……さ、先だっ! うおっ!」
ふらふらと前のめりになりながら、税関の兵士に呼びかけた瞬間。
足がもつれて前につんのめり、若造に背後からタックルをかました。
「へっ? ……うっぎゃあぁぁぁ!」
若造は、大げさな悲鳴を上げて倒れ、俺と並んで通路脇に転がった。
俺は、飛んでいった革のケースを慌てて探す振りをして、その間にちらりと若造を見やった。
若造はわき腹を押さえて、倒れたまま悶絶し、しばらく立ち上がろうとしなかった。
ふん、人体急所のひとつ、みぞおちに肘を入れてやった。
当分の間、呼吸すら難しいだろう。
俺は苦悶の表情を浮かべて、精一杯立ち上がると、有無を言わさず検査台の上にどんとケースを置いた。
「悪いが、こっちを先にしてくれないか! 私は(元)イーサファルト王国第三師団第八十八歩兵連隊所属、リゲル=シーライトという者だ!」
あっけに取られていた税関の兵士達も、中部最強のイーサファルト王国師団の名を出すと、はっと我に返ったように姿勢を正した。
「じ、自分は、フェルスナーダ新政府軍第一師団、第四憲兵連隊所属、ヴォルク=カン巡査であります!」
「同じく、フェルスナーダ新政府軍第一師団、第四憲兵連隊所属、ヒ=タイチであります!」
ふむ、なかなか気持ちのいい返事だ。
ミッドスフィアではこんなもの、乞食の日々の糧になっているような肩書きでしかないけどな。
だが、中部の影響力が強いこの辺りでは、まだまだ俺の軍人としての経歴が十分に通用するらしい。
俺は、突然胸の辺りに走った激しい痛みを堪え、一瞬顔をゆがめた。
「ぐ、ぐううっ! む、胸が……!」
「大丈夫ですか!」
兵士達は血相を変えて、俺の体を支えた。
よし、いける。俺の演技を疑っている様子は微塵もない。
こいつらなら、俺の言いなりにすることも可能なはずだ。
勝負に出るなら、今しかない。
俺は今にも死にそうな顔をして、革のケースを叩いて訴えた。
「触るなぁッ! 私の、ことは……げふっ、どうでもいい。それより、私はとある極秘任務(笑)の途中、偶然にもバーリャで失われた『例の物(笑)』を見つけてしまったのだ!」
「え…………えええええっ!」
兵士達は、俺の衝撃的な告白に、そろえて大きく目を見開いた。
「早く、ここを通すんだ! 私はイーサファルト王国軍法第四条第十三項に相当する、国家的な使命(無用な戦闘の回避・および逃走の義務)に基づき、直ちにこいつをミッドスフィアの軍本部に届けなくてはならないのだッ!」
俺は、銃の入った革のケースをばんばんと叩いて兵士たちを急かした。
フェルスナーダの兵士達は驚きのあまり、まごつき、どうしたらいいのか戸惑っている様子だった。
割り込まれた若造は、ようやく呼吸ができるようになったらしい、みぞおちを押さえたまま、ぽかんと口を開いて、俺たちのやり取りを眺めていた。
「いいから、早く通せ! 事によってはお前らのクビなど軽く飛ぶぞ! 末端のお前たちは知らんのかもしれんが、これはイーサファルト王国師団の行く末を左右する重大な――」
「ど、ど、ど、どうぞ、お急ぎください!」
「ありがとうッ! 大いに感謝するッ!」
俺がもう一言念を押そうとすると、彼等はすばやく道を開けた。
ふう、よかった。
間抜けな兵士達でよかったぜ。
とっとと列車に乗もう。
俺は革のケースを提げ、難なく税関を突破したのだった。
背後から何か大きな声が聞こえた気がして、振り向くと、列に並んで待っていた連中から、俺に向かって盛大なブーイングが浴びせかけられていた。
どいつもこいつも手で不満を表していたが、顔がにやついていた。
たったひとり、何が起こったか分からない様子の若造だけが、ぽかんとした表情で突っ立っている。
やっぱり俺の天職はサギ師かイカサマ師だろう。
賞金稼ぎの後は、いずれかになりそうだ。
門を潜った辺りで一度振り向き、アイズマールの部下たちがまだ来ていないことを確認するついでに、彼等に向かって軽く手をふってやった。
じゃあな。
良い旅をしろよ。
しかし、驚くほど簡単だったな。
公共施設のセキュリティがこんなに簡単に突破できていいものだろうか。
自分で騙しといてなんだが、ここの危機管理が少し心配になってきたぞ。
俺は、警備兵に先導されるまま、すでに数名の乗客たちが乗り込んでいる列車へと向かっていった。
「お急ぎください、四番乗り場に、すでに専用車両を待機させております!」
「うむ、分かった」
四番乗り場に……ん? あれ、なんだって?
聞き返す間もなく、俺は乗りたかったイーサファルト行きの列車をあっさり通り過ぎ、陸橋を渡って、広々とした乗り場のさらに奥へと向かった。
そのとき、俺は見てしまった。
乗り場の奥にもう1台。
明らかにその『専用車両』と思しき、雄々しく黒光りする重装甲の列車が待ち構えていたのを。
俺は、ぽかんと開いてしまった口を何とか元に戻そうと努めた。
各車両の横についているのは、巨大な浮力管。
車輪のような紋章を描き、すでに魔力が全体に通って、青白い炎を放っていた。
先頭車両の機関部分からは、炉から発せられる熱気のようなびりびりくる凄まじい魔力がほとばしっている。
発車する準備は、すでに整っていた。
俺は自分がとんでもない嘘をついてしまった事に、今さらながら気がついた。
まさか、そんな、ありえない。
なんてことだ、こいつは、軍が特別なときに利用する『軍事専用車両』だ。
俺は、何度も自分の間の悪さを呪った。
こんな列車が来ているタイミングで、こんな嘘をついてしまうなんて!
軍の関係者のみが利用する事を許された専用車両のドアから、何者かが姿を現した。
四角い顔に白い顎髭を生やした、いかめしい老人が顔をのぞかせ、タラップの上に立った。
一瞬、車掌さんか? と思ったが、襟に飾られた勲章の数はゆうに2桁に達しており、額には生々しい向こう傷が刻まれている。
その姿は、数年しか軍に在籍していなかった俺ですら軍隊式の敬礼を行いそうになるほどの威光を放っていた。
どうやら俺なんかとは比べものにならない、ハイランクの軍人だ。
車掌は、俺の到着をどれほど待ち望んでいたのだろうか。
満面の笑みを浮かべて、声高にこう言った。
「君か! 西部の魔境から、英雄の剣を持ち帰った勇士というのは!」
なに、いったい何のことだ、いったいどういう事だ。
頭の中がしびれて、何がどうおかしいのかの判断ができなかった。
いつ、俺のさっきのウソが車掌にまで伝わったんだ?
分かるのは、とにかく、車掌は妖精じみた耳のはやさだということぐらいだった。
車掌の乗る列車は、警護している兵士達の数も、半端ではなかった。
完全武装した兵士達が、一個中隊じゃききそうにない、大隊か、下手をすれば一個連体ぐらいの数で乗り場を埋め尽くしている。
俺はいつの間にか、そいつらに辺りを完全に包囲されていて、その場から逃げ出すことさえままならなかった。
車掌が脇に従えていた兵士、それもエカ神みたいな最高級の甲冑に身を包んだ上位兵が手で指示を出すと、彼等は機械のように敬礼を解き、鉄の鎧の擦れる音が、スダダダダッとマシンガンのように乗り場に響きわたった。
俺は革のケースを抱えこんだまま、なんとか気を失わずにそこに立っているのがやっとだった。
知らないところで、どんどん話がでかくなっているような気がする。
もう笑えるような冗談じゃなくなってしまった。
車掌だけがひとり上機嫌で、にこやかな笑顔を絶やさなかった。
おい、これ……一体どうなってしまうんだ。
どうする、リゲル。
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