大自然の猛威

第7話

 バーリャ平原に挑戦する前の俺には、多少なりとも勝算があった。


 アイズマールに一瞬だけ見せて貰った、あの古地図には、列車が発見された場所以外にも、同じ色でいくつかマークがつけられていた。

 多少の魔法もかかっていたし、恐らく以前、誰かがバーリャの剣を探索するときに実際使っていたものと考えて、間違いないだろう。


 マークがつけられているのは、すべて大陸横断鉄道よりも南側の一帯だった。

 それらは、地図を使っていた捜索者が目当てをつけた場所だったり、すでに捜索を終えた場所だと考えていい。


 だが、アイズマールの言っていたあの新しい証言。


「唯一の生き残りの使者が黄金の剣を持って平原を歩いていた」


 という目撃証言から考えれば、その使者は黄金の剣を、後からやってくる捜索者に決して見つからないよう、隠そうとしたはずだ。


 そして、その使者は東部に戻ってきて、同時にこう証言している。


「黄金の剣は鉄砲水によって流された」


 鉄砲水は、決まって平原の北から南に向かって流れる。

 つまり、大陸横断鉄道の南側に流されたと、ウソの証言をしたのだ。

 ならば、とうぜん俺たちが探すべきは、鉄道の北側だった。


 それも、鉄道からさほど離れていない場所になるはずだ。

 後になって自分で取りに行けるよう、線路の横木の本数や、そこから見える目印のようなものが必要だからだ。


 この平原で、ゆいいつ動かない目印といえば、西端の『動かざる岩山』にほぼ限定されてくる。

 大陸横断鉄道と、『動かざる岩山』。

 この2つの目印の交点に、なにか手がかりがあるはずだ。


 俺はザクセンから西に向かって歩き続け、雲までとどく壁みたいな『動かざる岩山』を遠目に見つつ、怪しい場所で地面に手をかざしていった。


 俺の魔力感知センサーは、使用の制限もなく、使い放題だった。

 聞くところによると、黄金の剣は凄まじい魔力を持った魔剣だった、と聞く。

 地中深くに埋まっていても、俺の能力を使えば、探し当てることができるはずだ。


 チャンスは、アイズマール一家が逮捕されている今しかない。

 奴が俺と一緒に投獄されてから、もう2ヶ月が経過している。

 はやいとこ見つけて、こんな平原とはおさらばしたかった。


 地道な捜索を始めて、三日目だった。

 そのとき、ちょうど空と荒野の境目から、二足歩行の毛深い牛どもが近づいてきているのに気づいた。


 シカの頭蓋骨を先端に取り付けた杖を、上げたり下げたりしながら、もーももー、もーももー、もーももーもーももー、と、愉快な雄たけびをあげている。


 連中がバーリャの原住民、イリオーノだというのは、遠目からでもすぐに見分けがついた。

 あんまり愉快なダンスだったので、最初は名も無き偏狭の部族たちが、バーリャに足を踏み入れたばかりの異邦人の俺を歓迎してくれているんだろう、と想像した。


 だが、どうやら『歓迎』の意味が違ったらしい。

 このとき連中は、俺の血肉で喉の渇きを癒そうと、死に物狂いで追いかけてきているらしかったのだ。


 そうとは知らず、俺はぴょんぴょんと跳びはねる数十頭の牛頭どもに、まんまと取り囲まれてしまっていた。

 俺はすっかり客人気分でのんびりしていて、まさに危機一髪だった。

 そのまま全員でタイミングを合わせて押さえ込まれていたら、今頃はどうなっていたかわからない。


 だが、幸運な事に、渇きに耐え切れずにフライングしてきた奴が一頭いた。

 俺はそいつを銃のケースで打ちのめし、すぐさまアレルカンを引き抜いて周囲に乱射した。

 連中がひるんでいる隙に、牛臭いその包囲網から脱出してきたのだった。


 そして、連中はその時から執拗に俺を追跡しはじめた。

 俺の血の量なんてたかが知れているだろうのに、とてつもない執念めいたものを感じた。

 昼も夜も、うかうかと休めない。

 俺は相手にするだけ無駄だと自分に言い聞かせて、歩き続けていた。


 イリオーノは、多少銃で撃たれても平気で前進し続けるほどタフだという。

 あんな数をいちいち相手にしていたら、こっちの身が持たないだろう。


 もーもーうるさい連中を引きつれながら、歩き続けて居ると、どこからともなく別の群れが合流し始めた。

 俺の後をついてくる牛頭の数は、次第に数が膨れ上がって行き、最終的には5000人近い数にまで膨れ上がっていた。


 背後からは、大移動する牛たちの声が、もーもーもーもーとひっきりなしにうるさく響き渡っていた。


「牛どもオォォォ! この銃が見えるかアァァァ!」


 執拗に俺を追い回してくる牛に辟易した俺は、アレルカンを胸元に引き寄せて連中に照準を合わせ、めいいっぱい声を荒げていた。


「こいつは、世界大戦で東軍のアレルカン師団が開発した、フルオート式二価魔法銃、通称『アレルカン』だッ! ただ鉄の弾をはじき飛ばすだけの従来の単価魔法銃とは、性能が違う! 銃倉に埋め込まれたもう一つの魔石で鉛製の弾を際限なく生み出し、補給し続けるから、半永久的に弾が尽きる事はない! わかるか牛ども、お前らが何千匹束になってかかってこようが、俺に勝てる可能性なんてのは、これっぽっちもないんだよ!」


 俺は、入隊時代に座学で習った二価魔法銃の知識をひけらかしてみた。

 従軍経験というのは普段の生活でも何かと役に立つものである。


 そういえば、その魔石工学の授業では、こういうことも言われていたな。


 たとえ質に良し悪しがあっても、この世に純度100パーセントの石というものは存在しない。

 なので、一種類の魔石から純粋なひとつの効果だけを取り出すのは、非常に困難であると。


 なので、魔石を組み込んだ器機は、長時間使用したり、あまり魔石に負担をかけすぎたりすると、『誤呪ごじゅ』と呼ばれる、設計者の予期していない魔法の副作用が発生し、故障しやすくなるのだ。


 魔法銃の場合、引き金が凍結して動かなくなったり、火力を弱くしてしまったり、銃弾を溶かして弾詰まりを起こしてしまったり……などなど。


 要するに、魔石を多く使う銃ほど故障しやすく、専用の革のケースに入れて運ぶなど、より丁寧な扱いが必要になってくる、という事だ。


 俺のアレルカンを預かってくれていたスメルジャンの手入れを疑っている訳では無い。

 あいつももう鍛冶師の親方だし、武器の扱いならじゅうぶん心得ているはずだった。

 だが、もう10年も使っていなかった銃なので、できることなら長期的な戦闘は避けたいところである。


 俺は、その点をちゃんと踏まえた上で、理性的に牛どもと交渉を進めていたのだった。


「こんなところで争っても、お互いになんのメリットもない! 俺も正直、貴重な時間をこんな無駄なことに浪費したくはないのは分かってくれ! ここは、いったん俺から手を引いた方が建設的だぞ、そうは思わないか! ええっ!」


 牛どもは、分厚い毛皮の間から湯気をもうもうと上げ、つぶらな真ん丸い目で俺をじっと見つめていた。

 熱中症か、はたまた空腹からか。だんだんと足元がふらつき始めている。

 かわいそうに……。

 連中は連中で、生きるか死ぬかのギリギリのラインで、俺を追跡しているみたいだ。


 ――くそっ、やはりあの時「あれ」を見てしまったのが悪かったのか……!


 俺は内心、舌打ちをした。

 実は、さっき飛び掛ってきた一頭を殴り倒したのだが。

 そのとき、はずみで牛の首がすぽんっと外れてしまったのを見てしまったんだ。


 いや、俺も驚いたのなんのって。

 まさか、殴っただけで、牛の首が取れるとは思いも寄らなかった。


 そいつの頭は、熟れた栗の皮を剥くみたいに中身がむき出しになって、毛皮の下に人間そっくりな頭までついていた。


 おいおい、獣人ども。

『変身魔法』って、ひょっとしてそういう事かよ?


 と、俺は思わずすべてを理解した気になった。

 同時に、見てはならないものを見てしまった、という事実にも気づいてしまった。


 そこで、長年ダークサイドで生きていた俺は、イカサマ師として培った演技力を総動員した。

 自然に視線を明後日の方向にそらし、『何も見てなかった振り』をする事に成功した。


 しかし、イーサファルト人の演技力を駆使しても、連中をごまかすことはできなかった。

 牛どもは俺をこのまま生きて帰す訳にはいかない、と考えたらしい。

 それ以降、この牛どもの群れは執拗なまでに俺を追ってくるのだった。


 それにしても、なんで正体を見られただけで、こんなに必死になって俺を追い回すんだろうか。

 最初は不思議だったが、連中を背後に引きつれて歩いているうちに、俺にはその理由が次第に分かりはじめていた。


 こいつらは全員、本物の獣人じゃない。

 獣人の姿を借りて荒野に隠れ住んでいる、ただの『人間』だ。


 そう思ってよく見れば、歩き方からして行軍に慣れていないのがよく分かる。

 中には子どもらしき背の低いのもいる。

 明らかに、荒野での生活に特化した獣人の歩き方ではない。


 人間がわざわざ荒野で牛のふりをして生活している理由は、よく分からなかった。


 だが、たいした武器も持っていないみたいだし、これでは本物のイリオーノの群れに遭遇したとき、ひとたまりもないはずだ。

 だから、強い牛頭の部族に擬態することで、自らの身を守っているのだろう。

 それゆえの着ぐるみ、生存戦略だったのだ。


 だが、だからって俺がみすみす連中に食われてやる理由にはならない。

 この状況下で、通りすがりの流浪の民の行く末がどうとか、そんなぬるい気遣いが一体どれほどの役に立つというのだろうか?

 俺はとうとうキレて、空に向かって銃を2、3発ぶっぱなした。


「暑いか! 暑いならもういい加減、その毛皮を脱いだらどうだ! ええっ、偽装牛肉どもっ!」


 俺の忠告が奴等に届いたのかどうかは定かではない。

 もーもーと喚いていた牛達はぴたりと鳴くのをやめ、広い肩を揺らしながら、のそのそとした動作で左右に部隊を展開し始めた。


 すると、やがて、群れの奥にいたリーダーと思しき巨大な一頭が堂々と杖をつき、ゆるゆると前に進み出てくるではないか。


 ニセ牛どものリーダーは、見ているだけで暑苦しくなってくるような格好をしていた。

 黒々とした毛皮をゆすり、他の連中よりぬきんでて高い所にある牛の頭をぶるぶる振っている。

 それにつられて、三つ編みのツインテールみたいな耳もぷるぷる震えた。


 さらにその牛の頭は、いったいどういう仕組みなのか、四角い顎が臼のように動いていて、くちゃくちゃと噛み煙草を噛んでいた。


 口が動いている。

 いったいどうやっているんだろう。

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