第6話
アーディナルを救った英雄は、『
終戦後、連合軍はその英雄の遺品を分配し、かつて魔王を討伐した『光の勇者』の装備と同様に、それぞれの国で厳重に保管することになった。
そして、その遺品のひとつであった、バーリャ地方の統治者の証である黄金の剣は、バーリャの王スヴィッチバックに返還される事になったのだ。
7998年の夏の後期エア(夏至)の14日。
終戦から5年が経過した頃。
すでに大陸横断鉄道も開通していて、命がけの行軍をしていた『常しえの河』との往来もかなり容易になっていた。
使者達は、列車に乗って大陸を横断し、翌月には『動かざる岩山』の神殿に至り、黄金の剣の受け渡しを完了する……予定だった。
ところが、剣を乗せた列車は、平原の途中で忽然と姿を消した。
護送中の剣も、使者数十名と共に行方不明になったのである。
10名の使者のうち、唯一生き残ったのが、ヒスパイト・デル・エルニコフ准尉。
たった1人、連合軍に戻ってきた彼の言によると、
「旅の途中で列車が現地の蛮族に襲われていて、それに応戦している最中、平原の上流からとつぜん鉄砲水が襲ってきて、使者の一団は、列車ごと下流に押し流されてしまった」
という事だった。
バーリャでは、乾季に上流で雨が降ると、何の前触れもなく大河が生まれて平原を飲み込んでしまう『鉄砲水』と呼ばれる異常気象があった。
すぐに近くの岩山に登れば助かるが、蛮族との応戦に追われていて、鉄砲水の接近に気づくのが遅れてしまったというのだ。
エルニコフ准尉の証言を元にして、連合軍はすぐさま剣の捜索をはじめた。
だが、なにしろバーリャ平原は途方もなく広い未開の地だ。
砂漠で一本の針を探すような困難な作業となった。
それからもう、25年の月日が流れていた。
連合軍の必死の捜索にも関わらず、見つかったのは、激しい水圧に押しつぶされ、下流の岩山にひっかかっていた列車が1両だけだったという。
列車には、獣の爪痕がいくつも残されており、これによって准尉の「蛮族に襲われていた」という証言が正しかったことが証明された。
結局、剣は海まで流されたのだろう。
正式な剣の持ち主となるはずだったスヴィッチバック王の意向もあり、捜索はいったん打ち切られた。
俺がそんな財宝の話をしている間は、店にいる誰もが俺の話に聞き入っていた。
……ほら、やっぱりな。
こいつらもみんな平凡な暮らしに落ち着いてはいるが、今でも夢に溢れた話に魅力を感じないわけじゃないんだ。
東部では、今でこそ剣の話をすれば笑われてしまうが、当時は連合軍から莫大な賞金がかけられていて、賞金稼ぎギルドでも伝説の剣の捜索がおおいに流行したものだった。
「その、唯一の生き残りの証言って言うのがなんか怪しいな。すぐには信じられないが」
おっ、さすがアレクセン。
そのずばり的を射た指摘に、俺も深く同意した。
「ああ。唯一の生き残りは鉄砲水に流される前に、近くの岩山にたどりつくことができて、なんとか生還することが出来たと言っていた。
お前の言った通り、准尉の証言は当時からかなり怪しまれていたんだ。黄金の剣を探していた連中が、あまりに見つからないので、よからぬ噂を広めたりしていた」
「1人だけ生き残ったのはおかしいって?」
「そうだ。大手のミッドスフィア中央放送局が、それをニュースで取り上げたおかげで、世間の連中も准尉の証言を疑い始めた。
准尉は連合軍に匿われていて、誰も直接話を聞くことはできなかったから、さらに報道は過熱した。
けど、連合軍が下流で列車を発見して、准尉の証言が正しかったことが証明されると、ころっと掌を返して、以降は伝説の剣に関する番組そのものが取り上げられなくなった。ひでぇ話だ」
「でも、お前はその剣を見つけるんだろ? どうやって?」
スメルジャンは、疑り深そうに言った。
「さすがにそれはちょっと無謀なんじゃないの? もう何十年前の話なんだろ、それ」
ほらきた、予想通りの反応だ。
だが……俺には秘策がある。
アイズマールが一瞬だけ俺に見せた、古地図。
あの地図の内容を、俺は瞬間記憶し、正確に書き直すことができた。
さらに俺には、『魔力を読む異能』がある。
興味津々の戦友たちを前に、俺はここぞとばかりに胸を張った。
「無謀だと思うだろう? だが、たったいま俺の元に、とんでもない情報が舞い込んできたのさ」
連中は前のめりになって、期待に満ちた目で俺の次の発言を待っていた。
俺は連中の顔を見渡すと、にやりと笑って言った。
「ところが! バーリャを目前にして、俺は立ち寄った故郷で路銀を使い果たしちまった! まったく、今晩の宿代すら危うい状況だ! 旧友たちが情け容赦なくカードに勝ちまくったからだ! ところでお前ら、このゲーム俺に負けてくんない?」
俺があまりに卑怯な手でカードの続きを始めようとすると、仲間たちは今まで以上に大きな声で笑ったのだった。
「やれやれ、お前はちっとも変わってないな。まだ20代かそこらに見えるぜ」
ちょっと渡すものがある。
スメルジャンはそう言って、酒場から出て行った。
俺の対面にいた毛むくじゃらの男は、俺の冗談にはじめ目を輝かせて聞き入っていたが、不意に真面目くさった表情になって、俺を見つめた。
俺はすこし斜めに身構えた。
まるで神父が口うるさい説教を始めるときのような目つきだった。
「リゲル、つまらない意地を張ってまで、勝ち目のない戦いに挑む必要はないんだからな?」
アルドスは、髭を膨らませて、いきなり核心をついてきた。
ようやく思い出したが、こいつはアルドスだ。
顔も煤だらけになっていて、まったく分からなかった。
あと、頭もかなりハゲている。
こいつは仲間内でも俺の事を一番よく理解していると思う。
一番古いつきあいで、同じ日に同じ寺院で産まれた仲だった。
「俺たちと一緒に、イーサファルトに根を下ろすつもりはないのか」
その魅力的な提案を、俺は首を横に振って払いのけた。
それだけは、何があっても許されない選択だ。
「もう人生の半分を根無し草として生きてきた。ここまでくると俺の天命というやつだ」
「リゲル」
アレクセンが何か言いかけたが、俺は視線でそれを拒否した。
「気持ちよく見送ってくれよ。俺はいま、人生で最大の賭けをしているんだ。このまま力尽きて倒れる瞬間まで、この手にサイコロを握っていられるかどうか……イーサファルトを出たときから、俺の答えはもう決まっているんだ」
たとえこの身がどうなろうとも、最後まで賭け続けると誓った。
俺がにやりと笑うと、アルドスは、禿げ上がった頭を掻きながら言った。
「まあな。こんな片田舎じゃあ、お前の満足いく生活はできんだろう。鍛冶師の俺たちも坊さんと同じく慎ましい暮らしを送っているところだよ……」
そう言って、彼は今日の勝負で獲得した軍資金の中を探り始めた。
なにかと思って見ていると、彼は銀貨を1枚掴んでテーブルの上に置いた。
「俺もお前に賭けてみるよ。もし剣を見つけたら、そのとき倍にして返してくれ」
彼はそう言った。
銀貨はいまでこそ使われていない貨幣だったが、B級の賞金首にかけられる金額とほぼ同じだった。
驚いて声も出せずにいると、先ほどまで腕を組んで黙っていたアレクセンも頷き、彼にならって懐から財布を取り出した。
「じゃあ、俺もお前に投資するよ。列車代の足しにしてくれ」
彼はそう言って、もう1枚、銀貨をそっと机の上に置いた。
まさか、切れ者のアレクセンまで俺が財宝探しを成功させると信じている訳ではないだろう。
彼はこの金を使って、俺にもう一度人生をやり直せと言っているに過ぎない。
文字通りの、投資だ。
「いや、だけど」
俺はしばらく言葉に詰まって、2枚の銀貨を見下ろしていた。
ミッドスフィアではしばらく触れたことの無かった暖かみに、胸が熱くなる。
ちくしょう、俺らしくもない。
「リゲル、あったぜ。こいつを探してたんだろ?」
先ほどからどこかに行っていたスメルジャンは、細長いケースを両手に抱えて戻ってきた。
光沢のある牛革のカヴァー。
妙に懐かしい。
連合軍で俺たち歩兵に支給された武具のケースだった。
そいつをテーブルの上にどんと置いて、蓋を開けると、妙に懐かしい古ぼけた小銃が中に納まっていた。
「これ、俺のアレルカンか……?」
俺の腕の長さとほぼ同じ鉄製の銃身。
体に添えやすいように滑らかな曲線を描いたオーク材の銃台。
柄には二価魔法銃の刻印W(テノ)が刻まれ、銀の縁取りがその周りを飾っていた。
手にとってみると、隅々まで手入れが行き届いていた。
焚き火のような熱い魔力を放つ激鉄は、今もぎらぎらと危なっかしいほどに輝いている。
「いつか、こいつを返そうと思ってな」
スメルジャンはにかっと笑って鼻をすすり、俺を涙ぐませた。
こいつ、こんなにいい奴だったっけ?
父親になったせいかもしれないな。
俺も父親になったら、こんな風に変わることができるんだろうか。
アルドスは、そんなスメルジャンに向かって、そっと帽子を差し出した。
「なに?」
と訝しげに尋ねるスメルジャン。
アルドスは低い声で言った。
「本日最後の賭けだ。こいつが将来、大金を掴んでここに戻ってくるかどうか……お前もひと口賭けてみろよ?」
と言うと、スメルジャンは空に向かって大息をついて、俺たちに向かって噛み付くように言った。
「お前ら、俺が今日どれぐらい大負けしたか、分かってて言っているのか!」
スメルジャンがキレて、俺たちは全員、腹を抱えて大笑いした。
天井に吊り下げられたランプに灯が点されて、テーブルの上でからからと回った。
気が付くと、夜が更けていたけれど、俺たちの周りは明るかった。
こいつらと一緒に毎晩酒を飲んで過ごせたなら、どれだけ楽しい人生だろうかとも思った。
不意に、我に返って寂しく思う時があった。
けっきょく俺がこいつらにしてやれる事は、せいぜい、こうやって楽しい話をして、場を盛り上げてやる事だけだったのだと。
だったら最後に、せめてウソじゃない、本物の土産話をくれてやろう。
胸躍るような、本物の冒険譚だ。
翌朝、そんな気持ちを胸に、俺は一枚の切符を片手に駅の構内に立っていた。
布張りの屋根が、幌のように乗り場をやさしく包み込んでいた。
朝靄の向こうで入り乱れている線路の向こうから、膨大な量の白い蒸気を吹いて、魔力列車はやってきた。
俺は肩にかけた皮のケースの帯を直し、おもわず身震いするような汽笛を聞いた。
人生最後の賭けに参加するために、俺は西行きの列車を待っていた。
朝日と共に東からやってくる列車は、カウキャッチャーを赤く染めながら、真っ直ぐ駅に入構した。
そして俺は、ついてしまったウソを本当にするために、西部へと旅立ったのだ。
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