第5話

 ガキの頃よく通っていた酒場に立ち寄った俺は、マスターに「ジンバックをジン抜きで」と頼んでジンジャエールをもらう懐かしいやり取りをして、静かに友誼を深めようとしていた。


 ところが、偶然そこにかつての戦友たちが集まっていため、金もないのにそのままビジューをするハメになっていた。


 このゲームで勝つポイントは、いま袋の中にどんな種類の魔石が入っているのか、を推察すること。


 負けそうなときは、掛け金の安い魔石を引いてダメージを最小におさえ、勝てそうな時は、掛け金の大きな高い魔石を引いて、がっつり儲ける。


 そのため、遠くからでもすべての魔石の位置が分かる俺の独壇場だった。


 だが、王国ルールでは袋の中の魔石を何秒かき混ぜていようと自由。

 本当に長くやっていると、指先の感覚だけでどの魔力をもつ魔石か大体分かるようになるため、こいつらの魔石場をそろえる早さは段違いであった。


 俺の異能力によるアドバンテージが通用しない時点では、まだ勝負は互角と言えた。


 だが、それにしたって、こいつらの強さは半端ではない。

 ただの田舎のおっさんに過ぎないイーサファルト人の手強さと言ったらなかった。


 連中は日々鉄を鍛え続けることによって、心まで鋼のように鍛えられているに違いない。

 大都会でプロをやっていた俺が、初戦はオーラスまでじり貧に追い込まれていたほどだ。


「いやあ、しかし懐かしいな。またこの面子が顔を揃えるなんて」


 俺の上家に座っているアレクセンは、木香のいい香りをさせながら、ひやりと冷たい『水の魔石』を場に放り投げた。

 この魔石は『冷たい』。

 指先の感覚でもっとも判別しやすい石だ。

 価値が2番目に低く、勝っても2000点にしかならない。

 いかにも、いいカードが揃ってなくて、逃げにまわったかにみえる。

 だが、世間話をして俺たちの注意をそらそうとしているのが透けて見えて、なんとも白々しかった。


 アレクセンは、軍で出会った『魔法兵』だった。

 とても物静かな奴で、物腰が柔らかくいつも控えめ。

 この中では一番女にもてる要素を兼ね備えていた。


 その反面恐ろしく計算高くて、窮地に陥ると不意にとんでもない計画を打ち出す事があり、俺たちの度肝を抜いた。

 むろん、ゲームも桁外れに強い。

 いちばん油断してはならない奴だった。


「世界大戦が終わって、一度はみんなばらばらになっちまったからな」


「へー、俺以外にイーサファルトを出ていったやつがいたのか?」


「ああ、スメルジャン以外は、みんな国外に出稼ぎにいってたな。俺も一時、ドラゴン・アイに単身赴任してたし。いまイーサファルトに住んでるのは、ここにいる3人ぐらいだよ」


「スメルジャンはいま何をしてるんだ? 親父の跡を継ぐの、嫌がってたじゃないか」


「ん……まあ、いろいろと考えが変わったし」


 スメルジャンは、昔と変わらない黒髪のおかっぱで、俺と同じ『歩兵』だった。

 椅子の背もたれに浅くもたれかかって、気力のない目で手札を見下ろしている。

 いかにもだるそうだ。


 連合軍に在籍していた頃の記憶によれば、落ち着きがなくて、いつもメソメソしてばかりいたスメルジャンは、ビジューでもそれほど駆け引きの上手な奴ではなかった。

 だが、今の彼の目は、非常に落ち着いている。

 いったい彼に何があったのか、俺は知らなかった。

 彫りの深くなったその顔からは、まったく手が読めなくなっていた。


「ティン」


 スメルジャンが宣言と同時に、場に土の魔石を放り投げた。

 誰ひとりとして表情を動かさず、じっとその琥珀色の石が転がる様を見守っていた。


「12000点だ」


 石は場に4つ出ており、土、水、火、風の魔石がそれぞれ四方に1つずつ配されている。

 あたかも流浪の民族が占いに使う魔法陣のようにぼんやりと光って、俺達4人の「ふーん」といった無表情な顔を、ひとつずつ照らしだしていた。


 魔石場には、場に出た魔石の種類に応じて役があった。

 この場合は『表四大』という役だ。


 どの属性のカードであがっても、掛け金が倍に跳ね上がる。


 ゲームは4巡目、ちまちまと護りに入っていたのでは負ける。

 ここからは、早い者勝ちだ。

 一瞬でも早く、手札を揃え、誰か1人をぶっ飛ばして暫定トップのまま終わらせるしかない。


 5巡目。

 俺の手元には、またしてもトカゲが3匹入って来た。

 このうち2匹を公開すれば、「ティン」と言って、魔石をもう1個引ける。


 魔石場を火属性に偏らせれば、『表四大』に加えてさらに『火属性』の役が付与され、火属性の役がさらにカード1枚分強くなる。

 公開した2カードと合わせて4カード、とりあえず、この局は勝てる。

 ……問題は、この中にすでにテンパっている奴がいる場合だ。


 火属性は3番目のカード、単体だと威力が弱かった。

 2位のスメルジャンをぶっ飛ばすには、最低でももう1巡はして魔石場を強化しておく必要がある。

 そうしている間に、あっさりとカウンターを食らう恐れがある。


「スメルジャンは、酒場のディーナと結婚したんだよ。それでイーサファルトから離れられなくなったんだ」


「マジか。ディーナ姉さん男じゃなかったのか」


「女だよ。ちゃんと子どもも産んでくれたから間違いない」


「スメルジャンとどっちが産んだかに関しては、俺たちの間でもいまだに物議をかもしているけどな」


「言ってろアルドス。お前ん所の息子より出来はいいからな」


「俺の所も冒険者やってる三女がたまに戻ってきて、孫が『おじいちゃん、剣作って~』ってうるさいんだ。将来はタンクになるのが夢らしい。へっ、うらやましいか」


「いまどきの若い子がタンク目指すとか変わってんな」


「ははは。俺らの時代は、男の夢って言ったらタンクだったけどな」


 俺は無表情を装いつつ……ちらりと他の連中の表情を伺った。


 まったく、リラックスした顔しやがって。

 こいつらの演技力ときたら、もはやプロ顔負けじゃないか?


「そうか、お前らもう子供がいるのか……時が過ぎるのは早いな」


「お前は結婚してないの?」


「いい女はいたんだが、職業柄どうしてもな」


 賞金稼ぎは恨みを買う商売だ。

 他人との繋がりが命取りになりかねない。

 そのため、俺はずっと独身を貫いていた。


 同じ風に故郷を離れていても、自分の走っていた路線は、こいつらとはまったく違っていたのだ。

 その事を痛感した。


「リゲル、そういや、お前は今何してんのさ」


 不意に誰からともなくそう言われて、俺は急に気まずくなってしまった。


 こいつらはこの世界で数少ない、俺が嘘をつく必要のない仲間だった。

 こいつら相手に何も恥じる必要はないはずだ。


 それは分かっていたが、口にするのが少しためらわれてしまう。


「まあ、いろいろあってな。東部の各地を回って、賞金稼ぎをやっていた」


「へぇ、そりゃすごいな」


 一度も故郷を離れた事がないというスメルジャンが、その話に食いついてきた。


「バーク・ハリュボンって賞金稼ぎの事も知ってる?」


 やれやれ、こいつはミーハーだな。

 俺は顔をほころばせて頷いた。


「知ってるも何も、俺が所属していた賞金稼ぎギルドを作った人だよ」


 巨人族のバークは正義感が強く、情にもろく、女だてらに豪快にドラゴンを乗り回し、引退するまでに東部で数多くの伝説を作った、伝説の賞金稼ぎだった。

 たとえ同じ獲物を狙っていた凄腕の賞金稼ぎと鉢合わせたとしても、「バーク? やれやれ、無駄足だったか……」と、途中で諦めて帰らせてしまったという強者である。


 こいつらの期待する賞金稼ぎの思い出話というのは、みんなそういった類の『伝説』に違いない。


 だが、俺の賞金稼ぎとしての経験談は、こんな楽しい酒の席で語って聞かせられるような爽やかなものでも、ましてやロマンチックなものでもなかった。


 悪党どもとつるんで情報を手に入れ、策を弄して賞金首を撃ち取る。

 依頼者のところまで証拠を持っていって、報奨金を受け取る。

 その繰り返しだ。


 まさか、ついこの間まで拘置所にいたなんて言ったら、こいつらは一体どんな顔をするだろうか?


 酒の席で話すには、少々大げさに話を膨らませてやる必要があった。

 俺はついいつもの癖で、ほんのちょっと俺の冒険に脚色をしてしまった。

 たとえば、こんな風に。


「先月、俺は行方不明になったとある令嬢を探し出してほしい、という依頼を受けていてな……誘拐事件の真相を探るべく、アーディナル最大のマフィア、アイズマール一家と直接立ち会うことになった」


「おいおい、大丈夫かよ!」


「大丈夫なもんか。目の前には名だたる3人の大悪党がいて、俺の後ろには100人近い部下たちがぞろぞろと群れていたんだ。こっちはたった1人だったぜ」


「よく生きてたなお前。一体どうなったんだよ、それ」


「いつ、お互いの銃が火を噴くかも知れない緊迫した状況の中、俺はアイズマールから行方不明の少女の情報を慎重に聞き出そうとしていた。

 ところが、間の悪いことに、そこへ憲兵どもが押しかけてきやがった……!」


 あと少しの所で、令嬢の情報を聞き出せなかった俺は、悔しげに歯がみした。

 代わりに俺が手に入れたのは、とある伝説の剣の情報だけだった……という筋書きだ。


 戦友たちはカードゲームの事をいったん忘れて、ハラハラしながら俺のウソを聞いていた。

 まあ、酒の席だからなんでも言える。


 こんなの賞金稼ぎの仕事じゃねぇよ、なんて、心の中でツッコミながら、俺はウソをつきまくっていた。


 ……ここは世界で唯一、ウソをつかなくても良い場所の筈だったのに。


 言っているうちに、自分からどんどん居場所をなくしていくように思えた。

 それと同時に、本当はそれが正しい事なんじゃないか、という風にも思えてきた。


 そうだ、俺はもうカタギの人間じゃない。

 一度は闇の世界に深く関わってしまった人間だ。


 いつ、俺を追いかけて、マフィアの残党がやってくるかわからない。

 ここで3人の仲間達が築いたささやかな幸福を、俺が存在する事で崩してしまう訳にはいかなかった。


「じゃあ、お前は今、あるかどうかも分からないような伝説の剣を探しているっていうのか?」


「いや、この伝説の剣は、どうやら確実にあるらしい」


「マジかよ! 作り話だと思ってたぜ!」


「お前たちも、世界大戦の英雄の事はいくらなんでも知っているよな? まあ、俺たちの上官の上官だったからな。あれは、終戦後間もない頃の話だった……」


 俺は、連中にバーリャの剣の話をした。

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