お前の宝には手を出さないと言ったな? あれはウソだ

第4話

 どうして西部に獣人が多いのか、ザクセンで面白い伝説を聞いたことがある。

 それによると彼ら獣人は、かつて大陸全土に移住していった原初魔法民族の末裔だという。


 西部に移住した彼らは、あまりにも苛烈な西部の自然環境に適応するため、さまざまな動物の姿を借りて生き延びたそうだ。

 ゆえに、西部にはいまでも彼らの子孫である獣人が多いという。


 だが、変身魔法なんてものが実在したのか、この時代の魔法学会ではその存在を疑問視する声が大きかった。


 ともあれ、この伝説で分かるとおり、西部の自然環境は人間にはとてつもなく厳しいものだった。

 どうやらその秘密は、バーリャ全土を覆っている『赤土』にあるらしく、それが周囲の魔力の高まりに応じて密度や体積、硬度を劇的に変えるのだ。


 変身魔法という架空の魔法が考え出されるもとになったのではないか、と言われている、まさに魔法の粉だった。

 この『赤土』によって、山や谷が膨らんだりしぼんだりして、それらが季節の移り変わりによって刻々と位置を変えていくのである。


 ひと晩で巨大な岩山が進行方向に現れたかと思えば、翌日には幻のように消えているという怪奇現象がひっきりなしに起こった。


 こうした地形の急激な変化が気流の変化を生み、バーリャ地方の全域にわたって凶悪な天候不順を巻き起こしていた。

 とくに、バーリャ平原と呼ばれる一帯は地表がすべて『赤土』で覆われており、地形も天候もまるでデタラメに移り変わった。


 その平原を、英雄ひきいる連合軍は、徒歩や馬でただひたすら行進したのだ。

 今でも英雄の奇跡のひとつに数えられる、まさに命がけの行軍だった。


 俺は人生最後の賭をするために、そんなバーリャ平原にやってきていた。

 北半球にあるため、季節はミッドスフィアと同じ夏の盛り。

 今は乾季まっさかりで、灼熱の土地の過酷さは、筆舌に尽くし難いものがあった。


 夏の平原は、まさに赤い砂漠だった。

 日中の気温は摂氏40度を超え、夜には氷点下にまで冷え込む。


 大地はこれ以上搾り取れないぐらいカラッカラに干からび、河までたどり着けなかった動物の死骸があちこちに見受けられた。

 その辺の巨大なスイギュウの骨をシェルター代わりにし、休息を入れなければ命が持たない。


 このだだっぴろい平原は、かつては巨大な湖の底だったという話だ。

 雨季になると、1000万平方キロメートルもある地表の約8割が、数千本に増幅した河の中に水没してしまう。

 逆に乾季になると、その中のたった1本、《常しえの河》を除いた全ての大河が干上がってしまうという。


 まるで2つの世界が常に折り重なっていて、季節の変わり目に互い違いに現れるのかと思うほど、劇的な変化が訪れるのだった。


 それがアーディナル大陸の西端、バーリャ地方。


 そこは太古の神々が今なお創造の試験を繰り返す、アーディナル大陸で最も古い魔境だ。


 この魔石大陸を構成する巨大魔石群のひとつ、『大赤斑スカーレット・ベース』という通称でも呼ばれている。


 しかし、俺は一瞬たりとも休むことなく歩き続けた。

 歩き続けざるを、得なかった。


 なぜなら、さっきから牛頭の獣人達が大群をつくって、ずっと俺のあとをつけてきていたからだ。

 俺は魔法のポットから溢れてくる水を飲んで、喉の乾きをしのぎながら黙々と歩き続けた。


 なぜ俺がバーリャに訪れているのかって?

 おいおい、前の話を読まなかったのかよ。


 バーリャの剣を狙っていたアイズマールが、逮捕されたんだぞ。

 俺がこのチャンスをみすみす逃す手があると思うか。

 いや、あるわけがない。


 それと俺がここにやってきたのは、賭けのためでもある。

 失敗すれば命はない、人生最後の賭けだ。


 * * *


 俺が賞金稼ぎを引退する決意をしたとき、いわゆる、世界恐慌という奴が起こっていた。


 8020年代にはいると、魔王を失った魔族は世界各地で再集結し、ゲリラ活動を活発化していた。

 その影響で、中部で産出される魔石の値段が異様に高騰していたのである。


 東部の産業の要だった魔石工業地帯は、この魔石の価格高騰で経済的な大打撃をこうむった。

 ゲリラ活動でハチを使って騒ぎを起こす連中の手口が報告されたため、ベスパ・ショックと呼ばれている。


 経済難に加え、さらに西部からは獣人(イリオーノ)の労働者が大量に流入していて、慢性的な就職難に陥っていた。


 最初は嫌われていた獣人だったが、丈夫で、どんな悪環境にも耐え、しかもアーディナル人の数倍の体力を持っている。

 単純労働に関しては、もう彼等しか雇わないという企業も少なくなかった。


 職業安定所に行っても俺にできる仕事はほとんどなく、


「そんなことより、『人の姿をした化け物』と言う意味をもつ獣人イリオーノという呼び方をやめて、彼等を『バーリャ人(バーリオ)』と呼ぶようにしよう!」


 という内容の人権啓発活動のパンフレットまで渡される始末だった。


 時代は変わったもんだ。

 どうやら、40過ぎの元賞金稼ぎが人生をやり直すには、ミッドスフィアの経済難はあまりにも深刻すぎたらしい。

 やれやれ。


 もともと東部でまともな職に就けるなどと期待などしていなかった俺は、仕事を探して各地をあてもなく旅していた。

 そして8023年の初夏、故郷であるイーサファルト王国に戻ってきた。


 世界大戦の折に徴兵されてからずっと故郷に戻っていない。

 なので、俺が最後に故郷を離れてから、およそ30年ぶりの帰郷ということになる。


 歴代の英雄たちが踏みしめたと言われる、石畳の通り。

『英雄街道』が俺の生まれだった。

 けれども、いつの間にか俺の知らない駅が出来ていて、道路は舗装されていて、土地勘がまるで働かなかった。


 すぐそこにある柑橘類の市場からは、むせかえるような甘ったるいにおいが漂い、ここでは人々の顔も日差しを跳ね返すように活気に満ちていた。

 それにつられて俺もついつい笑顔になる。


 陽射しの強い往来から少し離れると、石造りの冷ややかな通りに、教会と鍛冶場が交互に並ぶこの土地特有の風景が見受けられるようになる。


 剣と魔法の時代から、魔法と機械の時代へと移り変わっても、ここの鍛冶師たちはいまも変わらず『剣』を打ち続けていた。


 最強の守護神エカに、今年最強の一振りを奉納するためだ。

 イーサファルトの教会には、世界各地の支部から毎年数千本もの『剣』が送られてきていた。

 終戦後は最大で18万本を超えたらしい。


 この大量の『剣』に紛れて密輸品を忍び込ませる手口がけっこう美味しかったため、密輸をあらわす隠語にもなった。

 さすがに現在では規制されて、縮小ペースになったけれどな。


 教会を覗いてみると、奥の聖堂にはカンカン鉄を打つ音が響いている。

 エカ神を象徴する巨大な鎧の前で、神父が子供たちに説教をしている姿が見受けられた。


 今も昔も変わらない、王国の古き良き習慣である。

 そう言えば、俺もガキのころ教会でよく説法を受けたっけな。


 エカは、時代の節目に現れる英雄や魔法の剣なんかの「最も強いもの」に神秘的な力を与え、それによって戦争に勝利をもたらす神様なのだそうだ。


 それを聞いた俺は、子供ごころに


「ああ、これはキナ臭い宗教だぞ」


 と眉を寄せて警戒していたものである。


 最も強い者に力を与えるだって?

 そもそも力のある奴のことを強いと言うわけだから、それは論理的に常に正しくなる事を言っているだけではないのか?


 大人はそんなごく当たり前の事を、わざわざ姿形のない神様のご利益にしていた。

 さらに巨大すぎて誰も装備することのできない実用性皆無の鎧や、剣や、盾を聖別品だの、純国産だのといって、途方もない値段で世界各地に売り捌いている。


 確かに、イーサファルト産の武具の頑丈さは世界的にも有名だったが、こんなもの、それを利用したペテンでしかない。

 俺には連中のそういう不道徳さが我慢ならなかったのである。


 東部アーディナルでは市民革命の時に、すべてのエカ神の寺社が打ち壊されたという。

 子供用の聖職者のローブに身を包んでいた俺は、そんな話を聞いて、内心スカッとしたのを覚えている。


 そして思った、東部かっけぇ。

 大人になったら俺は、絶対に東部に行く、と。


 13歳の頃、兵役でイーサファルト王国第三歩兵師団に入団した俺は、終戦後そのまま東部に向かい、ミッドスフィアの大都会に飛び込んで、一度も故郷に帰らなかった。

 そう、たったの一度もだ。


 これからは魔工機の時代だ。

 これからの戦いは、銃が剣にとって代わる。

 それは、世界大戦でも証明された事実だ。


 いつまでも役に立たない剣を打ち続けているイーサファルトの連中は、いずれ時代に置いてゆかれ、滅ぶ運命にある。

 俺はそう確信していたのだ。


 そして、本当に勝利を掴む事が出来るのは、長いものには巻かれて、世間や大人たちの言うとおりに従って、平々凡々と生きている、そういうごく普通の連中なのだと学んだ頃には、もう後には引けなかったのである。


 もし俺が東部に行っていなくても、王国の庇護下にある鉄鋼業に就くことはさらさらなかっただろう。

 たとえ就いたとしても、ここでの生活を心から楽しむ事はできなかったはずだ。


 なぜならここでは、俺の特技のひとつ、ビジューが通用しなかった。

 そう、イーサファルト人は、めちゃくちゃ賭け事が強かったのだ。


「ティン」


 テーブルの真向かいに座っていた毛むくじゃらの男は、流浪の民族の呪文を呟きながら、様々な風景をガラス質の内側に映し出す『風の魔石』を場に放り投げた。


「5000点だ。ほら、チップを出せ」


 ああ、分かってる。

 そんなのいちいち言わなくても分かっている。

 ご当地ルールを知らない一見さんじゃねぇっての。

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