第3話

 賞金稼ぎとして、ミッドスフィアに流れ着いてから30年。

 俺はこの家業の酸いも甘いも経験してきた。


 仲間にさえ恨まれるほど活躍していた時期もあるし、逆に今回のように拘置所の冷たい床に顔を押し付けながら夜を明かした経験も、一度や二度ではなかった。


 一応、身分は賞金稼ぎギルド所属ということにしておいたが、そんなもの、まっとうな職を持たないと宣言しているのに等しい。


 賞金稼ぎはみな自営業で、ギルドはその組合だ。

 その程度のつながりしかない。


 おまけに憲兵たちは、俺たち賞金稼ぎを目の仇にしていた。

 犯罪者に賞金をかけているのは、憲兵団が所属している連合軍である事が多い。

 だが、実際に賞金をかけるのは、それが憲兵団だけでは対処しきれない問題だと判断された時だけだ。


 そこへきて、偶然通りかかった賞金稼ぎがひとりで難なく事件を解決するような事態が増えてしまえば、政府から治安維持の役目を与えられている憲兵団の面目はまるつぶれになってしまう。


 賞金稼ぎの中には、あくどい非合法な手段を使って目的を果たそうとする奴もいるし、賞金首の情報を一挙に集める賞金稼ぎギルドには、憲兵には依頼できないような『影の仕事』が舞い込んで来ることさえもあった。


 一番問題なのは、駆け出しの頃は賞金稼ぎの仕事だけで食っていける訳ではないということだ。

 運良く傭兵の仕事や肉体労働にありつける時はいいが、仕事が見つからなくて強盗なんかの犯罪に手を染めてしまう輩も少なくなかった。

 最近は不景気になったので、とくにその傾向は激しいと聞く。

 街の風紀取締りや治安維持が至上任務である憲兵団にとっては、まさに目の上のたんこぶみたいな存在が俺たち賞金稼ぎだった。


 若い頃は莫大な賞金を手に入れることで、そんな心の寂しさを紛らわせていた。

 けれどもさすがに30年目になると、賞金は心が辛うじて機能を保つための流動食みたいな味気ない物に化けていた。

 心に染みこんでくる孤独や不安には、もうどうにもあらがえない。


 俺が自分の将来を明確に見通すことが出来たのは、こうして牢獄に居るときだけだった。

 きっと明日も俺はこのままここに横たわっているのだろう。

 明後日も、来週も、来月も。

 一体、どれだけの年数を俺は無駄にしてきたのだろうか。


 牢獄で色々考えている内に、翌日になった。

 つるんでいた悪党のレベルが高すぎるので、何らかの奇跡でも起こらない限り、1ヶ月以内に保釈されることはまずないだろう、と踏んでいた。


 だが、昼過ぎになって、緑色の縁なし帽をかぶった憲兵が監獄の前に現れた。

 思った以上に早かったので驚いたが、出られるのなら文句は言わない。

 俺はあちこち固くなった体を慣らしながら、ゆっくりと起き上がった。


 憲兵の制服を着た兵士は、手元のわら半紙を縦にしたり横にしたりして文字とにらめっこし、それからそこに書かれた名前を読み上げた。


「リゲル=シーライト。出ろ」


 * * *


 刑務所から出ても、まともな食事を摂ることのできる場所なんてひとつもない。

 万が一囚人が脱獄した場合に食糧が補給できないよう、法律で半径4キロ以内には食料品店を建ててはならないことになっている。


 同じ理由で、放送局や銀行、学校や遊園地、宿屋、武器屋、防具屋、魔法屋、技屋、あと道具屋なんかも建ててはいけない。


 刑務所の周囲は、教会がぽつんと経っているだけの更地になっていた。

 俺は2時間ほどかけて何もない更地を横断し、ようやくしなびた1軒の武器屋にたどり着いた。


 白髪に僅かばかり黒いのが混じった老主人が、カウンターの向こうでうつらうつらと船を漕いでいた。

 俺は店の奥に入ってゆき、肩に担いでいた黒い革のケースをカウンターにどんと音を立てて載せた。


「見積もりを立ててくれ」


 主人は、丸眼鏡の向こうから俺の方をちらりと見た。

 その目に気力はなく、数年ぶりに会った俺にも、何か一言くれるような様子はなかった。

 この店だけじゃない、町全体がどんよりと生気を失っていて、最後に来たときよりもずいぶんと寂れた場所のような印象を受けた。


 俺の革ケースは大戦時に軍から支給されたものと同じデザインの、ごくありふれたものだ。

 主人は慣れた手つきで蓋を開け、中からイーサファルトの教会の刻印テノ(W)が刻まれた銀の銃を取り出した。


 品定めする間、店主は何一つ口を挟む事はなかった。終戦から今日まで、何人もの退役軍人がこうして自分の武器を売りに来たのだろう。


 主人はカウンターの上に記帳を広げ、メモを取りながら言った。


「ガンスリンガーが銃を捨てて、これから一体何をするつもりだい。この不況でまともな職を探すのは骨だよ」


「さあな、まだ決めていないが、自分の選んだ道だ。引き際ぐらいは自分で決めないとな」


 主人が差し出した念書に、俺のサインを加えて、武器の売買は完了した。

 今はイーサファルト製の武器といえばどれも高級品で、昔買ったときの3倍の値段がついていた。

 それでもBクラスの賞金首1人分の値段に届かず、俺の心が躍ることはなかった。


「おっさんもいい加減、武器屋なんて物騒な商売はやめて、隠居した方がいいんじゃねぇの?」


 そう言うと、白髪の主人ははじめてふふと笑い、顔をほころばせた。


「いいや、これは信仰の問題だよ」


 そう言って、彼は、胸に提げられている米字(スバル)のペンダントを掲げて見せた。

 武器の主要産地である中部と取り引きの多い武器商人は、けっこう信仰している奴が多かった。


「そいつは、俺の故郷の神だな」


「顔立ちで分かるよ、イーサファルト人は」


「どうしてイーサファルトじゃ、神様が鎧を着ているか、知っているか?」


「よくイーサファルト人が使うジョークだね。……私がいちばん気に入っているのは、『無慈悲な神は、人の痛みが理解できないからだ』という奴だね。なかなか的を射ている」


「違うな、鎧の中身はもうよぼよぼの老人なんだよ。限界なのを隠して、いまだに現役の神様としてがんばってるんだ」


「そいつは初めて聞くバージョンだな」


「ああ、近いうちに剣と鎧を売りに来るって話だぜ。もうじきおっさんも神様に直接会えるかもしれないから、期待して待ってな」


「シャレにならん冗談だが、たぶんそいつが2番目に好きだよ」


 そう言って、主人は爽やかに笑ったのだった。


 後日、商館の方に代金を取りにいく事を約束して、俺は武器屋を後にした。


 薄暗い通路から一歩外に出ると、急に日が射してきて、俺の足元に何気ない陽だまりが散らばった。


 何気ない真昼の通りには人気がなく、傍らのショーケースには何気ない光を反射する剣が飾られている。


 聖歳歴8023年。

 レンガの屋根の向こうには、ミッドスフィアを代表する巨大な直方体の建物、『魔法使いの塔』が幾つもそびえていた。

 その向こうの政府中枢『賢者の塔』が、俺めがけて威圧感のある影を投げかけている。


 一体中で何が行われているのかは知らないが、偉い魔法使い達が頭をつき合わせて、この世の中を変える話し合いをしているのだ、という事ぐらいは知っていた。

 思えば、30年前にこの地を踏みしめたときと、俺はまったく変わっていないような気がする。


 俺は塔から目を背けて、目覚める前の街中を歩き出した。

 銃を失ったこの身には、これからどんなものでも持てそうな気がした。

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