第7話

 揺れが収まった後も、カンナの気は動転したままだった。


「ビブル! 今の揺れは? 何が起きている?」


「まぁ、まぁ、落ち着いて、りんごでも食べなよ」


 ビブルは、慣れた手つきでりんごをカンナに差し出す。


「何故今りんごなんだ!」


 そう言いながら、もらったりんごを数秒で完食し、口をもぐもぐさせながら、落ち着かない様子で光の中をうろうろ歩き回っている。


「食べはするのね」

「どうするんだ、悪い人達だったらどうやって撃退すればいい? 今更、何をしにきた? どうして、こんな時に!」


 早足になりながら、一人でぶつぶつと話しながら考え込んでいる。


「落ち着いて、さっきまでの上品さはどこいったの?」

「こんな時に落ち着いていられるか! 私達の居場所が無くなるかもしれないんだぞ……あっ!」


 ビブルに怒鳴り散らしたその刹那、何者かが光に向かって真っ直ぐ歩いてくる音が聞こえてきた。

 カンナは咄嗟に両手で口を塞ぐが、時すでに遅し。足音は一歩ずつ大きくなっていく。


 もうだめだ、この場所もビブルも全て失う。カンナは全てを諦めて、顔を手で覆い現実から目を背けたその時だった。


「そこにいるのか」


 優しいそうな男性の声だった。

 足音が止まり、何者かがカンナとビブルの目前まで迫ってその場で足を止めている。


 カンナは、すぐにこの状況を把握し、顔から手を離した。

 カンナは一瞬にして悟ったのだ。

 青年が放った一言目、ビブルのよく分からない余裕っぷり、何もされていないこの状況。

 勢いよく、足音が聞こえた方へ顔を向けた。


「……! その格好は!」


 そこには、ビブルの話に度々登場してきた、勇者の姿をした青年が立っていた。

 幾多の修羅場を潜り抜けてきたことを想起させる相手を射殺す様な鋭い目つきに、腰に差した剣、黒と白の絶妙なコントラストの服装が勇者の強さを物語っていた。

 そして、その姿はまさにビブルが話してくれた物語に出てくる勇者そのものだった。


「勇者様! 勇者様なのですね! はじめまして! 私、カンナと申します! 私を助けにきてくださったのですね!」


 カンナは特大の掌返しを披露して、ビブルを苦笑させた。

 その笑い声が聞こえないように、ビブルに対し、勇者にバレないように自制を促しながら、勇者に対してはにこやかに振る舞う。


「何を言っている? 訳のわからんことを言わないでいただきたい」


 冷淡な態度の勇者に、カンナは少し驚きつつも、自分に非があったことに対する謝罪の言葉を選ぶことにいっぱいになっていた。


「こ、これは失礼しました! 少しはしゃぎ過ぎました」

「そんな事より、今さっき、あなたは自分のことをカンナと言ったのですか?」

「え、えぇ! 私がカンナです!」


 勇者にきつく言われしゅんとしたと思いきや、名前を呼ばれて再び舞い上がる。

 勇者の一言で一喜一憂するカンナは今まで見たこともないくらい乙女だった。


「そうか、カンナ……あんたがか……ふふ、そんなんだったのか」

「……? 勇者様……?」


 俯き加減で勇者の顔がよく見えない。

 しかし、何故かカンナには、勇者が笑っている様に見えた。


「やっとあんたを……。ここまで来るのにこんなに時間がかかるとは思わなかった」

「えっ……? 勇者様、何を――」


 戸惑うカンナを尻目に、勇者は腰に携えた一振りの剣を抜いた。

 ギラリと光る刀身は数多の戦場を潜り抜けてきたのか、禍々しいまでの妖気を纏っていた。

 顔を真っ直ぐカンナに向けた勇者の目は、まるで獲物を見つけた肉食獣の様だった。


「ようやくこの時がきた! カンナ! 今ここで俺が成敗してやる!」


 カンナは、目の前が真っ暗になった。

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