第5話
「ねー! 今日もお話聞かせてー! おーはーなーしー」
むくりと起き上がってからずっとこの調子だった。
ビブルの物語が相当気に入ったのか、他のことなど眼中にない様子でひたすらビブルの物語を聴くことのみに全力を注いでいた。
「分かったよ、じゃあ、今日も話をしよう」
「やったー!」
飛び上がって無邪気に笑うカンナはまるで太陽のようだった。
ビブルが話した物語はまたしても勇者が姫を助けにいく話だった。前回とは設定の類が一新されているだけで大筋は特に変わったところは無かったが、カンナにはそれだけでも充分なくらい楽しめる一作だった。
ビブルが話終わるまで目をキラキラさせながら、一言も逃さぬよう息を潜めて真剣な表情で聴き入っていく。
物語が終わると、暗闇が割れんばかりの拍手をビブルに注いだ。
「今回もすごく良かった! 面白かった! やっぱり勇者かっこいい!」
「カンナは強い人が好きなのかな?」
「私も強くなりたい!」
「憧れだったか」
力強く頷き、ノリノリで勇者の真似をして見えない敵をバッタバッタと斬り伏せていく。
すると、満足するだけ敵を切った後、手に持った見えない剣をゆっくりと地面に置いた。
「でも、私やっぱりお姫様になりたい。この真っ暗な世界から、私を救ってほしい」
「カンナ……」
「外の悪い人から誰か私を救ってくれないかな」
先程までの勢いはとうになくなり、膝を抱えて小さく丸くなってしまった。いくらいつも明るく接していて、ビブルという話し相手に救われているからといっても、まだ年端も行かぬ少女であり、暗闇の中で寂しさを全く抱えていないわけではなかった。
カンナは今にも泣きそうな程、みるみるうちに背中が小さくなっていった。
「君の元に来るよ、勇者は。外の悪い人なんかちょちょいのちょいさ。そうしたら、物語みたいに、カンナはその勇者と結ばれてずっと幸せに暮らせるさ」
ビブルは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「結婚するのー? 結婚は幸せなのー? 」
カンナは、振り返ると、ビブルに食いつくように迫る。
「そう、結婚。信頼できるパートナーがいることは心の安定と幸せにつながるよ。それにここまで来てくれる勇者はきっと君のことが好きに違いないさ」
「結婚……」
カンナはゆっくりと目を閉じた。その言葉に感じる温かさと普遍的な幸せを理解しながら、その言葉が体に馴染んでくるのを感じていた。
「なら、私、ビブルとも結婚するー!」
にこやかに微笑んだカンナは、いつもの明るいカンナだった。
「はは、気持ちは嬉しいけど、二人と結婚することはちょっと難しいかなー?」
「えー、なんでー! ビブルとも、勇者とも結婚するのー!」
暗闇の中に咲く光は、今日も笑顔で溢れていた。
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