第4話

「ねぇ、ビブルー暇ー」


 カンナは、棒のように寝転がり、床を落ちた鉛筆のようにころころと回っていた。

 他人が目に見えて分かるぐらい、暇を持て余している姿を間近でみたビブルは、しばらく転がるカンナを見てつぶやいた。


「僕が、お話をしてあげよう」

「お話ー!? 何のお話してくれるの!」


 転がっていた鉛筆は、突如として立ち上がり、一目散にビブルの元へと駆け寄ってきた。


「物語さ。今まで見たいな適当な会話じゃなくて、ちゃんとストーリーがあるお話さ」

「へぇ! ビブルそんなお話出来るの?」

「もちろん、まぁ大人しく座って聴いててよ、きっと楽しいから」


 そう言ってビブルは、コンコンと物語を語り始めた。


 中身は世間一般ではよくある冒険もので、魔王に攫われた姫を勇者が助けにいくという話だった。

 しかし、語り部は何を隠そう本である。こと、それに関してはプロ中のプロであることは火を見るより明らかで、至極当然のようにカンナはビブルの語りによって物語の世界で暗闇の中を彩った。

 魔王が姫を攫うシーンは、大きな影が迫ってくるかのような恐怖を演出し、勇者が命の危機に瀕した時は、断崖絶壁の淵に立っているような臨場感を感じさせ、姫を勇者が救い出した時の安堵や、国民達の高揚。

 全てがカンナの目の前で起きているかのようなその語りは、カンナを夢中にさせるのには十分すぎるほどだった。


「面白い! ビブルのお話すごく面白かった! 勇者かっこいいー!」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 ビブルの表紙は、何故か誇らしげに胸を張っているように見えた。


「あー、面白かったぁ! 特に魔王を倒したところなんかすっごい熱くなった! 姫を攫った悪いやつを勇者が倒してすっきりした!」

「それは良かったよ」

「でも、一つだけ気になることがあった」


 カンナは小難しそうな顔をしながらビブルを見つめていた。


「どうしたんだい?」


 ビブルの問いに、間髪いれずにカンナは答える。


「どうして魔王は姫を攫ったの?」

「どうしてだと思う?」

「んー、いたずらしたかったから?」

「多分、違うんじゃない?」

「んー、んー」


 カンナはしばらく唸り続けた後、弾けた息遣いと共に床に倒れ込んだ。


「分かんないよー! ビブル答えはー?」

「僕も分からないよ」

「え? 分からないの!? ビブルにも分からない事があるの!?」

「ふふふ、これは僕が作ったお話だからね、そういうことにしているのさ」

「なんでー? なんでー?」

「正義の反対には別の正義がある。僕はそう考えているからだよ」

「正義?」

「そう、正義。悪いことをした相手を懲らしめるものさ。この言葉は強い。いい意味でも、悪い意味でも」


 カンナは寝転がったまま眉を寄せて、あからさまに怪訝そうな顔をしている。


「つまり悪い人を懲らしめる反対も悪い人を懲らしめてるってことー?」

「そういうこと。少し難しいかな?」


 何か気に障ったのか、カンナの顔はより強く歪んでいく。


「んー、でも魔王は何でお姫様攫ったのか分かんないんでしょー?」

「僕らは知らなくて良いのさ」

「なーんーでー」

「今のカンナには難しいかもしれないけれどそのうち分かるよ。でも、一つ言えるのは……」


 カンナはすっと立ち上がり、ふてくされた顔をしながら瞳を閉じた。再び言葉を心の奥にしまい込み、我が物としていく。


「正義は必ず勝つのさ、いつだって」

「正義と正義がごっつんこすれば、正義が勝つのは当たり前!」


 カンナは、ビブルに背を向けて、ふて寝してしまった。


「相変わらず賢いなぁ……」


 ビブルは、どこか寂しそうにつぶやいた。

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