第3話
「ビブルーおなかすいたぁー!」
「はいはい、りんごあげるから。ほら、赤くて大きい、とびっきり甘いのをお食べ」
ビブルは自身のページを開くと、地下深くから湧く水ようにページの中からりんごが出現した。
「わーい! りんご! りんご!」
一目散にりんご目掛けてかぶりつくその姿に、普段の可憐な少女の面影はほとんどなかった。
「もう少し、お上品に食べなよ」
「およーひんってないぃ?」
りんごにかぶりつきながら、しっかりと気になった単語はビブルに問いただしていく。
「品の良い振る舞いのことをお上品って言うんだよ」
「品て何?」
気が付けばりんごは跡形もなく消え去っていた。
「人が見た時に美しいと思える仕草のことさ。人はマナーと言ってみんなが気持ちよく過ごせるようにと、ルールとは別に、相手を不快にさせないようにする動きがある程度決まってるんだよ。それをかっこよく出来る人はお上品な人と結びつけられやすいね」
「へぇ、マナー! 例えばどんなのがあるの!?」
「そうだね、挨拶とか、かな?」
「挨拶?」
カンナは小首を傾げた。
「朝起きたらおはよう、寝る前にはおやすみ、食事の前にはいただきます、終わったらごちそうさま。それぞれ意味があるんだけど、まぁ、人間関係を円滑に回すマナーの最たる例だね」
「挨拶……」
そう呟くと、カンナは目を閉じ、自分の世界に入り込んだ。
挨拶という言葉を体にゆっくりと馴染ませていくように、頭を回し、言葉を取り込んでいった。
「ごちそうさまっ! びしっ!」
カンナは虚空に指を突き立て、漫画のキャラクターさながらなポーズをとった。
馴染ませた挙句に、カンナが曲がりくねった道を歩んだ形跡が見受けられたビブルは呆気に取られしばらく閉口した。
「……ごめん、僕が間違っていたよ」
「もー! ビブルー! しっかりして!」
「……りんごもう一個食べる?」
「食べるー!」
あからさまで下手くそな誤魔化しにも平然と食いつくカンナを可愛く思いながら、ビブルはリンゴを差し出した。
「いただきます」
カンナはうっとりとりんごを眺めながら、息を吐き出すように呟いた。
その言葉を聞いたビブルは、戸惑いを隠せなかった。
その言葉だけに飽き足らず、りんごをまるで我が子のように慈しむその所作は、いただきますという言葉の本質を理解して使っているように見えたからだ。
「カンナはすごいね」
「ふぁひがぁー?」
カンナはまた、大口を開けてりんごにかじりついていた。
「前言撤回、もう少し頑張ろうか」
「ごちそうさま! びしっ! ふっ……かっこいいぜ」
「……だからごめんて」
カンナは、大きな口を開けて笑い飛ばした。
つられてビブルも吹き出すように笑い出す。
いつまでも笑い転げるカンナの頬は、まるでリンゴのように赤く色づいていた。
暗闇の中の一筋の光は、優しい温もりで溢れていた。
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