第2話

 光の差し込む生活はカンナの世界をがらりと変えた。


 話し相手になってくれる本が、言葉をたくさん教えてくれた。暗闇に怯え、膝を抱えなくても良くなった。心が浮かび上がるように、毎日が楽しくて仕方がなくなった。


 ビブルといる時間は、カンナにとって何にも変え難い大事な時間だった。

 何もない暗闇の中で、幼いカンナの心をくすぐるのはビブルの言葉のみだった。

 カンナはビブルの言葉に頼りきった。今までの寂しさや苦しさを全て忘れ去ろうとしているかのように、寝て起きてはすぐにビブルの元へと飛んでいって様々な事を教わりに行く日々を過ごす。

 知らないことを一つ知る度に心が踊り、時間を忘れる程にのめり込み、寝落ちするまでひたすら休まずビブルの話を聞き続けた。

 気づけば声も出せなかったカンナはつゆと消え、もはや知的欲求の権化と化していた。


「カンナ、僕はなんでも知っている。分からないことがあればなんでも聞くといいよ」


 ビブルの口癖だった。この言葉を聞くだけで、カンナは母に抱きしめられたような安心感を覚え、父の背中で眠りに落ちるような頼もしさを感じていた。


 ビブルさえいれば何もいらないと思える程に、カンナは幸せだった。


「ねぇ、ビブルー私はなんでここにいるのー? ビブルの話てくれた世界と私のいる場所全然違う! 私も太陽とか、月とか見てみたい! ビブルと見たいー!」


 カンナは子供が駄々をこねる時の代名詞のような姿で、手足をばたつかせている。


「それはね、カンナ。君は悪い人に閉じ込められてしまったんだ。ここから出ちゃダメだって言われてしまったんだ」

「なんでー? 私はここから出ちゃダメなのー?」

「外にいる悪い人達にとって、君がここにいる方が都合が良いからだよ。人というのは平気で他人を貶めることが出来てしまう悲しい種族なんだ」

「私はもう二度とここから出られないのー?」


 カンナは寂しそうな顔で、ビブルの表紙をさする。


「君がうんと大きくなったらいつかきっと出られるよ」


 ビブルの言葉を聞いて一転顔が一気に晴れ渡った。


「やったー! その時は一緒に色んなところを見てまわろうね!」

「いいよ、約束しよう」

「約束って何ー?」

「約束はね、今僕が言ったことを必ずやるよっていう宣言のことだよ。約束は破っちゃダメなんだ」


 カンナは、ビブルの言葉に深々と頷きながら、まるで言葉を体の奥深くまで染み込ませているように、目を閉じ動かなくなった。

 しばらくすると、目をゆっくりと開け、蕾開いた花のようにパッと晴れやかに微笑んだ。


「約束ね! 絶対だからね!」


 カンナは、嬉しそうにビブルを抱きかかえ、いつまでもいつまでも離さなかった。

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