暗闇の中
雨後の筍
第1話
ひたひたと歩く音が漆黒にこだました。
辺り一面何も見えない暗闇の中を、誰かがゆっくりと歩いている。
それは体の軽そうな子供の足音だった。無邪気な足音は、足跡さえもつけないまま一定の間隔で暗闇に飲まれていく。
果てがあるのか分からない。ましてや、何処にいるのか、自分がどんな姿形をしているのか、その姿さえも拝むことが出来ない。そんな絶望にかすかに触れる様な暗闇の中を止まることなく歩き続けた。
何かを探さなければいけない。見つけなければいけない。
何故そう思うのか、どこから湧いてくるのかは分からない。しかし、自身の内側を強く刺激するこの義務のような使命感が襲ってくる度に足音はより一層速くなった。
辺りを見回しても、出そうとしても何故か上手く出ない声を振り絞ってみても、ただ乾いた音がヒューヒューとなるだけで無慈悲な暗闇に包まれたままだった。
闇のように肥大化する恐怖に耐え、何も分からずに歩みだけをただ止めずに前へと進み続ける中、一つだけ分かることがあった。それは自分の内側にある感情だった。どれだけ外の世界とのつながりが危うかろうと、自分の想いだけは理解できていた。
ただ体の真ん中辺りを常に冷たい何かが突き抜けていて、涙が勝手に溢れてきそうな気持ちが、そっと自分の中に置いてある。
今にも、体の内側から食い破って張り裂けてしまいそうな心の声だけが、常に叫び続けていた。
早く見つけなければ。早く、早く。
きっとこの自分を突き動かしている使命感の原因を突き止めれば、胸の冷たさも収まってくれるはず。
いつ終わるとも分からないこの闇の中、それでも姿の分からない希望を求め、胸に抱えた気持ちと共に時を歩き続ける。
しかし、どれだけ歩いても、どれだけ心の中で叫んでも、その何かを見つけ出すことは出来なかった。
そしてついに、足音がぴたりと止んだ。
崩れるように倒れ込む音が響いたその直後、抑えられなくなった感情が嗚咽と共に漏れ出した。
しゃくりあげるように、痛々しい泣き声が伝播し遠くまで広がっていく。
そんな姿を嘲笑うかのように闇はいつまでもそこにいる。
この暗闇に何の術も持たない自分が悔しい。やりたいと思ったことが出来ないのがもどかしい。
その気持ちは声にならず、全てが頬を伝っていった。
先程までの強さを投げ出し、ただ駄々をこねるだけの存在に成り果てたその時だった。
「大丈夫かい?」
すすり泣く声にまぎれて誰かの声が聞こえた。
途端、泣き声はぴたりと止んだ。泣いている暇などなかった。
しばらくしてカサカサという音が断続的に鳴り出した。
床を這う様にして手探りで物を探す音だった。
見つけた。探し求めていた物をついに見つけた。
絶望に打ちひしがれた矢先に現れた希望の光を、逃すものかとばたばたと慌ただしく探す。音の強さからもその気迫がひしひしと伝わってくる。
「もう少し右、もう少し、そう。そのまま前にゆっくり進んでおいで」
その声に従い、音がゆっくりになっていく。
そして、その時は訪れた。
「持ち上げてごらん」
バチン!
手の中にそれを納めた瞬間、強烈な刺激が両眼を襲った。
「あぁ!」
慌てて両目を腕で覆い隠す。しかし、手に持ったものはしっかりと握ったまま離さない。
どうやら、突如として光が当てられたらしかった。長い間暗闇にいたせいで、唐突な光に目が耐えられず痛みとなってズキズキと刺激されていく。
しかし、嫌な気持ちはしなかった。あくまでも光は希望であることを本能的に感じとっていた為、唐突で驚きはしたが何かが分かればむしろ気分は晴れていった。
それどころか、胸の冷たさは気が付けばどこかへ行き、体が小刻みに震えるほどの高揚とじんわりとした温かさが体を優しく包んでいた。
徐々に目が光に順応していく。希望に満ちたその何かを拝む準備をしっかりと進めていた。
「やぁ、おはよう、カンナ」
そう声を掛けてきたのは一冊の本だった。
古めかしい表紙に似合わないような、真新しいページが挟み込まれた、古いのか新しいのか分からない独特の風体をした辞書のように分厚い本。
「僕の名前はビブル。ずっと君を待ってたんだ。探し出してくれてありがとうカンナ」
「あ! あ!」
暗闇で彷徨っていた人物はカンナと呼ばれ、十分でない言葉で勢いよく返事をした。
余程話し相手が出来たのが嬉しかったのか、ビブルが話しかけてもいないのに、声を
鈴が転がるような優しい声色の少女だった。
少女は、延々と続くように思われた暗闇から、一冊の本によって引き上げられた。
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