第29話 本音と嘘
弦義たちが部屋に戻ってから二十分程して、アレシスが若干疲れた様子で戻って来た。手には、彼愛用のハープと共に花束がある。
オレンジや黄色の花々で彩られた花束を見て、白慈は目を丸くした。
「アレシスさん、それどうしたの?」
「ああ、あの後少し待っているように言われて待っていたら、ハープを聞いていたお客さんの一人がこれを買いに走って下さったみたいでね。突き返すのもあんまりだから、有難く貰って来たんだ」
どうしようか、これ。苦笑いするしかないアレシスだが、まんざらでもない顔をしている。苦笑いに近い笑みを浮かべ、花束をそっとテーブルの上に置いた。
「兎に角、巻き込んでしまって申し訳なかったね」
「いえ。前回とまた違う音色を聞けて、僕らも楽しませてもらいましたから」
かりかりと後頭部を掻いて頭を下げるアレシスに、弦義は首を横に振って応じた。アレシスが他の仲間の様子も見ると、三人共気にしていないという風に首肯して見せた。
「ありがとう」
アレシスは微笑むと、ハープを鞄に入れた。それを壁に立てかけ、改めて弦義たちと車座になった。
「きっと、きみたちと共に過ごす中で何かが変わったように思う。今までずっと一人旅だったから、出逢いがあるなんて思いもしなかった。……だから、一つきみたちに聞いてもらいたいことがある。というか、嘘をついたことを」
「嘘?」
那由他が首を傾げると、アレシスは浅く首肯した。
「そう。嘘、というには未完成だったかもしれないけれど。……ぼくは、師匠に会うためにグーベルク王国へ行くと言ったね。あれは、半分本当で半分嘘だ」
首を傾げる四人を見て、アレシスは悲しげに微笑む。
「師匠は……
「とある、人ですか」
「そうだ。けれど、その人の正体をここで明らかにはしないでおくよ。きっと、すぐにわかるから」
少し不満そうな弦義たちに苦笑し、アレシスは弓を手に取った。それを胡坐をかいた膝の上に乗せる。そっと撫でると、少し毛羽立ちが目立つ荒れた手触りを感じた。
「でも、師匠に会いたいのは本当の気持ちだよ。墓に参って、兄弟子に会いに行くこと。それが、ぼくの旅の目的だ」
嘘をついて悪かったね、とアレシスは改めて頭を下げる。
なかなか頭を上げないでいるアレシスに、那由他がぼそりと呟いた。
「誰も、気にしちゃいない。それどころか、弦義なんかは今話が聞けて良かった、なんてことを思っていそうだ」
「嘘。何でわかったんだ?」
「お前はわかりやすい」
那由他のきっぱりとした物言いに、弦義は「酷いな」と笑うしかない。
変わらない掛け合いに、アレシスの表情が緩む。それに拍車をかけたのが、白慈と和世の言葉だった。
「オレは、アレシスさんが嘘をついたとは思えない。だって、師匠に会いにグーベルク王国を訪ねるっていう意味に違いがないじゃないか。それに――オレらはもう仲間なんだし!」
「私が言える立場ではありませんが、アレシスさんが方便を使ったから嫌うとか、そういうことはありませんよ。……私も、同じようなものですから」
和世は言葉を濁し、その言葉がなかったかのように不器用に笑ってみせた。
自分を受け入れると言外に言う四人に、アレシスは何故か込み上げて来るものがあった。それを飲み込み、もう一度「ありがとう」と繰り返した。
翌日早朝。船が出るという知らせを受け、弦義たちは桟橋に来ていた。最低限の荷物を入れたリュックを背負い、五人はあてがわれた小舟に乗り込む。
「よし、出発するぞ」
「お願いします」
屈強な肉体が服の袷の間から見える船長が号令をかけ、ゆっくりと櫂に力を入れていく。ぐいっと漕ぐと、その一かきで数メートルは進んだような錯覚に陥った。
「凄い凄い! おじさん、流石だね」
「褒めてもらえて嬉しいよ、坊主。十分も漕げば対岸に着くから、それまではお仲間との団欒や景色を楽しんでくれ」
白慈に褒められ気を良くした船長は破顔し、良く日に焼けた太い腕でもう一かきする。
見れば、弦義たちの他にも幾つもの船が大きな崩れ川を横断している最中だ。のどかともおもえるその景色を見ながら、弦義たちはしばし穏やかな船旅を楽しんでいた。
しかし、その穏やかさは一瞬で霧散する。
「!」
「弦義」
「ああ……何かいる」
白慈と和世、アレシスも気が付いたのか、周囲を警戒する。ただ一人船長だけは鼻歌を歌いながら櫂を扱っているが、弦義は彼の傍に移動して耳打ちした。
「僕が合図をしたら、船を右に思い切り旋回させてください 」
「は? お前さん何を……」
「説明している暇はないんです。――――――今です!」
「もう知らんぞ!」
船長はそう叫ぶと、やけっぱちだとばかりに思い切り船を動かした。その瞬間、後ろから接近して体当たりをしようとしていた船がバランスを崩す。
「うおっ⁉ 何だありゃあっ」
「おじさん、バランス取っててよ!」
そう言うが早いか、白慈がいの一番に飛び出す。向こうの船には五人乗っているが、その誰もが覆面をして目以外の表情を窺うことが出来ない。
「だあっ」
白慈が背中の大刀を引き抜き、勢いのままに振り下ろす。それを皮切りに、海上戦の火蓋が切って落とされた。
振り下ろされた大刀と受け止めたのは、相手の船で櫂を持っていた屈強な男だ。彼は鋭い眼光で白慈を睨むと、刀を受け止めていた櫂を掴む手に力を入れ、白慈を吹き飛ばした。
「うっ」
「白慈、怪我は?」
「大丈夫っ」
弦義に親指を立てて見せ、元の船に背中から落ちた白慈は跳び起きた。
「向こうは五人、こっちも五人。おじさんを守りながら戦うのは難しいけど、オレらなら出来るよ」
「その自信、何処から来るんだ?」
呆れつつも白慈の背中側の敵を睨む那由他に、白慈はあっけらかんと言い切った。
「勘! だって、この旅の間遊んでたわけじゃないからな」
「いっそ清々しいね」
強弓を引き絞り、アレシスが笑う。その傍では、剣を構えて敵の船を見詰める和世の姿もあった。
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