廃王子と処刑人~アデリシア王国奪還記~
長月そら葉
第1章 廃王子の出立
歯車は動き出す
第1話 出逢いの始まり
爽やかな春の青空の下、大きな歓声が崖の上に造られたコロシアムから噴き出している。それは揶揄や罵詈雑言を含む、決して耳に心地よい応援の声ではない。
ここは、アデリシア王国の都・フォーリア。緑豊かな、人々の賑わい溢れる場所だ。
王制を敷くこの国では、毎月一度ある行事が行われる。それは、重罪人を死罪に処すためのイベントだ。名を、処刑戦。
「さあ、今日も始まりました処刑戦! 今日の罪人はこいつだ!」
コロシアムの中、戦場となる砂地に現れたのは一人の男だ。観客を煽る進行役の話によれば、彼は五人を無惨に殺し、更に金品まで強奪した凶悪犯だという。確かに、人を人と思わない薄ら笑いがよく似合う。
男には、様々な声が届く。その中には、被害者の遺族の泣き叫ぶ声も混じっていた。
声止まぬコロシアムに、再び進行役の声が響く。
「皆様お待たせしました。罪人に刑を処す、処刑人の登場だぁ!」
進行役の男が指す方から、ジャラジャラと鎖を引きずる音が重く響く。観客の声は止まり、固唾を呑んで処刑人の登場を待つ。
「……」
暗いゲートから現れたのは、両手両足を獣のように繋がれた青年だ。黒髪は乱れ、灰色の瞳の宿る目は血走っている。左目は黒い眼帯で隠されており、異様さに拍車をかける。また着ている服はぼろ布同然で、生気を感じさせない。
彼を連れて来た役人二人は、鎖を外してやると、乱暴に青年を前に押しやる。よろけたものの踏み止まった彼の足下に、武骨な剣が投げ捨てられた。
青年はゆっくりとその剣を手に取り、軽く振る。そして、目の前に立つ罪人を暗い瞳で睨みつけた。
「おい。こいつに勝てば、オレは無罪放免なんだな?」
罪人の男が、進行を務める男に問う。彼が頷くと、ニタリと嗤って愛用の棍棒を振り上げた。この棍棒で、幾人もの命を奪ってきた。血を含み過ぎて重くなった得物は、男にとって誇りでもある。
「じゃあ、おっぱじめようぜ」
「……」
双方の準備が整ったと見、進行役が声を張り上げる。
「では、処刑戦……開始!」
「死ねエェェェェェッ!」
罪人が棍棒を振りかざし、青年に襲い掛かる。青年には動く様子もなく、処刑戦を初めて見た者は、青年が怖気付いたのだと思ったことだろう。罪人の男もそう思った。
「……あぁ?」
棍棒を振り下ろした場所に、処刑人の姿がない。地面を陥没させた罪人は、戸惑いを浮かべて周りを見渡した。
その隙が、彼の人生を終わらせた。
―――ドッ
罪人の背後に移動していた処刑人の剣が、彼の首を落とす。鋭く硬い刃が裂き、血が溢れて処刑人の服を濡らした。
観客は静まり返り、次いで大きな歓声を上げる。進行役の男もまた、瞬時に終わった戦いを称賛し、役人たちに目配せする。
処刑人を連れて来た役人たちは、再び青年に鎖をつけた。大人しく、壊れた機械のように静かな青年は、また引きずられて退出する。
「……あの者が、処刑人ですか?」
騒がしいコロシアムの中にあって、最も高い場所にある観客席。そこは王族のみが座ることを許された空間だ。
死体に吐き気を覚えながら、一人の青年が王に問う。息子の言葉に、王は頷き応じてやった。
「そうだ。罪人に罰として死を与え、この国を安寧に導く役割を持つ処刑人だ」
「あの、人が」
王の答えを聞きながら、青年の目は処刑人が消えたゲートに注がれている。
これが、未来においてアデリシア王国を変える、二人の出逢いの始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます