第17話 全解放

絶死の気炎。

ザザの新たな宿霊術。

その能力は、周辺一帯の酸素を全て奪い取り、それをザザが手中に収める。


この時彼は、手に入れた酸素のうち半分ほどを、隣のメフメトへと付与していた。


宿霊者は、脳から発せられる信号によって霊子を操作している。

そして、脳は。


「……宿霊術を使ったからって、何だっての…!」


メフメトから距離をとり、今度はザザに向けて再び加速したバーブルは。


ザザの腹部に殴りかかった瞬間に、その妙な手応えに眉を顰めた。

先ほどのような、圧倒的なパワーは今の彼にはない。


どころか、ザザにある程度のダメージを与えるだけの腕力でさえ、本来の彼には無いのだ。


そう、脳は。

酸素がなければ、正常に働けない機関である。


そして、バーブルは。

彼の能力——“思念固定”は、酸素がなければ強制解除される。


「なっ、……!?…ゲホッ…ゴホッゴホッ……」


異変に気づいたのか、喉を抑えてうずくまるバーブル。

そんな彼に向けて、攻撃を加えようとして……ザザは、口から大量の血を吐いて倒れ込んだ。


「ザザさん……!?」


「心配要らねえぇぇ。…テメェは、カーブルの方に集中しとけぇぇ。こっちは、俺が仕留めるからよぉぉぉ」


そうは言ったものの、両者共に起き上がれる気配はない。

それもそのはず。この”絶死の気炎”は、まだ完成形ではないのだ。

未完成、というわけではない。ただこのままでは、ザザへの肉体的負担が大きすぎるのである。


通常時の宿霊術である”炎熱爆雷”は、周囲数メートルの酸素をある一地点に集めることで、僅かな火種で凄まじい爆発を生み出す技。


一転してこちらは、その範囲を数倍にも伸ばしているのだ。

使用して一分も経てば、彼の肉体は当然悲鳴を上げる。


だが、そんなことは。

今のザザには、羽虫ほどの問題ですらない。


「……心中、だろうがぁ…テメェらはここでお寝んねなぜぇぇ…」


「…ゴホッ…あんまり、”六雄”を……舐める、なよ…」


バーブルは、苦しそうに喉元を抑えながらも拳を振り上げると。


炸裂。


ノーガードのザザに対して、能力を取り戻したバーブルの拳が突き刺さる。


その瞬間、しくじったとザザは小さく舌打ちした。

まさか、肺にまだ一呼吸分残っているとは。


いや、それどころか。



「…ふう……一時的なものだし、重ね掛けは負荷も相当だけど…これで終わりだよ、ザザ」


バーブルの能力、思念固定。


その能力は、彼が頭の中で強く願った考えや浮かべた感情を、対象に付与するというもの。


先程までの圧倒的な破壊力は、恐らく自分自身にパワー強化の思念を付与していた。

そして、今は。


「しばらくは、呼吸しなくても脳が動くようにした。まあ、できて一分かそこらだけど…君を殺すには、充分すぎるよねえ?」


ぐしゃりと笑ったバーブルの前に、今なお倒れ伏して動かないザザ。


もう、勝負は決した……かに思われた。


しかしその時。生命の危機に瀕したザザの脳裏には、とある記憶が呼び起こされていた。


そして、彼は。


「……だ。……いほう…だ…」


「…あ?…聞こえねえんだよ、死に体が!」


そう言ってバーブルはザザの腹部に向けて、今度は彼の命を確実に刈り取るための、全力の蹴りを放った。


放った、はずだった。


しかし、その感触——足が空を切る感触に、バーブルは眉を顰めて……次の瞬間。


「……空気の精霊に命ずる。…全解放、”炎熱爆雷”」


背後から響いた、その声を最後に。

バーブルの意識は、闇へと消えていった。



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