第16話 双星と豪炎
「この先か?ラーマ」
そう言って身を屈めるのは、目の前に鎮座する金装飾の重厚な扉、その側面に身体を寄せたスレイマン。
そして当のラーマは滝のような汗を流しながら、その言葉に頷いた。
「…はい、この扉の奥……とてつもない殺気です。まるで、七十二柱が何十人もいるような…」
「開けた瞬間に蜂の巣、って展開だけは勘弁だな……じゃあ、扉を開けると同時に叩き込むぞ。準備はいいか」
「いつでも。…団長、俺の”永久凍土”を使えば…」
「それはまだ取っておけ。お前の身体のためにもな。…行くぞ、いっせーのっ!」
呼吸を合わせて、同時に室内に飛び込んだ二人。
そこで、彼らが目にしたものは。
「…?ぬ、布切れしかないぞ……」
警戒しながらつまみ上げるも、それは何の変哲もないボロの布切れ。
ラーマが何かあると警戒していたその一室は、ただ部屋の中心に、ぽつんとその布が一つ置いてあるのみであった。
呆けた様子で辺りを見回すスレイマンの隣で、ラーマはとある事実に気づき——戦慄した。
まさか、そんなはずは。
だが、事実だ。それしかあり得ない。
「団長、戻りましょう……」
「な、どうした…何か分かったのか?」
その言葉に、既に走り出していたラーマは叫ぶように答えた。
「嵌められました……敵の狙いは、ザザとメフメトです……ッッ!!」
「おいぃぃメフメトぉ、ほんとにこっちで良いんだろうなぁぁ。さっきからぁ、部屋どころか窓も見当たらねえぜぇぇ」
「そんなの知りませんって。ザザさんこそ、ちゃんと空気感知で周り見てくれてるんですかあ?」
「見てるってのぉ。……おい、待てぇ」
ザザは、そこで言葉を切った。
特に、何か反応があったと言うわけではない。
ただ単純に、彼の中で研ぎ澄まされた動物的第六感が言うのだ。
「……メフメト、後ろに飛べぇっ!!」
「宿霊術・呵責炎獄」
爆風、衝撃、激痛。
何が起きたのかは分からない。だが、何が起こしたのかは分かる。
「メフメトぉ、生きてるかあぁぁ」
「…ええ、なんとかギリギリ……ザザさん、これ…」
掠れながらもしっかりとした受け答えのメフメトに少し安堵しながらも、状況を把握したザザの額には、じっとりと脂汗が浮かぶ。
「どうやら貧乏くじみてえだなぁぁぁ。……まさか、ご兄弟揃ってお出迎えとはよぉぉぉ」
爆風でめちゃくちゃになった回廊の先に佇む、二つの人影。
七十二柱”六雄”、バーブルとカーブルである。
「誰かと思ったら、ザザちゃんじゃないか。…どうしたのさ、久しぶりの再会にハグでもする?」
「……どっちでもいいけど、面倒臭いからもう始めていいよね?」
相変わらずの正反対な二人だ。
ただ、この二人がまだ六雄でなかった頃から知っているザザからすると……彼らは、2人揃えば誰よりも厄介な敵となる。
「…ハグしたら素直に吹っ飛んでくれるなら、いくらでもしてやるよぉぉ。…メフメト、すぐに逃げ——」
「あれぇ、もう帰るの?……ツレないなあ!」
一瞬。
ほんの瞬きひとつ、メフメトへと振り返ったその瞬間。
強烈な飛び蹴りがザザの腹部にめり込み、細い肢体を軽々と蹴り飛ばした。
ザザはもともと、空気操作という強力な能力の代償として、余計な脂肪がつけられない身体である。
それはそれとして、今しがた彼を軽々と吹き飛ばした弟のバーブルも、特に筋骨隆々というわけではない。
ではなぜ、彼にこれほどのパワーがあるのか。
それは、バーブルの持つ宿霊者としての能力に起因する。
「…”身体強化”、ですか…?」
「に、見えるよね?実は違うんだな、これが!」
未だ起き上がらないザザではなく、今度はメフメトへの攻撃。
鋭い乱撃を紙一重で捌きながら、反撃に転じようとしたところで——回廊の奥、暗がりがカッと鈍く光った。
瞬間的に頭をかがめたメフメトの頭上を、巨大な火球が凄まじい勢いで通過していく。
「…これ、避けるんだ。めんどくさ……」
「…ッ、なるほど厄介ですね……!!」
至近距離ではバーブルの凄まじい体術が、距離を取るとカーブルの炎攻撃が。
文字通りの波状攻撃となって、絶え間なく敵に襲いかかる。
これが、無敵のコンビ。”双星”のバーブル、カーブル——。
「ゴチャゴチャうるせえんだよぉぉ……こっちもやっとぉぉ…準備運動が終わったところだぁぁ」
そう言って起き上がったザザの顔には、赤黒い紋様が刻まれていた。
ザザとて、もう解放軍の最重要戦力の1人である。
この数年を、寝て過ごしていたわけではない。
そしてこれが、彼の8年の集大成。
「…宿霊術。……”絶死の気炎”んん。…さあ、我慢比べと行こうぜぇぇぇ」
ザザの新たな宿霊術、絶死の気炎。
「……??…まさか…」
「なあんだ、ちょっとは成長してるじゃん」
能力は……周辺一帯、具体的には半径30メートルの範囲から。
全ての酸素を、奪い取る。
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