第13話 決戦前夜

セヴァストーポリ攻略作戦の前日、夜も深まってきた時分。


解放軍のアジト、とは言っても廃都市をそのまま利用している仮住まいではあるが、中都市テヘランの中心部。


アゴラと呼ばれる、幹部以上のみ立ち入りが許された極秘の研究室にて。


解放軍お抱えのメディカルチームによる、幹部らの身体検査が行われていた。



「スレイマン団長、最近宿霊術を使いすぎですね。……アフマド副団長は、この頻度で行使しているのに…年齢も含めて、どんな身体してるんですか…?」


「ちょっと、年齢の話はやめて。僕に効くから」


「おいおい、俺より年上のくせに…グエっ」


和気あいあいとしてはいるが、彼らの渡された診断書の上部には、2桁の、場合によっては1桁の数字が記載されている。


それは、端的に言えば——。


「よおぉラーマぁ、お前はどうだったぁ……って、お前ぇぇ……」


ザザの渡されたものには、17の文字が。そして、顔を上げたラーマの診断書には……”3”の数字が記されていた。


この数字は、メディカルチームが算出した、解放軍の主力を張る宿霊者たちに”残された時間”。


現状のペースで宿霊術を行使し続けた場合に、肉体が崩壊するまでの年数——つまり、寿命である。


宿霊術とは本来、人知の及ばない精霊の力を、人間が”霊子”を用いて再現したもの。


その霊子自体も、そもそもは自然界が生み出した未知のエネルギーだ。元来、人間の手に負える代物ではない。


そんな宿霊術を、高頻度で連発すれば。


優秀な宿霊者ほど早死にするというのは、決して眉唾物の噂ではない。

人間としての肉体が、耐えきれないのだ。

自身の身のうちに閉じ込めた、膨大なエネルギーを。


そして、その中でもラーマは特に。


「俺は、厳密には宿霊者じゃないからな。…そうなんだろ?リディナ」


「ええ、その通りでございます。ラーマ様の場合は、精霊としての私を経由して宿霊術を操っているわけですので」


呼び声に反応してひょこりと顔を出したのは、久しぶりの登場となるリディナ。

彼はこの8年ほど、例の銀時計からラーマの身体へと鞍替えし、そこで生活をしていた。


それはそうと、今しがた二人が放った衝撃の発言。


ラーマが、厳密には宿霊者ではない。これは、たしかに事実である。

これはメディカルチームの身体検査によって発覚したことなのだが、実はラーマの身体は、宿霊者特有の構造をしていないのだ。


それどころか、リディナがいなければ、霊子を視認することすらできなかった。


リディナという精霊を使役し、その力を意のままに操れる特異体質ではあるものの。

その特異性ゆえに、器としての耐久力が低いのも、彼の特徴である。


そんなラーマに残された時間は、あとたったの3年。


「お前ぇ、本当にいいのかよぉぉ。……今からでも、遅くはないんじゃぁねえのかぁぉ」


ザザが耳元で囁いたのは、その核心には触れないまでも。

今からでも後方支援に回れば、もう少しだけ生き永らえることができる、ということだろう。


が、しかし。


本当に、今更の話だ。


「今更だよ、ザザ。……それに、僕には義務があるから。…僕とブソクテンは、腐っても親子だからね。母親の間違いを止めるのも、息子の務めだよ」


そんな二人のやり取りを近くで聞いていたスレイマンは、静かに俯いた。

彼の手元にある診断書、そこに記されているのは”5”の数字。


解放軍結成時から主力として戦ってきた彼は、今年で35歳になる。

解放軍の抱える主力らの中でも、とりわけ時間がないのだ。


ラーマの言う通り、今更死にたくないなどとは考えていない。


ただ、自分と同じ運命を。

自分よりも若く、まだ違う未来も考えられたはずの彼らにまで背負わせたのは、他ならぬ自分自身だ。


ただそれを彼らに謝るのも、勝手に自分で悔いるのも、彼らに対する侮辱というものであろう。


それに明日は、ついにセヴァストーポリ要塞攻略の日。

解放軍発足して以来の、一大作戦となる日である。


故に。

彼は、顔を上げた。


「みんな、それぞれ思うところもあるだろうが……俺は、お前たちを尊敬している。…明日、必ず勝とう」


その言葉に、幹部たちは意外そうに顔を見合わせると。


タイミングを合わせて、一斉に拳を掲げた。


「「オオオッッ!!」」




解放軍とコーサラ国の永きに渡る戦いの歴史、その中で最も多くの宿霊者が一同に会し。


そして最も多くの犠牲を出した戦い、セヴァストーポリ攻略作戦。


開始まで、残り16時間。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る