第5話 始まりの終わり

あり得ねえ。


俺が、こんなガキに。


意識が刈り取られる、その一瞬手前で。

ザザは、無意識に右腕を突き出していた。


その行動は、最後の最後まで敵であるラーマへと、攻撃を加えようとしていた故のものだったのか。

それとも、何かもっと別の意味があったのか。


本当のところはザザ本人にしか知り得ないが、それはともかくとして。



勝負は、この瞬間に決した。



ひたすらに受けに回ったラーマが、起死回生の一撃に放った時間停止の宿霊術”永久凍土”。

そしてこの一帯が農耕地帯であるが故の、豊富に水分を含んだ土壌。


徐々に氷化していったその足元の氷を、”永久凍土”による時間停止と共に一気に解放したのだ。


ラーマの手足となって自由自在に動き回る氷たちは、たちまちにザザの全身を覆っていき、最終的にはその呼吸器官すらも覆う——その、はずだった。


実際に、ラーマによって操られた氷はザザの目元近くまで進行していた。

しかしそこで、ラーマは氷の操作を止めた。


ふと、思ってしまったのだ。


この男を、ザザを殺す必要はないと。


それは別に、同情や人情からくるものではない。

たしかにザザは、ナムリおばさんに瀕死の重傷を与えた張本人だ。

しかしその傷も、すでに『真王の右腕』によって止血されている。

このまま何事もなければ、おばさんは助かるだろう。


それならば、この男を殺す意味は。


「なにぃ、やってんだよぉぉ…クソカスがぁッ、さっさと殺しやがれぇ……!!」


全身を拘束され、生き死にすらラーマに握られた状態でなお吠えるザザに。

くるりと背を向けて、僕はナムリおばさんの方へと歩き出した。


「宜しかったのですか?…止めを刺されないで」


襟からひょこりと顔を出してそう言ったリディナに、僕が返した言葉は。


僕自身でも驚くほどに、氷のように冷たいものだった。


「うん。……今のザザには、殺す価値もないもの」




「…ラム、いいえ……ラーマ様。まずは、助けていただき本当にありがとうございます」


地面に横になったまま、ナムリおばさんは口を開いた。

その口調は、先ほどまでの”小作人・ナムリ”ではない。彼女はもう、”ナムルト=アリ”なのだ。


「もう大丈夫だよ、おば…じゃなかった、ナムルトさん。……でも、まだ血が止まっただけだ。動かないでね」


しかしナムルトさんは、僕の制止も聞かずに身体を起こすと。


パシンッ。


僕の頬を、思い切り平手打ちした。


何が起こったのか、事態を飲み込めず固まる僕の体に腕を回して、ナムルトさんは言う。


「申し訳ありません、でも……駄目だったのです。…あなたは、その腕を使っては……!」


彼女の言葉、その真意を掴みきれずにただ困惑する僕。


そして、その時。

チッ、と。

聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。


襟の中で、リディナが小さく舌打ちしたように聞こえたのは。

気のせいだったのだろうか。


そうだ。

この時、僕はまだ何も分かっていなかった。

いや、分かろうとしたくなかったんだ。


僕がどうして、初めから解放軍に保護されず、こんな田舎でナムルトさんと暮らしていたのか。


『真王の右腕』が、本来は誰のものだったのか。


 

全ての答えは、残酷な真実と共に明かされる。



第0章  『ラムとラーマ』編   完



























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