第3話 覚醒
「ナッ、ナムリおばさんが宿霊者!?」
納屋からの帰り道、リディナが放ったその衝撃の一言に。
僕は思わず、驚きの声を上げた。
「ええ、彼女は——ナムルト=アリは宿霊者です。そして、先王の時分から王家に仕えてきた暗殺者組織、”宵闇”の首領でもあります。……まあ、それは昔の話ですが」
「あ、暗殺者組織……それじゃあ、おばさんは強いんだね。…襲ってきた敵の宿霊者も、返り討ちにできるの?」
その言葉に、リディナはなぜか顔を顰めて首を横に振った。
そんな彼の様子を訝しんだ僕に向けて、小さな時計守りは悲痛な面持ちで口を開く。
「……宿霊者には、それぞれ持って生まれた力のイメージがあります。そこに自身の霊子を流し込んで、宿霊術を行使しているのです」
「それはさっき聞いたよ。ねえ、なんでナムリおばさんが負けるの?…おばさんは、いったいどんなイメージを持っているんだい」
「…ナムルトのイメージは、”呪縛”です。……こう言ってはなんですが、あまり戦闘向きの宿霊術ではごさいません」
呪縛。
ナムルト=アリの宿霊術は、対象となる者の身体のパーツと自分との間に、強制的に”動作を禁止する”契約を発生させる。
契約は魂に刻まれるものであり、これを破ることができるのは、それこそ神くらいのものである。
ここまで聞くと、かなり強力なようにも見えるナムルトの能力。
しかし彼女の力には、大きな代償が存在する。
それは、相手を縛る時間が長くなれば長くなるほど、もしくは相手の生命活動に干渉しようとすればするほど、その”揺り戻し”は彼女に跳ね返るのだ。
「もちろん、死ねと言って死なせることはできません。心臓の動きに永遠の縛りをかける場合には、それこそ彼女の命を差し出すほどの代償が必要となります。……お分かりになりましたか。…暗殺の場では重宝された彼女の” 呪縛”も、戦闘においては乳飲み子同然の…」
「……ッッリディナ!!」
淡々と話すその口調に耐えきれなくなり、思わず声を荒げてしまう僕に、ビクッと体を震わすリディナ。
彼も、流石に今のは無神経だったと気づいたのだろう、気まずそうに口を抑えた。
そんな重苦しい空気を、吹き飛ばすかのように。二度目の爆音が、夕暮れ時の山中に響き渡る。
そう、二度目だ。
一度だけなら、不意打ちを食らってそのまま——ということも考えられた。
しかし二度目ということは、まだ……ナムリおばさんは戦っているかもしれない。
生きて、いるかもしれない。
「……ッ、急ごう!…まだ……間に合うかもしれない…!」
「…あんた、案外しぶといなぁ。ナムルトさんよお。…なんかさぁ、ナムルトってヤクルトみたいじゃねぇ?なんか既視感あると思ったんだよ俺ぇ。健康に良さそうな名前してるなぁぁぁ」
立ち込める粉塵の中、ゆったりとした足取りで歩くザザ。
そんな彼の周囲数十センチには、どういうわけか、巻き上げられた砂塵の寄り付かない空白地帯が存在していた。
……化け物め。
体中に走る激痛と、腹部に開けられた拳大ほどの傷口から零れ落ちる大量の出血に、ナムルトは奥歯を噛み締めた。
これでも一応は、暗殺者組織の頭目として、王都では恐れられたほどの実力者であったナムルトである。
どれだけ能力が戦闘向きでなかろうと、そこらの戦闘員には負けないと、そんな自負が彼女にはあった。
しかし、それでも。
まるで歯が立たない。
宿霊術を使う暇などなく、周囲一帯をまとめて吹き飛ばすザザの能力の前には、体制を立て直すための時間すら無い。
強すぎる。
これが、七十二柱。
これが、”豪炎”の——。
“豪炎”のザザ。
コーサラ国王家直属の戦闘部隊、”七十二柱”が一人である彼の能力は、その二つ名に違わずもちろん”炎”——ではない。
彼の能力の本質、それは。
「…ゴホッ……空気、ですね。……それだけでなく、空気中の酸素までもが使役対象。…瞬間的に酸素濃度を高めることによって、目に見えないほどの僅かな火種で、とてつもない大爆発を起こしている」
瀕死のナムルトが放ったその言葉に、ザザはその場でピタリと足を止めた。
いつも彼の顔に張り付いている爛れた笑みは、いつの間にやら消え去っている。
この情報は、単なるナムルトの憶測にすぎない。第一、彼は自身の能力について、自らこう名乗っているのだ。
“豪炎”と。
しかし、これだけ砂塵や粉塵が巻き上がっている場所での、一切躊躇の無い二発目。
普通の炎使いなら、粉塵爆発を気にして少し距離を取るか、能力の行使を控えるところであるにもかかわらず。
恐らく、私の周囲を濃密な酸素で覆い、さらにその周囲を真空状態にして爆発が伝うのを抑えたのだろう。
半分賭けのようなこの予測ではあったが、その後のザザの反応からして。
どうやら、図星だったようだ。
「…だから、何だってんだぁ?俺の能力を見破ったとしてぇ、ここで死ぬことに変わりはねえぇ。俺がやらなくたってぇ、お前はあと10分足らずで失血死だからなぁぁぁ」
そう、それは実際その通りである。
腹部の傷は、明らかに致命傷だ。
しかしだからこそ、死ぬ前に。
やるべきことがあるのだ。
この爆発音を聞いて、ラーマ様が戻ってきてしまう前に。
この、男を。
「……ナムルト=アリの名によって、呪縛の霊に命じます。…期間は永久に、代償は私の……心臓です」
その言葉に、ハッと顔を青ざめたザザが走り出す。
だが、もう遅い。
「テメェ、待ちやがれぇッッ!!」
「ザザの心臓を、永久に縛——」
その時。
どういうわけか、まさしく死線にあったこの二人は、同時にある方向へと振り向いた。
それはまるで、被食者たる脆弱な動物たちが。
圧倒的に高位な捕食者の気配を察知し、自らの生命の危機を自覚したときのような。
二人の視線の先、そこには。
「……ラ、ラーマ様…!!」
ついに帰り着いた、ラーマの姿があった。
「ラーマ…ラーマぁぁぁ…?……オイオイオイオイ、それじゃあそいつがぁ…例の皇太子様かよぉぉぉ!!」
狂ったように叫び出すザザには、一目もくれることなく。
ラーマは倒れているナムルトに駆け寄ると、傷口に自身の上着を折りたたんだものを押し当てると、簡単な応急処置を始めた。
彼のその、まるでザザなど眼中にないかのような行動に。
当のザザは、額に大きく青筋を浮かべながら、ラーマへと近づいて行く。
「ラ、ラーマ様……お逃げください、ザザは…今のあなたでは、とても敵わないほど……!」
そこまで言ってから、ふとラーマの顔を見たナムルトは、思わずここで言葉を切った。
今まで見てきた彼の表情にはいつも、自身の無さや不安といった、マイナスなものが常に潜んでいた。
それは、自身が特別な存在であると気づくことのないよう、ナムルト自身が彼にキツく当たってきたことが大きな原因であろう。
しかし、今の彼はまるで。
そうまるで、先王・エルラーマのような——。
一通りの応急処置を終えたラーマは、すくっとその場で立ち上がると。
ザザのほうに、改めて向き直って口を開いた。
「…安心してナムリおばさん。すぐに片付けて、医者に連れて行くからね。……行くよリディナ、力を貸して。……宿霊術。『真王の右腕』」
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